第15話

と思ったらすぐに戻ってきて、シェフの行動に戸惑う。


「シェフ…?」


「冷やすもん取ってきた」


 何も言わずに出ていっちゃったから、怒ったのかとばかり、


「てっきり、呆れて出ていっちゃったのかと、」


「はぁ?んなわけないだろ。前もそうだったけど、お前って結構変な勘違いするよな」


 シェフが言葉足らずなだけじゃ…

 と思ったけど言わないことにした。


 シェフの不器用な優しさが少しだけ嬉しかった。


「これ目に当ててろ」

そう言ってアイスバッグを手渡してくれた。


「ありがとうございます」


アイスバッグを受け取り、目に当てるとじんわりして気持ちよかった。


「しばらく当てとけ」


気持ちはありがたいけど、もう戻らないと。


「い、いえすぐ仕事に戻ります」


みんなに迷惑はかけられない。


「いいから、そこでじっとしてろ。みんな心配すんだろ」


確かに。

こんな顔見られたら…


「すみません、」


 また迷惑かけた。自分の弱さが嫌になる。


「おい」


 名前を呼ばれて顔を上げると、


「…った、」


 デコピンされた。しかも結構痛い。


「迷惑なんて思ってないからそんな顔すんな」


 どんな顔してたのかは分からないけど、シェフには分かってしまったみたいだ。


「俺はもう行かないといけないから、ちゃんと冷やしてから来いよ」


「はい。ありがとうございます」


 シェフの優しさに感謝する。


「どういたしまして」

そう言って去っていった。


 結局落ち着かなくて、10分もしない内に仕事場に戻った。


「律、」


 私は視線をあの席に向ける。

 そこに恭介さんの姿がなかった。


 私は律に声をかける。


 心の中で少しだけ不安がよぎる。


「どうしたの?」


 律が優しく問いかけてくる。

 彼の声に少しだけ心が落ち着く。


「あそこに座ってた人は?」


 心の中で動揺が広がる。


「もう帰ったよ?やっぱり知り合いだったの?」


 律の問いに、私は一瞬言葉を失う。

 どう答えればいいのか迷う。


「ううん」

視線を逸らしながら答える。


 律に心配をかけたくない。


「あれ、莉乃。目どうしたの?」


 律の視線が私の顔に向けられる。

 彼の鋭い観察力に驚く。


「目?」

私は驚いて自分の目を触る。


 心の中で焦りが広がる。


「赤くなってない?」

律の言葉に、私は一瞬動揺する。


 ちゃんと冷やしたからバレないと思ったのに、さすが律は目ざとい。


 もちろんいい意味で。


 とか言ってる場合じゃない。

 心の中で少しだけ焦りを感じる。


「気のせいじゃない?」


「もしかしてな」


 "もしかして泣いた?"


 そう言いたかったんだと思うけど、


 その瞬間シェフが

「喋ってないで働け」


 そう言って、多分庇ってくれたんだと思う。


「シェフ、すみません」


「だからちゃんと冷やせって言ったのに。バカ」


 通り過ぎる時に私にだけ聴こえるようにそう言った。


「すみません、」





 バカって言われて喜んでる私は多分。いや、確実に重症だ。

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