epilogue

長い休暇を貰ったものの、特に趣味を持っていない俺は朝食の用意をしながら『一日の予定』を考えあぐねていた。

旅行に行く気にもなれないし、家にいるのも飽きてきたし……。

と、その時。俺の耳に、つけっぱなしだったニュースの音声が飛び込んできた。

『……二ヶ月前の、あの真実が明かされた日から描かれた物です。これは来月から一般公開される予定で……』

その内容に当たりを付けた俺は、ディスプレイの方へと目を向ける。そ こには、一枚の宗教画が映し出されていた。

中心に居るのは『エメラルドブルー』色の女神。女神に寄り添い、支える様にしているのは『女神の夫』のロボットだ。

そして、その二人から遣わされている(俺にはまるで二人の子どもとして描かれている様に見える)少年ロボットの天使の姿は、俺も見覚えのある顔。

「すっかり有名人の一員だな、ラスト君」

俺は天使に向かって呟いた。


あれから、俺はレイズに言って再びラストに連絡を取り、一つの計画を持ちかけたのだ。それは、『セーナの所にいたロボットが我々に向けてメッセージを残した』という嘘をでっち上げる、というもの。

それにはまず、(『夢の島』の全データとセーナの日記、そしてセーナと実際に生活していた記憶が収められている)ラストのメモリーの複製を作った。それから三人で相談して、セーナが絶対に他人には知られたく無いであろうデータを編集。

さらにはセーナの理想の姿を再現する為に、俺が犠牲となってやった。城には様々な装飾品が残されていたので、色々な組み合わせで俺が身に付け、例の鏡の前に立てば出来上がり、という訳。

端から見ればかなり抵抗のある格好だったが、鏡に映せば見事に似合っていたものだから、レイズも途中から笑わなくなった。……というか、一番楽しんでいたのは絶対にレイズだ(どうもセーナの姿が好みだったらしい――その様子を見て、俺も『これなら現代のロボット達にも受け入れられるだろう』と少し安心したり)。

そしてセーナの姿も存分に記録した後は、ラストにメッセージを作らせた。 内容は、『今までセーナを守ってこの世界を管理していたが、もう自分にも寿命が来た。しかしこの楽園を荒らされる訳にはいかないので、メッセージを残して消えようと思う』という事と、『どうかセーナの遺志を継いで、ロボットと人間の共存する世界にして欲しい』という願い。

後は俺達が「見回り中に、管理下にある消却炉に星が入っていくのを発見し、その付近に再生機能の付いたデータも漂っていた」と報告して完了だ。星が消える様子は本当に記録したし、角度も計算して星の認識番号も見える様に計らってある。それを照合すれば間違いなくセーナの買い取った物だと判る様にだ。

しかし、普通『編集したデータ』というのは調べれば判るものだ。だから暫くの間、俺達はこの計画がバレやしないかとドキドキしていた。

だが――ラストも星の施設も高性能だった上に、セーナオリジナルの機械システムを用いた為、それは杞憂に終わった。どうも俺達が使用した物は現存する他のどの機械の構造とも異なっていたらしいので、それが幸いしたのだろう。

しかもデータは殆ど本物ときている。セーナの苦悩もあればシェナの誠実な姿もあり、勿論ラストのメモリーも二百五十年分以上あるのだ。検証すればする程、話には真実味が増していった。

そして遂に三人は世間に認められ、新たに聖書が出来たり今までの像を造り直すなどの大騒動が起こる事に。全ての発端であるデータ等の発見者……つまり俺とレイズは、謝礼や休暇を貰えたが(やはり俺の読んだ通りに)手柄の殆どは上司に持っていかれた。……ま、誰にも信用されずに終わるよりは断然良いがな。


引き続きニュースを見ていた俺の鼻に、嫌な匂いが飛び込んできた。

「やべ……」

慌ててスイッチを消すも、時既に遅し。朝飯は、無残にも黒くコゲてい る。

「こんなドジをやらかしたなんてバレたら、レイズにどれだけ言われるか判ったもんじゃないな」

俺は速やかに調理器具の中身をゴミ箱へ―――入れる手を、止めた。

確かに変質してしまってはいるが、これも元は普通の食材。『変わった』という理由だけで見向きもしなくなるなんて、セーナなら怒るかな……?

「……って、何を考えているんだか俺は」

『人間と食べ物』は全く別の存在だ。一緒に考える方がおかしい。

――けれど、それを言うのなら『人間とロボット』も全く別の存在だと言えるのではないか? それなのにロボットだけを優遇するなんて、もしかしたら差別なのかも――


「……ええい、もうどっちでも良いや」

俺は結局ゴミ箱から皿へと目的地を変えて、調理器具の中身をぶちまけた。こんな事で悩むなんて馬鹿馬鹿しい。

でも、あれからというもの妙にセーナの事が引っ掛かるんだ。別に聖人君子でも何でも無い、ただの人間なのに。……いや、だからこそ、俺は親近感を覚えているのだろうか。


――なんだか、しっくりこないな。死んだ人間に振り回されるなんて、そもそも俺の性には合わないんだ。

「けど、後でレイズに連絡でも取ってやるか……」

独りごちて、俺は箸を手に取った。あいつは遊び歩いているものの、三日に一度は『一緒にどっか行こーぜ〜』と飽きもせずに誘いをかけてくる。いつもは『うるさい』とだけ返していたが、来月になら場所限定で出かけてやらんでもない。

「……それにしても、苦いな、コレ……」

俺はコゲを突つきながら、それでも結局はそれすらも完食した。

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夢の島 水月 梨沙 @eaulune

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