第12話
家に帰ろうとドアに手をかけたその時だった。
「莉乃」
シェフに呼び止められた。
「シェフ、」
私は振り返り、シェフの顔を見た。
シェフの表情はいつもと変わらないように見えたけど、その目には何か深い思いが込められているように感じた。
「朱莉から話、聞いたんだろ」
「はい、」
私はうつむきながら答えた。
私のせいで大事なスタッフを失ったって、怒られるのかもしれないと不安がよぎったから。
「先に言っとくけど。別に莉乃のせいじゃないからな、」
その言葉に、私は驚いて顔を上げた。
シェフの目は真剣で、優しさが溢れていた。
「…え?」
私は思わず声を漏らした。
自分のせいだと思い詰めていたのに、そんな風に言われるとは思ってもいなかった。
「自分のせいだって思い詰めるだろ」
シェフの優しい声に、少しだけ安心した。
だけど、同時に心の中で葛藤が生まれた。
自分がもっと何かできたのではないか。
もっと朱莉の気持ちを分かってあげるべきだったのではないかという思いでいっぱいだった。
「それは、そうですけど…」
言葉を選びながら答えた。
心の中ではまだ自分を責める気持ちが強かった。
「朱莉が自分で決めたことなら、尊重するしかない」
「そうですよね、」
私に出来ることはもう、ないんだよね。
だからこそ、こうなる前に、気づいてあげるべきだったのに…
「辞めたからといって、朱莉の努力は無駄にはならない。いつかまた、どこかで一緒に働ける日が来るかもしれない」
シェフの言葉に、私は少しだけ救われた気がした。私の心に温かく響いた。
「そうかもしれませんが、」
だけど、私はまだ心の中で整理がつかず、複雑な気持ちを抱えていた。
もうここに戻ってくることはない。ここで働く機会は失われてしまった。
「それに、お前が悪いなんて思う必要は無い。部下の気持ちに気づいてやれなかった。全部、俺の責任だ」
シェフの言葉に、私は少し驚いた。
彼が自分の責任だと言ってくれることで、少しだけ心が軽くなった気がした。
「はい、ありがとうございます」
深くお辞儀をして、シェフに感謝の気持ちを伝えた。
そして、いつか自分もシェフのように、誰かを支えられる存在になりたいと強く思った。
気持ちを切り替えて、また明日から頑張ろうと思っていたのに。
「恭介さん…?」
驚きと戸惑いが混じった声が自然と漏れた。
「莉、乃…?」
恭介さんも同じように驚いているようだった。
彼の目が私を捉えた瞬間、過去の思い出が一気に蘇った。
どうして、なんで恭介さんがここにいるの?
心の中で問いかけるけど、答えは当然見つからない。
「莉乃がどうしてここに…」
恭介さんの声を聞いて、私は一瞬言葉を失った。
こんな人のことなんて忘れたと思っていたのに。
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