第16話

「お疲れ様でした〜!」

「お疲れ様でした」


今日も忙しい一日が終わった。


仕事中も恭介さんのことばっかり考えてた。


終わるまで待ってる。なんて言われたけど、


まさかほんとに待ってるなんてことないよね、と自分に言い聞かせた。


「莉乃」

「はい」


シェフの声に振り向くと、彼が真剣な表情でこちらを見ていた。


「…送ってく」

「え、どうして」


今までこんなこと無かったのに、


「今日色々あったから」


シェフが私のために…?

恭介さんとのことを気にしてくれてるいたんだ。そう考えたら、心が少し温かくなった。


「お気遣いありがとうございます。だけど、大丈夫です」


シェフと帰るなんてまたとない機会だろうけど。


私のせいでシェフが休む時間を奪いたくない。


「俺と帰るの嫌か?」

「いやいや、そんなわけないじゃないですか!私はただ、シェフの大切な時間を私なんかが奪っていいのかなと…」


シェフと帰れて嬉しいよりも、申し訳ない気持ちの方が強かった。


「何言ってんの、行くぞ」

「…はい」


こんな夢みたいなことがあってもいいんだろうか。


いや、むしろこれは夢なんじゃない?


自分の頬をつねってみた。

「なにしてんの」

「夢なんじゃないかなって…」


頬をつねると、少し痛みが走った。

やっぱり、これは現実なんだ。


「また何わけわかんないこと言ってんの」


シェフの言葉に、少し恥ずかしくなった。

自分の行動が子供っぽく感じられた。


「すみません…」

顔を赤らめながら、謝った。


心の中では、シェフの優しさに感謝しつつも、まだどこか信じられない気持ちが残っていた。



「歩くの速いか?」


シェフの問いかけに、少し驚いた。


シェフは私に歩調を合わせようとしてくれてたけど、私がシェフの隣に並ばないように必死だった。


隣に並んだら心臓がドキドキして爆発しそうになるから。


「い、いえ」

声が少し震えた。


「じゃあなんで俺の後ろ歩くんだよ」

彼の言葉に、心がドキッとした。


どう答えればいいのか一瞬迷った。


ドキドキして大変だからです。なんて言えないし、


「それは、恐れ多いと言いますか…」

言葉を選びながら答えた。


「ふっ、なんだそれ」

シェフの笑顔に、少しだけ安心した。だけど、まだ緊張は解けなかった。


その後はまぁ、お察しの通りで一言も話せず、ただシェフの後ろを歩いていた。


心の中では、シェフの背中を見つめながら、彼の優しさに感謝していた。


「こ、ここです」

家の前に着いた時、心臓がドキドキしていた。


早くシェフと離れないと心臓が持たない。と思いながらまだ一緒にいたいという気持ちもあった。


「じゃ、気をつけてな」

シェフの言葉に、心が温かくなった。


「はい、ありがとうございます」

深くお辞儀をし、感謝の気持ちを伝えた。


そして、シェフの後ろ姿を見届けて、私も家に入った。


心の中はまだドキドキしていた。


シェフの優しさが、私の心を少しずつ癒してくれた。


それからというもの、私が心配していたようなことは起きなくて、1ヶ月が経ってもあの人は私の前に現れなかった。


てっきり諦めたのだろうと思っていたんだけど…

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