第14話

「シェフ…」


心臓がドキドキしている。

シェフの顔を見るのが怖い。


この前も似たようなことがあって、怒られたのを思い出した。


「莉乃に話があるんです」

恭介さんの手に力が入る。


シェフの視線が私の腕に向けられた。


「とりあえずその腕を離してもらえませんか」

声がいつもより冷たく感じられた。


恭介さんはシェフの言う通りに、大人しく私の腕を離した。


「莉乃。ちょっと来い」

「…はい」

シェフの言葉に従い、私は彼の後ろをついていく。


私たちが向かった先はいつもの倉庫だ。

心臓がドキドキしているのを感じる。


シェフの後ろ姿を見つめながら、どうしてこんなことになったのかと自問する。


てっきり怒られると思っていたのに、


「大丈夫か」

シェフの声が優しく響く。


「大丈夫です」

声が震えているのが自分でもわかる。


「さっきの奴は知り合いか?」

シェフの問いに、私は一瞬言葉を失う。


「まぁ、はい」

視線を逸らす。


「ただの知り合いって感じでもなかったけど?」


言葉が喉に詰まる。

「…元彼です」


「そうか、」


「迷惑かけて、す、みません、」

涙がこぼれそうになるのを必死でこらえる。


「別にいい。気にするな」

シェフの言葉に少しだけ安心する。


いつもは厳しいのに、どうして今日に限ってこんな優しいの、と心の中で呟く。


「莉乃?」


「…仕事に戻ります。」

涙を隠すために顔を背けた。


「待て」

シェフが私を呼び止める。


私は、足を止めるしかなかった。


「まさか泣いてるのか」


…バレた。


「泣いてないです、」


どうして私が泣かないといけないんだ。


悪いことをしたのはあっちで私は被害者なのに。


涙がこぼれそうになるのを必死でこらえる。


「莉乃、こっち向け」


顔を上げる勇気が出ない。


「莉乃」

シェフの声がいつもより優しい。


その声に涙が溢れる。


「莉乃…」

シェフの手が私の肩に触れる。


「す、すみません、忘れてください」


そう言って、倉庫を出ようとした。


涙が止まらない。

どうしてこんなに弱いんだろう。


「そんな顔でどこ行くんだよ」

そう言って、私のことを優しく抱きしめる。


「っ、シェフ…」


どうして、なんで今、

抱きしめられたりなんかしたら…


「いいから黙って泣いてろ」


もう涙が止まらなかった。

「うぅ…、」


「…いい別れではなかったことだけは確かだな」


10分も泣いたのに、

シェフはその間、何も言わずにただ抱きしめてくれた。


「すいませんもう落ち着きました」

涙を拭きながら、シェフに謝る。



呆れたのか何も言わずにそのまま出ていってしまった。

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