第三章 夢では大剣豪なのに 第11話

 局長は階段を塞いだ一人を斬って駆け上がる。

 二階には肉の壁に囲まれた首領がいた。

 逃げ道を塞がれたからか、脇差をこちらに構える。

 局長も刀を横にして鋒を突きつけた。

 睨み合いが続くなか、肉壁の一部が離れた。

 相手の突きを弾き、逆に心臓を突く。

「一人目」

 二人目が飛び出してきた。焦っていたのか頭上に高く振り上げた刃が天井に引っかかる。

 無防備な腹を横一文字に斬り裂く。

「二人目」

 隊服に赤い斑点が飛び散り、顔に返り血が飛んできた。

 目が痛いが、決して敵から目を離さない。

 構えた虎徹もねっとりとした血に染まっているが、隙間からのぞく物打ちは欠けていない。

 三度四度と刀を降っていると、血の雨が降って水溜まりが出来る。

 血の池の上で次の相手を待っていると、足下に波紋が波打った。

 返り血だけでなく、自分の血も混ざっている事に気づく。

 肉の壁はまだ十人以上いるが、皆血だらけで息が荒い。

「お前達がどれだけ分厚い肉壁を作っても、俺と虎徹で食い破ってやるわ」

 三人一塊になって突っ込んで来た。


「はぁー痛え痛え」

 壁を支えに座りこむ。斬られた手足が熱を持ち血が止まらないが、手当する元気もない。

 階段を登ってくる音と、局長と呼ぶ聞き慣れた声が二つ。

「おう。トシ、総司。あいつには逃げられちまった。面目ねえ」

 二人の顔を見た途端、痛みよりも怒りが勝り、傍らに置いていた刀を無我夢中で横に降った。

 同時に二つの首が飛んだ。

 副長と一番隊隊長の隊服を着た弟の息子夫婦の首が笑いながら宙を舞う。

 無理に動いたせいで、傷口から血が吹き出す。

 足元の水溜りは、池となり湖となり海となった。

 水位が上がり、下半身が冷たくなったところで視界が暗転する。

 目が覚めると腹部が湿っている事に気づいた。

 毛布の下が浸水しているのはおかしいと思い、恐る恐る確認してみる。

 予想通り、腹から股間にかけて大きな水跡が出来ていた。

「くそ、またやっちまった」

 悪態をついただけで何もする気が起きない。このまま二度寝することにした。

 だが何度寝返りを打っても気持ち悪いので、仕方なく着替える為に布団から出た。

 寝巻きと下着は洗濯したが布団と毛布は持ち上げるのも億劫なので、ドライヤーで乾かす。

 多少臭うが触っても湿り気はないので、これでよしとする。

 朝飯にでもしようかと考えるも、痛む足が抗議してきたので諦めた。

 もう一度布団に潜り込んで瞼を閉じる。

 意識が深く落ちる一歩前で電話が鳴った。

 無視すると切れたが、間髪入れずに鳴り出した。

 鳴り止む気配がない。一日の殆どを寝ることは出来ても、騒音には叶わない。

 出来る限り時間をかけて起き上がる。

 この間に鳴りやんでくれるかと期待したが、無駄な足掻きだった。

 次から電話線を抜こう。そう考えながら受話器を耳に当てると、

「もしもしカモメです」

 こちらより先に相手が声が聞こえてきた。

「望さん。聞こえていますか」

「聞こえてます」

「それは良かった。心配しましたよ。ポックリ逝っちゃったんじゃないかと思ったじゃありませんか」

「ご心配かけて申し訳ありません」

「ええ。葬式代が足りるかと心配になってしまいました」

「それで、ご用件は」

「あらすいません。今月分の生活費をまだ頂いておりませんの」

「こちらも一日一食で過ごしているのですが」

「うちには育ち盛りの子もいます。学校の行事や塾などで貯金を切り崩しているのです」

「分かりました。何とか用意してみます」

「助かります。お金ができたら連絡をください」

「では失礼します」

「あっ、まだ話は終わってませんよ」

 話しかけた受話器から手が伸びるように声が飛んできた。

 眉を寄せながら話を聞く。

「息子が、度々そちらに伺っているそうですが、今度来たらもう来ないようにと、望さんからも言ってくださいませんか」

「今度来たら、伝えておきます」

「よろしくお願いしますね。貴方の所に行ってたら、成績が下がってしまうのだから」

「人が来たみたいなので、失礼します」

 いまだ声が漏れる受話器を置く。盛大にため息が漏れた。まだ午前中なのに、もう一日過ごしたような疲労感。

 痛む膝に鞭打ちながら階段へ。

 支給された年金もほとんど渡してしまった。これ以上渡したら、飯どころか、家にもいられなくなってしまう。

 二回の物置部屋に入る。

 ここはまだ手をつけていない。何か骨董品でもあればいいが。

 腰を痛めないように注意しながら中を調べる。

 もらうだけもらって試験を受けなかった時の自衛隊の入隊案内。

中学でバンドを組むも、結局全員揃う事は一度もなかった弦の切れたエレキギター。

送る前に嫌われると知って、片思いの相手に送りそびれたラブレター。

 父親の趣味で時代劇を見ていた頃に買ってもらった日本刀図鑑を開くと一部のページが破れて見当たらない。

 書きかけの原稿の束を手に取った。推理小説、時代小説、ホラー、書いても書いても相手にされず遂に筆を追った。

後ろで小さな物音が聞こえた。

 原稿を起き、目に飛び込んできた物を手に取る。

「懐かしいな」

 子供の頃に遊びに使っていた瓶だ。

 よく一人で砂場遊びをしていた時、ここに泥を詰めて自分だけの世界を使っていた。

 そんな楽しかった頃の記憶が呼び覚まされる。同時に違和感も覚えた。

 瓶に組み合わさった二つの傷。

「こんな傷あったかなぁ」

 薄くなった頭皮を掻いても全く思い出せない。

「傷があろうが、無かろうが金にはならないか」

 一階からドアを叩く音が聞こえてきた。思い出すのを諦め、瓶を物置部屋に置いて下に降りる。

 この時ばかりは足の痛みも気にならなかった。

 チャイムがあるのにノックする人物は一人しかいない。

 躊躇せず扉を開ける。

「おじいちゃん。こんにちは」

 予想通り、自分の孫とも言うべき少年が、こちらを見上げていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る