第6話 理由
母が亡くなったのは、数ヶ月前のことだ。
彼女は認知症が進行し、最後の数年間はほとんど自分を見失っていた。
記憶が曖昧になり、日常生活のすべてが混乱していた。
最終的には、私が電話をかけるたびに、同じことを何度も繰り返し話すようになっていた。
発言は矛盾し、現実と幻の区別がつかないようだった。
このまま一人で生活させるのは危険だと感じた私は、母を高齢者ホームに入れようとしたが、母がそれを受け入れることはなかった。
それなら私が面倒を見ようと、仕事をしばらく休もうとしたが、母はそれも断った。
その3日後、母は突然死んだ。
母の死は突然であった。その日の朝、スタッフが母が床に倒れているのを発見した。
彼女は呼吸が荒く、顔色が青白かった。
急いで救急車が呼ばれたが、到着したときにはすでに手遅れだった。
医者からは心臓発作が原因だったと言われた。
しかし、その説明には腑に落ちないものがあった。
母は少なくとも家で暮らしていた時期までは健康で、定期診断でも異常はなかった。突然の死に不審な点が多かった。
介護職員によると、母が亡くなる直前、「○○○○○に殺される」と何度も訴えていたという。
肝心の〇の部分は聞き取れなかったが何かに怯えていたらしい。
だが私はこの言葉を認知症の症状として扱い、深刻に受け止めることはなかった。
あのとき、私が何かすぐに手を打っていれば母は助かったかもしれない。
唯一、母の言葉を信じたのはシジマさんだけだった。
シジマさんは母の古くからの友人で、母が元気で私と共に住んでいた頃から、
家に何か悪いものがついているとして引っ越すことを勧めていた。
しかし、母は断固として引っ越さなかった。
家は母の父から引き継いだもので、子どもの頃から住み慣れた我が家であり、
父の形見でもあるのだ。
離れたくないと思うのは当然のことだろう。
シジマさんは必死に説得しようとしたが、当時は私も部活で忙しく、そのことはよく覚えていなかった。
シジマさんと顔を合わせることもなくなっていた。
母が高齢になり山奥の家に住むことが難しくなったため、私からも母を説得し、高齢者ホームに入れようとしたが、母は嫌がり、少し都会の方の病院が近い賃貸アパートを借りて生活するようになった。
数年後、母の元気がなくなり始めた。
私は仕事を優先し、母の世話を後回しにしてしまった。
今でも後悔しきれない。
アパートで一人暮らしをしていた母は、認知症が進行し、高齢者ホームに入った。
しばらくして亡くなった。
シジマさんは母の死後すぐに母の家に調べに行ったが、その後行方がわからなくなった。彼がどこで何をしているのか、今も不明だ。
私も何かあるのではないかと考え、今日ここに来た。
遺品整理をするという名目で3日間の休みを取った。
家に入るとすぐに異常な現象に遭遇した。
到着時に乗ってきた車がどこにも見当たらず、荷物も消えてしまっていた。
車や荷物が突然消えるなんてあり得ないことだ。
盗まれたとも考えにくい。
帰る手段もなくなったが、幸いスマホと財布はポケットにある。
いざとなったら助けも呼べる。
だが、食料がないのは困った。
買い出しにいかなければならないが、たかが3日だ。
最悪、何も食べなくても死ぬことはない。
3日後には業者に来てもらうよう連絡してある。
私が納得の行くところまで調べ、必要なものだけ持ち帰ってから、あとは全て業者に処分してもらうつもりだ。
これらの現象が母の死と関係があるのか、家に住み着く何かと関係があるのか、私にはまだ分からない。
しかし、母が言っていた「○○○○○に殺される」という言葉が、今になって不気味な意味を持つように感じる。
母の死がただの病気の結果であるとは思えなくなってきた。
この家に隠された何かが、母の死に関わる深い謎ではないかと疑っている。
私が生まれてすぐに離婚した母は、女手一つで私を育ててくれた。
そんな母に私は恩返しの一つもできなかった。
今さらそんなことをしても母は戻ってこないことはわかっている。
しかし、母に何があったのかを知ることがせめてもの恩返しだと思う。
それが私がここに来た、本当の理由だ。
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