第3話 霧に包まれた家
靴の音が草の上に踏み込むたびに、わずかに湿った音が響き、
静寂の中に溶け込んでいく。
車の後部に回り、トランクのハンドルを引く。
トランクの蓋が重たく、微かな金属音を立てながら開くと、
内部の空気が一瞬こもっていた湿気とともに漏れ出す。
中には、大きな段ボール箱やいくつかの旅行バッグが積まれている。
箱の表面には、「遺品整理用」と書かれたマーカーで書かれたラベルがあり、
汚れた手で何度も扱われた跡がある。
私はまず、大きな段ボール箱を取り出すことにした。
箱は重く、底が少し崩れかけている。
箱の端をつかみ、ゆっくりと持ち上げると、段ボールの表面が指先にこすれ、
ガサガサという音がする。
箱を地面に置くと、湿った草の上に重々しく沈み込む感触が伝わってくる。
次に、旅行バッグを取り出す。
バッグはキャンバス製で、開けると中には数点の服や小物が整頓されている。
バッグのファスナーを引くと、少し引っかかりながらもスムーズに開き、内部の整理された荷物が露わになる。
バッグの表面には土の微細な粒が付着しており、運転中の振動でほんのり埃っぽい匂いが漂う。
荷物を取り出し終えると、トランクの中に空間が広がり、そこで霧が微かに滞留しているのが見える。
トランクを閉じる際には、金属製の音が響き、閉じるときに少し抵抗感があった。
私は段ボール箱を手に持ち、前庭に向かう。
箱の重さが手にじんわりと伝わり、持ち上げるたびに段ボールが指に食い込む感触がある。
バッグも肩にかけ、しっかりと持ち上げる。
重い荷物を持ちながらも、家に近づくにつれて、心の中の複雑な感情が一層強くなるのを感じる。
霧の中で、家が微かに揺らぐ。
荷物を持ちながら、私はその古びた家を見上げ、再びこの場所に戻ってきたという現実を心の中で噛みしめる。
家の前に立つと、古びた木の扉が見えた。
扉の表面はひび割れ、表面に苔が生えていた。
家の外観は年々荒れ果て、木の壁には所々苔が生えていた。
窓は曇り、ガラスの破片が散らばっている。
玄関の前に立っていると、寒さが骨身にしみるようだった。
ポケットから家の鍵を探すために、段ボール箱と旅行バッグを地面に置いた。
「 ・ ・ ・ ・ ・ 」
その瞬間、空気が変わった。
霧が濃くなり始めたのだ。
霧がますます濃くなるにつれて、視界が急速に消えていった。
初めは遠くの景色がぼんやりと見えていたが、今やその全貌が霧のベールによって完全に覆われ、何も見えなくなった。
視線を前に向けても、家さえも霧の中に溶け込んでしまい、まるで世界が白一色に塗りつぶされているかのようだった。
霧の中に立っていると、肌に触れる冷たい空気が徐々に冷たさを増していく。
もやもやとした感触が肌にまとわりつき、まるで水分が微細な霧粒として身体に直接触れているかのようだ。
息を吐くたびに、その細かな霧の粒が白い息と混じり合い、目の前で瞬く微細な水滴となって漂うのが見える。
耳を澄ませると、周囲の音も霧によって吸収されてしまっているのか、普段の静けさよりも一層深い静寂に包まれている。
霧の中では音がぼやけ、風の音や足音すらもかすかな反響のように感じられ、まるで自分が音のない夢の中にいるかのような不安な感覚に襲われる。
鼻腔には湿った霧の匂いが漂い、冷たさとともに湿度が増す。
土や植物の匂いが微かに漂ってきて、霧の中の湿り気がより強調される。
呼吸するたびにその湿った空気が鼻腔に入り込み、湿っぽさと冷たさが一体となった複雑な感覚が広がる。
手を伸ばしてみても、視界が閉ざされているため、何も掴むことができず、
ただ霧の中で手探りを続けるしかない。
霧が深くなればなるほど、周囲の輪郭がぼんやりと消え、
まるで自分が白い空間の中に孤立しているかのような感覚が強まる。
視覚的にも感覚的にも、全てが霧の中に溶け込んでしまったかのように感じられた。
この濃霧の中での深い静けさと、その不可視の世界に包まれた不安感が心の奥底に静かに広がっていくのを感じながら、
ただただ周囲の変化に身を任せるしかない。
次第に霧の濃さが少しずつ薄れていくのを感じた。
周囲の景色がわずかに見えるようになり、霧の中からぼんやりと形が浮かび上がってくる。
視界が改善されるにつれて、私はほっとした気持ちと同時に、恐怖が再び胸を締め付ける感覚を覚えた。
私は荷物を玄関に置いたはずなのに、それがどこにも見当たらないことに気づいた。
立ち尽くし、心臓が早鐘のように鳴り響くのを感じた。
霧の中での恐怖が増し、胸が重くなった。
今すぐここから逃げ出したいそういう衝動に駆られ、振り向くと更に驚くべきことが起こった。
車が、なくなっているのだ。
止めたはずの場所には、ただの草地と湿った地面が広がっているだけで、車の姿は完全に消えてしまっている。
周囲を再度確認するために、手探りで地面を触ってみるが、消えた荷物の痕跡さえ見当たらない。
車を停めたはずの場所にも、ただ湿った草と霧だけが広がっており、車があったはずの場所は空っぽになっている。
心臓の鼓動が速くなり、冷や汗が背中を流れる。
焦りと恐怖が再び襲いかかり、私は周囲を必死に探し続けるが、消えた車や荷物の痕跡は一切見当たらない。
一度冷静になろうと深呼吸を試みるが、冷たい霧が肺にしみ込んでくる感覚がさらに私を不安にさせる。
視界が戻るにつれ、古びた家の姿が再び目に入る。
家の外観は変わらないが、その静けさが逆に不安を引き起こす。周囲の静けさが、どこか異常であることを一層際立たせていた。
私は恐る恐る家の前に立ち、消えた荷物や車について考えながらも、今や家に入るしかないという現実を受け入れるしかなかった。
家の前に立ち、かつての家族の思い出が詰まったこの場所に足を踏み入れる決心をする。
私は手探りでポケットから取り出した家の鍵を確認し、それを鍵穴に合わせようとする。
しかし、動揺が激しく、手が震える。
ようやく鍵を鍵穴に合わせると、鍵はスムーズに回り、古びた家の扉が軋む音とともにゆっくりと開く。
ドアを開けた瞬間、暗闇がまるで生き物のようにひしめき合っている。内部から放たれる冷たい空気が、手に触れた瞬間に思わず体が震える。
ドアの向こうからは、不気味な静けさと共に、微かにひゅうひゅうと風が吹き込んでくる。
まるで長い間放置されていたかのような不穏な気配が漂っている。
目を凝らしても、闇が深すぎて形をつかむことができない。
まるで何年も誰も触れていないかのような放置感が漂い、そこでの静けさが一層恐怖を引き立てる。
耳を澄ませば、微かな物音が響く。
時計の秒針の音が異常に大きく感じられる。
心臓の鼓動が耳に響き、手のひらに冷たい汗がにじむ。
自分の呼吸が急かされるように、速くなるのを感じる。
勇気を出して中に踏み出してみた。
腐敗臭がわずかに混じり、古い空気の重たさが鼻腔を刺す。
ただの空虚な闇が広がっている。
恐怖の中で、気配だけが心を締めつける。
時間が経つたびに、その恐怖が増していくのを感じる。
次の瞬間、その場の空気が一変した。
私の背後でドアを引いたときの「ギー」という音が響いた。
誰も触れていないはずのドアが、閉じ始めたのだ。
周辺には誰もいなかったはずだ。
風も中から吹いているため、風で閉まるとも考えられない。
背後に気配がする。
何かが、いる。
「・・・・」
あまりの恐怖で私は振り向くことができなかった
「カタン」と、硬い音を立てる。
ドアが完全に閉じるその瞬間、
まるで空間そのものが息を飲んでいるかのような静寂が訪れる。
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