第5話 

「どう、似合うかな」

 目の前の夕星に言葉を失う。

「あまりにも尊すぎて、死んじゃったか」

 手を振って生死を確認する度に、ツインテールと共に色んなところが妖精のように揺らめく。

「死んでない。その服はどうしたの」

「今日の為に内緒で用意したんだ」

 くるりと一回転すると、スカートのフリルが花びらのように舞い踊る。

「激しく動くなって。誰かに見られちゃう」

「私は破廉恥じゃないから誰彼かまわず見せません。でも望のリクエストはいつでも受付てるよ」

 誘惑するように、顎に指を添えた。

「はいはい。よし、行こう」

「あっ置いてかないでよ」

 今回の買い物を提案した夕星によると、

「偶には外に出ようよ。斬新なアイデアが閃くから。でもどこ行けばいいんだろう」

 筆が進まなくなった事に気づかれてしまい、こうして二人で出かける事になった。

 まずは映画館に行き、その後本屋へ。

 おれにとって行くところといえばここくらい。

 映画を見て、本屋で新たな書籍との出会ったところで、お腹が空いた。

 商店街に行くと最初に目に入ったファストフード店には列が出来ている。

 お昼の時間を避けるように行動したつもりが、混む時間帯にぶつかってしまったようだ。

 夕星が指さす。

「列に並ぶの」

「いや、もう少し歩こう。空いているところあるかもしれない」

 ファストフードは何軒もあるが、何処も出入り口まで人が溢れている。

 空いているところもあるが、予算の都合で断念するしかない。

 歩いていると、最初のファストフード店に戻っていた。

「ごめん。最初のところに並んでいい」

「いいよ。一緒にご飯食べられるなら、どこだって。例えトイレの前でもね」

「食欲無くす事は言わない」

 オーダーしたお昼を持ってテーブルに座る。

 少し遅れて夕星も対面に腰を落ち着けた。

 さっそくフィレサンドを頬張ると、一つの満月が飲み物を飲みながら、こちらを見つめていた。

「お腹、空かないの」

「ノゾムの幸せが見られれば、私は満腹感以上の幸福感を覚えるの」

 今日の夕星はコルセットをしているから、食べたら苦しくなるのだろう。

 まだ見ている。こちらから質問して、視線を外そう。

 でないと一口も進めない。

「なぁ夕星」

「この服似合ってるって。ありがとう」

「いや違くて。今日は眼帯しているけど、怪我とかじゃないよね」

 目の治療で使う白い眼帯ではなく、花の眼帯。

 どう見ても目の保護はしてくれそうにない。

「これはイカリソウ。花言葉が好きで。見つけた時は飛び付いちゃった」

「どんな、花言葉」

 夕星は左目に咲かせた赤い花を触る。

「君を離さない。ぴったりでしょ」

 昼を過ぎてお客さんの姿もまばらになってきた。オーダーしたのを食べ終え、夕星も飲み終えたようなので椅子から立ちあがろうとすると、

「待った」

 呼び止められて座り直す。

「どうしたの。あっ追加で何か頼む、とか」

「違う。もう我慢できないから」

 どうしたんだろう。頬を夕焼けのように染め、瞳が潤んでいる。

 脂っこい物を食べたからだろう。喉が渇いてきた。

「これ、プレゼント」

 夕星が取り出したのは、真っ赤なラッピングがされた長方形の箱。

「えっプレゼント、おれに」

 受け取ると、持っているのも忘れそうに軽い。

「中身、な〜んだ」

「えっと、これは、箸とか」

「一瞬でも欲しいと思った事ある」

「ない。つまり、おれの欲しいものが中にある、と」

「そういう事」

 こめかみを叩き、鼻をいじり、顎を撫でて中を想像する。

「望、さすがの私も唸り声でコミニュケーションはできないよ」

 何も思い浮かばなかった。

「降参です」

「ヒントいる」

「できれば」

 このままじゃ、店員に追い出されるまで動けない。

 出禁は避けたい。

「仕方ないなぁ。一日の殆どを利き手の中で過ごしているよ」

 おれの手の中でか。

「ボールペン、なのか」

「答えを確かめて見て」

 慎重にリボンと包装紙を取ると、中には指紋がつくほど光沢を放つボールペン。

「ちゃんと消せるインクを用意したよ」

 高級な外見を壊さないように消しゴムはキャップに内蔵されている。

「N・Iって刻印されてるけど」

「察しがいい望なら、もう分かるよね」

「おれの名前か」

「これで姿形が変わっても、すぐに分かるね」

「ヨボヨボになっても書いてるとは限らないよ」

「骨になっても離さないでね」







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