第9話
車両から重い足音を響かせて降りた。
肘と膝を動かす度に、低いモーター音が唸るのに耳が慣れない。
先に降りた三人の姿は、俺と同じく金魚鉢を被ってランドセルを背負っているようだ。
「遅いぞ正弘。ダラダラしている時間はないんだから」
蛇革の無線が耳に届く。
「悪い。後ろから見たら、何だか可笑しくなってきた」
「お前も同じだろうが」
確かに、改良された宇宙服だという話だったが、説明を受けた感じ、似ているだけで全くの別物のようだ。
耐熱温度は千五百度。二百キロの重さを、背中のバッテリーによって駆動するパワードスーツが肩代わりしている。
「動きは亀みたいだが、エアコンも飲料水も完備。俺の宿舎より快適だ。これも報奨に追加してもらうか」
「トイレはそこでする事になるぞ」
数少ない欠点の一つとして、一人では着脱ができない。
玉鋼の無線が入る。
「四人とも聞こえているな」
「はい」
「感度、良好であります」
「聞こえています」
「自分も、聞こえています」
反射的に返事をしたが、意識の殆どは目の前に吸い寄せられていた。
手を伸ばせば届く距離に橙色の炎が激しく燃え盛っている。
目を凝らしてみると、揺らめく炎がこちらに近づいているように見えた。
「今、カグツチに連絡をした。まもなく道が出来るはずだ」
カグツチ。それが目標の名前。今回の当事者に対してこれ以上のものはないだろう。
「大和二曹。アタッシュケースは持っているな」
「持っています」
「よし、カグツチに渡すまで絶対に失くすな。万が一中身が破損した場合」
「俺たち四人が犠牲になるんですよね。分かってますって」
「違う。この地球が焼き尽くされる。蛇革二曹。決してヘマをするな。一つのミスも許されないと肝に銘じろ」
炎の壁が動き出した。俺たちは距離をとって様子を伺うと、目の前を塞いでいた火の壁が左右に分かれる。
「ここを通れって事ね」
「行こう。さっさと終わらせて、この二百キロの錘ともおさらばするんだ」
「了解です。大和隊長」
鼯二曹が一番適応しているのか、比較的軽やかな足取りで、車内に入っていく。
次に猫鮫二曹。
蛇革が絡んできた。
「おい大和。終わったら一杯付き合えよ。いい女がいる店に連れてってやるから」
「お前も懲りないな」
「こんな灼熱地獄に行くのは、まだ見ぬ運命の女に会いに行くためなんだよ。だから金を貰ったら、慰謝料慰謝料うるさいあいつの眼前に札束叩きつけてやる」
言うだけ言って乗り込んだ。
俺は最後に乗り込み、スイッチを押して後部ハッチを閉める。
「発進します」
この中で一番運転に自信がある猫鮫二曹が据え付けのタブレットを取り外し、車両を動かす。
耐熱性を高めるために、運転席部分は潰されているからだ。
俺は窓がない車内で、タブレットを覗く。
手の中の液晶には車と思われる障害物を左右に避けていく映像が流れる。
彼女の運転技術を信用し、俺は座席に深く腰掛けて、この後訪れる任務を頭の中で反芻する。
膝の上にはライフル弾すら弾くアタッシュケース。
これと右手の装置で世界を救えるとは、いまだに信じられなかった。
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