memory5 シェナ Ⅱ

今日は思いがけず、良い情報を手に入れられた。『ロボットの人格を認める』という星那様の考えた法案が、一部ではあるが可決されたのだ。

この事は私と星那様の、かねてからの望みが叶えられた様なものだった。――いや、おそらく誰よりも喜んでいるのは私自身であろう。

元は主従関係しか無かった私達だが、次第に星那様も私に惹かれて下さり、結婚を申し込んで頂いた。けれど、私は『自分などとは形だけでも夫婦の関係になるべきでは無い』と判断し、それを拒んだ。

……この事は星那様を大いに傷付けてしまったが、そんな罪を犯してでも私は自分の考えを曲げなかった。もしも私との関係が露見すれば、星那様の社会的地位が脅かされるからだ。機械工学の権威であり、政界にも一定の発言力を持っている星那様の肩書きに、私などが傷を付ける訳にはいかない――そう言って頑なに拒む私に、星那様も流石に諦めたのかと思いきや、すぐに交換条件を提示された。

それが『世間にロボットと人間とを同列に扱う事を認めさせる』というもので、(当時はそんな事を口に出しただけでも学会を追放される様な勢いだったので)絶対に不可能だと思いながらも、私は了承したのだ。

だが、当然の事ながら『誰よりも星那様の事を想っているのは私である』 と自負している私にとって、それは心配の種でもあった。星那様は富豪でもあるし、他の誰かと結婚する事は不安の日々を送る事になるであろうからだ。

確かに有力なコネクションを持つ者を夫に持てば、星那様も相当に動き易くなるだろう。しかし、相手は逆に星那様を利用しようと考えるかもしれない。なにしろ人の心というものは覗けないのだ。

だったら、 一番安全であると判っている自分こそが星那様の夫という地位を手に入れた方が良いのではないか。それなのに、こんな無茶な条件を呑んでしまって……もしも星那様が不義の輩に騙されでもしたら――

……という風に、不可能だからこそ受けた約束だったのだが、私はやがて自分から後悔する様になってしまった。我ながら浅慮だったと己を責めていたが、これでようやく長年の願いが叶う。

それに星那様は最近、頓に病状が進んでいるのだ。その事は星那様自身もよく理解しておられる様で、急に『新しいロボットを創る』と言ってきたと思ったら、その子に『ラスト』と名付けていた。

おそらく、ロボットを作るのもこれで最後にするという意味を込めての名だろう。 私も、星那様のプログラミング(明らかに、今までのものとは異なって いた)を見て、悪い予感はしていた。だから今回のラスト作りに限って、私は(星那様の輔佐だけでは無く)設計にも手を加えたのだ。この事は星那様には言えないが、今となっては私の判断も正しかったと思う。

何故なら、私達の作った最後の子である彼には、様々な能力を持たせる必要性があったから――


「……星那様、嬉しいお知らせがあります」

最近はベッドで伏せている日が続いているので、私は星那様の寝室の扉に向かって声を掛けた。しかし、返事は無い。

……もしかして、また眠っているのか……?

――いつもならここで引き返す所だが、今回は違う。何しろ、星那様にとっても待ちに待ったニュースなのだ。起こしてでも伝えるべきであろう。

そう考えた私は、入室する旨を伝えてから扉を開けた。そして、そのまま真っ直ぐにベッドへと向かう。……やはり星那様はここで横になっている様だ。私はベッドの横に跪き、もう一度声を掛ける。

「星那様、起きて下さい……」

その時、私は異変に気付いた。星那様の顔色がおかしい。

「……星那様……?」

血の気が引く思いとは、こういう心境の事を指すのだろう。私は急ぎ、星那様の脈を取った。

しかし、それは無駄に終わった。星那様の体は疾うに冷え切っており、最早あらゆる蘇生法を用いても手後れである事は明白だった。

「……折角、待ち望んでいた報が入ったというのに……これでは、全く意味が無いではないですか……」

私は、星那様の骸に向けて呟いた。そして彼女の手を握り、俯く。

「すみませんでした。お側に居ると誓っておきながら、最期を看取る事も出来ず……。本当に、申し訳ありませんでした……」

星那様はとても淋しがり屋なのだ。その心細さは、如何許りだったのだろう。

――こうしてはいられない。私は急ぎ訃報を国中に流し、星那様の後を追う事にした。


お叱りは受ける覚悟です。

ですが、貴女のいない世界に。……私だけが永らえても、辛いだけなのです。

仮に死後の世界というものがあったとしても、私が星那様にお会いする事は叶わないでしょう。

それでも、この我侭を通させて下さい。


私の全ては、貴女の為に在ったのですから――

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