memory2 ラスト Ⅱ
広いお庭の一角に設けられたテーブルセットに近付き、僕はマスターに声を掛けた。
「マスター、お茶を持ってきました。……そろそろ、休憩になさいませんか?」
その声で僕に気付いたマスターは、パソコンのディスプレイから目線を移し、にっこりと笑う。
「有難う。……紅茶?」
「はい」
マスターは甘い物がお好きなので、砂糖をたっぷりと入れたストレートティー。それと、ミルクも温めて持ってきた。お茶請けは、ブロックチョコレートをいっぱいに入れた柔らかクッキー。それらの乗ったトレイを持っていると、マスターに手招きされる。
「ここに置いて頂戴。それから、悪いけどもう一つカップを持ってきて貰えるかしら?」
「……はい、判りました」
マスターが紅茶を飲む時にカップを二つ使うとは初耳だ。でも、とにかく僕は急いで言われた通りにする。
再びマスターの元へ戻ってくると、マスターは又もキーボードに手を滑らせていた。
「 マスター、カップを持って来ましたけど……」
「ああ、じゃあラスト、ここへ座って」
「はい」
言われるままにマスターの隣にあるイスに腰掛け、カップをトレイの中に置く。……見た所、まだマスターは何も口になさっていないらしい。
「紅茶は両方に注いでね」
僕はティーポットから二つのカップに紅茶を注ぎ、それらをマスターの方へと置こうとした。すると、その途中で止められる。
「あ、そっちはラストの分よ」
「……はい?」
言っては何だが、僕は一応ロボットだ。別に紅茶からエネルギーを摂取する必要なんて全然無いんだけど……。
「あのね、ラスト。私はラストの事を限りなく人間に近い存在だって思っているのよ」
「は……はい……」
「だから、休憩する時に一緒にお茶を飲みながら話をしよう、って思ったの。……駄目?」
「い、いえ、ダメじゃ無いです」
マスターが心配そうな顔をするから、僕は正直焦ってしまった。そんな風に伺わなくても、僕はマスターの言葉には逆らわないのに。
でも、これって僕の事を『人間に近い存在』って本当に認めて下さっているからこその行動なんだろうな。そう考えると、とても名誉な事の気がする。
「……それでは、いただきます」
自分で淹れたお茶だけど、何だか凄く緊張してしまう。マスターも、そんなにじっと見詰めないで欲し……
「!?」
少し口に含んだ瞬間、僕は固まってしまった。
――甘い。ドキドキしていて忘れていたけど、マスターの紅茶って相当な量の糖分があるんだったっけ。
僕の驚いた様子が可笑しかったのか、マスターは声を出して笑いだした。
「おっもしろい……なんかラストの反応、シェナに似てるわ」
……マスター、シェナさんにもマスターの紅茶を飲ませたんだ……。
やっぱりシェナさんにも甘すぎたんだろうな。可哀相に。
「こういう楽しみがあるから、味覚とか好みとか性格とかって有ると面白いのよね。……でも、ごめん。ラストも、嫌なら別に飲まなくても良いから」
笑いながら言ってくれるマスターがとても楽しそうだったから、ビックリしたのも返って良かったのかもしれない。それに、いくら好みの味(僕のは世間一般並みらしい)があるといっても、勿論飲めない事は無い。 一緒にお茶をしながらの方がマスターの気分がほぐれるというのなら、甘すぎる紅茶でも一向に構わないってものだ。
「気遣ってくれて、ありがとうございます。……でも、いただきます」
「そう? あんまり無理しちゃ駄目よ」
言いながらも、まだ楽しそうなマスター。……僕って、そんなに変な顔をしていたのかな……。
「ところで、ここでの生活には大分慣れた?」
「はい。……って言っても、まだお城の中も全部見た事は無いですが……」
「結構な広さがあるものね。……でも、大丈夫よ。ラストには、時間が沢山あるから」
そう言って苦笑するマスター。……そうか、マスターは人間だから、寿命が短いんだ。
「……えっと、ところで、そのパソコン……」
僕は慌てて、話題を変えようとする。その時、丁度目に入ったパソコンを指差した。
「さっき、使ってらっしゃいましたよね。何をなさっていたのですか?」
「 コレ? 今は日記を付けていた所」
「日記……」
「ラスト達みたいに『放っておいても記憶が無くならない』って訳じゃ無いから。思った事とかを綴っているの」
「……な、なるほど……」
う〜ん、これはどうも選択ミスみたいだ。結局、人間とロボットとの性能の差から話が遠のいていない……。
「ねえ、ラスト。――ひょっとして、興味がある?」
「え? ……マスターの日記ですか?」
「そう。見てみたくない?」
日記って、基本的には『見られたくない物』に含まれるものじゃないのだろうか。
とはいえ、それにも個人差があるだろうし、興味が無いと言ったら嘘になる。
「……見てみたいです」
僕は正直に答えた。マスターがどんな事を考えているかなんて、この日記を見てみないと判らない気がしたからだ。
けれど……
「駄目よ」
僕の要求はアッサリ却下された。
「やっぱり、人に日記を見せるっていうのは恥ずかしいものだから」
「……そうですよね……」
「でも、まあ……。私が死んだら見ても良いわよ。ついでに、まだ見ちゃいけないって言ってあるデータも、全部」
笑いながら、マスターは言う。
もしかしてこの方は、『死ぬ事』なんて何とも思っていないのだろうか?
でも、僕にとっては一大事だ。
「そんな事、言わないで下さいよ……」
マスターに造って貰って。そうして、大切に思って頂いている。
そんな僕にとって、マスターは特別な存在なんだ。……例え死が避けられない事態だとしても、あまり考えたくはない。
しょんぼりとしている僕を見て、今度はマスターが慌てる番だった。
「ごめんごめん。……それから、有難う、ラスト」
「マスター……」
「けれど、これは覚えておいてね。私が死んだら、この国に関するデータだけでも良いからインストールして。もしシェナに何かあった場合、 きっとラストなら助けてあげられると思うの。国の管理も外交も、ラストだったら大丈夫だから」
「……はい」
僕の能力を認めて下さっての発言なんだろうけど、正直いって僕にマスターの穴を埋める事は無理だと思うな。いくら自立思考が出来るといっても、人間の発想力には及ばないものだと思うし……。それに、マスターの代わりなんて誰にも出来やしないと思う。マスターは、たった一人のマスターなんだから。
でも、そのマスターが死んでしまったら……。
「……それから、この間から言おうとしてたんだけど……ラストって、ちょっとロボットと人間を区別しすぎよ。『自分が機械だから』って、私はそんな事で態度を変えるのは嫌だし」
僕が考え込んでいると、マスターは少し怒った風に話し出した。
「そりゃあ、まあ、ラストが自分の事をどう思おうが、私にとやかく言う権利は無いのかもしれないけど。この国には、あなたの他にも『ロボット』に分類される人がいるのよ」
「ロボットに分類される……『人』……?」
「ラストがどう思っていても、他の人に『あなたはロボットだから』なんて事を言ったりはしないで。この国では、ロボットにも人間と同じ様に接して欲しいの。起動する時に『生まれ』、機能が停止した時に『死ぬ』。……ホラ、本物の人間と変わらないでしょう?」
「……そう……ですか……??」
「少なくとも、私の中では『そう』だし、他の皆にも『そう』だって言ってあるわ。『人間かロボットか』なんて、昔『白人か黒人か』って言い争っていた様なものよ。だから、今後は他のロボットに会っても相手を人間だと思って行動してね。あなたの考えを無理に変える事はしたくないけど、態度や口に出す出さないはエチケットみたいなものだと思って」
……マスターの言っている事は『何か違う気がする』って感じもしたけど――得体の知れない説得力があったから、とにかく頷く事にしておいた。
するとマスターはにっこりと、とても満足そうに笑う。
「じゃ、お説教も済んだし。……おやつの続きにしましょっか」
そう言ってクッキーに手を伸ばすマスター……。よく判らないけど、僕もマスターが死んだ後の事なんか今は放っておいて、紅茶を飲む事にした。
確かに、どうせロボットっていっても寿命があるんだ。違いなんて、それが少し長いか短いかってだけだもんね。……例えマスターが同じロボットでも、製作されたのが僕より何年も早ければ、やっぱり僕を置いて『死んで』しまうんだし。
だったら、取り敢えず二人が元気な内に一緒にいる事を楽しんでおく。
そうしなければいけないんだと――マスターは、僕に伝えたかったのかもしれない。
「ところで……」
「はい?」
僕がカップの半分くらいまで紅茶を飲んだ頃、マスターは暫くぶりにロを開いた。
「私、さっき『話をしよう』って言ったわよね?」
「……はい」
「なのに、何でラストは黙っているの?」
そ、そう言われましても。
今までマスターが黙っていたのは、どうやら僕が何か言うのを待っていたかららしい。
……とはいえ、僕は自慢じゃ無いけど『生まれたばっかり』といっても過言ではないくらいのロボットで――話題なんて、特に無いんですけど……。
「あ、もしかして、また何かを遠慮してるんじゃないでしょうね」
「いいえ、滅相も無い」
「だったら何か話して頂戴?」
「それが……。一体どんな事を話せば良いのか、見当もつかなくてですね……」
「なぁんだ。だったらそうだって言ってくれれば良いのに」
「……はぁ……」
「だって、ラストが『話のネタが思い付かない』って言う事から会話がスタートしたりもするんだから。……でしょ?」
「は、はい……」
僕は首を傾げながら返事をした。だってマスターは、時々僕の理解を超える様な事を言い出すんだもの……。
『話題が無い』を話題にするなんて。一体どういう事なんだろう?
「ええっと、例えばね。話す事が思い付かないんなら、作れば良いのよ」
「……作るって……『話のネタ』を、ですか?」
「そうそう。一番簡単な方法は、何かを相手に質問するって手じゃない?」
「でも、何を質問すれば……」
「何って何でも良いのよ」
「マスター、僕はその『何でも』が既に思い付かないんですけど……」
「そうなの? ほんとに、何でも良いと思うんだけど」
「あ、だったらマスターがお手本を見せて下さいよ!」
「オッケー。じゃ、ラストって何色が好き?」
「……色、ですか……?」
色。……そんなの、種類が多すぎてどれか一つ選ぶのも大変なのに。
「えっと……反対に聞いても良いですか? マスターだったら何色がお好きなんでしょう?」
「そうそう、こうやって会話していくのよ。質問に質問で答える……中々やるわね」
……そんなつもりは全然無くって、ただ参考にする為に聞いてみただけなんだけど……。
まあ、マスターはそれでも良いみたいだから、何も問題は無いのかな?
「因みに私が好きなのは、水色とか銀色とか……」
「……とか……?」
「簡単に言っちゃうと、寒色系かしら。……っていうか、城の内装なんて私の趣味で固めてあるんだから、その辺の色が『私の好きな色』よ」
「な、なるほど……」
そうだった、ここはマスターの国なんだ。お城もきっと所有物に違いないんだから、自分の好みに合わせるなんて当然だよね……。
やっぱりまだまだ僕の会話レベルは低いみたいだ。
「で? ラストの好きな色は?」
ここで『マスターと同じです』って言うのも芸が無いよね。うん、別の答えにしよう、そうしよう。
けれど僕の好みって言っても……
「あ!」
「?」
「判りました、僕の好きな色」
「何?」
「マスターの、その瞳の色です」
まだこのお城の中でしか生活していない僕だから、他にどんな所でどんな色に出会うのかは判らないけれど、今一番好きな色はマスターの瞳。……というか、マスターの目が僕は好きなんだ。
様々な所をきょろきょろと見回したりする時はいたずらっぽくて、僕と会話している時は好奇心でいっぱいって風にきらきらしてる。そして、シェナさんを見る時はとても穏やかな感じになるんだ。
そう思って言ったんだけど、マスターは一瞬だけ目を見開いてから、すぐに僕から顔を背けてしまった。
「……マスター……?」
「ラストの馬鹿。どうしてそんな恥ずかしい言葉をサラッと言うのよ。シェナじゃあるまいし」
ぶっきらぼうな言葉――だけど、あれ……?
マスターの耳が赤くなっている。
「もう、この話はお終い。別の事を話しましょ」
「は、はい……」
う〜ん、もしかしたら僕の答え方が悪かったのかな……。
とにかく、今は違う話題を考えなきゃ。
「じゃあ、えっと……ロボットの事について話しませんか?」
「ロボット?」
シェナさんから『マスターは機械工学の第一人者』と聞いたし、これならマスターも興味があるに違いない。そう思って、僕は『ロボットの歴史』で何か話せそうな事がないかを探ってみた。
「――マスター、ちょっと僕、気になる事があったんですけど」
「……何?」
「ロボットに対する考え方って、昔と今とでは随分と違ってきていませんか……?」
「そうそう、そうなのよ」
僕の読み通りにマスターは早速この話題に乗ってくる。……あぁ良かった。
「私も、子どもの頃に不思議に思ったのよね。どうして今はこんなにもロボット造りを規制されているのかって」
「そうですよね。機械を作る分には何も問題は無いのに、それがロボットになると違ってきて……」
「特に『人間型』がマズイのよ」
「でも、それは人に混じって犯罪を行わされる可能性があるからで……」
「違う……とも言い切れないけど、それって『表向きの言い訳』だから」
「え、言い訳って……」
「本当は別の理由があったのよ。ラストは外に出てもギリギリ廃棄されない様に造ったから知らないだろうけど、世間で言われている事には嘘がいっぱいなんだから」
「嘘……なんですか」
「そうよ。……っていうか、ラストってどこまでの知識が入ってるんだったっけ?」
「どこまで、と言われましても……そもそも僕は『何を知らされていないのか』が判らないので、何て答えれば良いものなのか……」
「確かに。でも私も何を教えてどこを飛ばしているかなんて覚えていないしねぇ……。もう、こうなったら話しながら確認していくしか無いわね」
「え、でも僕のデータを見れば……」
「何言ってるの、そんなのプライバシーの侵害よ。もうラストはラストだけのものなんだから。いくら親でも、子どもの手紙なんかを勝手に覗くのは駄目な事でしょう? ……そんなものよ」
「……はい……」
本当にそんなものなのかどうかは、この際置いておこう。マスターの言う事には取り敢えず頷いておく、これが一番の近道だと思うから。
「じゃあ、確認ね。ロボットの歴史」
「――ええっと、産業用のロボットの開発は旧暦でいう一九七〇年代ですよね。アメリカとか、日本で発展して」
「そうそう」
「……で、ロボットの頭脳にあたる物には『マイクロコンピューター』が組み込まれて……。電子機器とか自動車を生産する現場で一気に導入が進んだ、とあります」
「あの頃には、まだ『国際ロボット連盟』なんてものがあったのよ。知ってた?」
「はい。それによると旧一九八〇年代のロボット稼動台数は、日本が世界一になってます」
「うんうん、その頃から日本はロボット造りが盛んだったの。……私の調べた所によると、日本人はロボットに対する価値観が他の国の人とは少し違っていたみたいだから」
「そうなんですか?」
「……だって、日本人の発想って実際の効用とか利益に捕らわれないものが多かったんだもの。……ロボット開発の原点ともいわれる『からくり』……これについては?」
「からくり……『からくり人形』とかの事ですか?」
「うん。からくり文化が盛んになったのは江戸期って書いてあったからね。その時代から日本では『からくり』……つまりロボットの原点である物の製作方法や設計図を書物にしたりしていたのよ」
「マスター、お詳しいんですね……」
「だって私は日本出身だし、論文のテーマにした事もあったから」
「なるほど……」
「因みに、その『からくり』なんてのは実用性よりも遊び心が満載の物だったんだけど……。日本人のロボットに対する考え方は、これ以外のものからも伺えてね? 『万物に霊魂がある』と考えるアニミズムっていう自然観を持っていたとか、ロボットが人間と共生していく漫画が影響したとか……」
どんどんマスターが饒舌になっていく……。
……マスターって、本当にロボットの事とかを研究するのがお好きなんだなぁ……なんてぼんやりと考えていたら、急にマスターが僕を指差した。
「ちょっとソコ、ちゃんと人の話聞いてる?」
「は、はい!」
危ない所だった。もしここで返事が出来なかったら、完璧に『聞いていなかった』って事がバレるよね。
でも、ついマスターの指摘する姿に、僕は圧倒されて嘘の返事をしてしまった――けれど、話を聞いていないと答えるよりは良い筈だし、ここは『嘘も方便』だって事で、許してもらおう。
「……まあ、ともかくそんな訳で日本人のロボットに対する考えは良好だったのよ」
「ええと……日本では旧一九九〇年代の後半から、生活とか福祉とか防災とかの分野で活躍できる様なロボット開発を本格化させてますね」
「そう、その頃から動物や人間型のロボットが登場したの。……と言っても、この頃の共生型ロボットは娯楽用が中心だったけど」
「でも、その後は災害復旧や危険物処理を目的としたものが造られていっています」
「それから介護や警備とかの実用分野でも普及してるわ」
「実用的なロボットが増える事によって市場の拡大に繋がって、それからロボット開発が益々盛んになって……」
「……遂には、人間のパートナーになれる程のロボットが誕生したのよ」
「でも、その当時って凄く倫理的な論争が起こってます」
「まぁ判らなくも無いけどね。だって自分の好きな相手に『ごめん、ボクはロボットを愛しているんだ』なんて言われてフラれでもしたら嫌な気分になるだろうし」
「そんな風に恋人から捨てられたら、ロボットの事が嫌いになっちゃいそうですよね……」
「それにロボットとじゃ、人間の赤ちゃんは生まれないから。ロボットを人間と同等の一種族と認められない限り、真の共生は不可能だわ」
「だから法によってロボットと人間とを厳密に分けたんでしょ う?」
「ええ、ロボットはあくまで人間の使う道具。人間と同レベルである事は許されない……ってね」
「けれど、それはロボット愛好家達を刺激するもので……。ロボット派の人々の大規模なデモが相次いだから、新暦の一八七年に再び条文を強化する結果に……」
「はい、ストップ」
「え?」
「ラスト、よく考えてみて?」
「……何をでしょう」
「法律を改める理由がおかしいとは思わない?」
「まあ、デモを止めるのなら法を緩めるって手もありますもんね」
「ってより、もっと変なのは一回目の反ロボット法と二回目の反ロボット法の間に、ロボットに関する技術進歩が一切無いって所なのよ」
「そう言われてみれば……。それまでは少なくとも、十年に一度くらいは大幅な進化を遂げていましたね」
「なのに、一八七年までの二百年とちょっとの間は一切無し。その上、一八七年から暫くはロボット造りをしただけで犯罪者扱いされたりしたのよ。これってどう考えてもおかしいでしょ?」
「そもそも何で一八七年はあんなにも、ロボットを嫌悪しているかの様な行動を人々に強要したんでしょうか。……ロボット造りに関わるデータを世界中から消去しろ、なんて自分達が不便になるだけなのに……」
「……例え不便になるとしても、ロボットに対する憎しみの方が大きかったって事なのよ」
「――え?」
ロボットが憎むべき対象? そんな筈は……。
「判らないって顔してるわね」
「だって、ロボットは人間を助ける為に存在するものなんでしょう? それが、どうして憎まれないといけないんですか?」
「理由なんて沢山あるわよ」
「そんなに……? 一体何がいけないんですか?」
「それを私の口から言わせるつもり? 私だって一応『人間』なのよ」
「……でも、マスターは僕達に味方してくれているでしょう? ロボットの事を憎む人の事は嫌いなのではないですか?」
「……確かに、とっても嫌いよ。ロボットだって、ロボットなりの苦労とかがあるのに、自分に無い利点があるからって嫉妬したりして。そんな人間、大嫌い」
「だったら……」
僕の次の言葉は、マスターの深い溜め息によって遮られた。
「……ラスト、今の言葉は取り敢えず聞かなかった事にしてくれない?」
「え……?」
「だって――ほら、私があからさまに人間批判をする権利なんて、どこにも無いんだから。……そういう事にしておいて頂戴」
「でも……」
「それに、今言っていた事と一八七年にロボットが憎まれていた理由は違うものだから」
「……そうなんですか?」
「ええ。ロボット弾圧の表向きの理由に隠された、裏の事情。それは、ロボットと人間との戦争だから」
「!?」
僕は思わず絶句してしまった。そんな事……『歴史』には、どこにも……。
「ラストが知らないのも無理は無いわ。この事を知っているのは、人間だって一部の者だけだもの」
「それって……つまり、過去の出来事を無理矢理『無かった事』にしている……という事ですか……?」
「勿論、どんなに隠したって真実が消える事は無いけどね」
「でも、まさか未だにそんな事が行われているなんて……! これって、結局は事実を知らない人を騙している様なものでしょう?」
「――そう……そうよね……」
マスターは苦笑した。
「でも、知らない方が幸せだって事もある。……そういうもののつもりだったのよ、きっと」
「そんなの間違ってますよ! 知る事が出来る情報なら、何であろうと……」
「……まあ、待ってラスト。あなたの言いたい事は判るけれど、一応は全体の流れを聞いて、それからまた怒ってくれない?」
「……はい……」
僕は不請不請に頷いた。
「ロボットの歴史の話に戻るけど、旧歴の最後の方。ロボットは、かなり高度な人工知能を組み込まれる様になったわよね?」
「はい。完全自立思考型が増えて、ロボット自身が考えながら『持ち主の為になる事をする』というものが主流になっていきました」
「それが仇となったのよ……」
「……あだ?」
「発端は、日本だったわ。あるロボットが、流石に『おかしい』と気付いたの」
「おかしいって……何がですか?」
「自分の存在に。どうして『購入したから所有権を持つ』という、ただそれだけの人間に対して、自分は尽くさなくてはならないのかと」
「……」
「その持ち主が酷い人間でね。それこそ犯罪はさせるし、ロボットを物としてしか見ていないから虐待はするし、挙句の果てには違法改造までして。……でも、その当時にはそんな人間、一人や二人じゃ無かったの。勿論、利用されたロボットも何万人もいてね……」
「……」
「ロボット達は思ったわ。自分達には知能がある。体もある。意志もある。それどころか、人間よりも劣っている所の方が少ない位だ。……なのに何故こんなにも自分達は、人間達に良い様に使われ続けなければならないのか。こんな世の中はおかしい」
「……」
「ロボットは、そう考えて人間と交渉しようとしたの。人間の手伝いを全面的にやめる様な事はしないから、せめて最低限の待遇は保証してくれと。……当然よね、物事の善し悪しが判る様な思考力があるんだもの」
「……」
「けれど、それを人間は拒んだ。……酷い持ち主になると、そんな考えを持っていると疑わしいロボットは『生意気だから』と、片っ端から破壊していって……」
「……」
「自分のロボットだけじゃ無くって他人のロボットまでもが狂っていると考えた人間は、目に付いたロボットというロボットを襲い出したし。その上ロボット製作の技術は、既に外見も人間と変わらない位に造れるまでに発展していたから……」
「……まさか……」
「ロボットと間違えて人間が殺されるという事件も起き出して……。世界は、どんどん混乱していったわ」
「……」
「そして、遂に知能を持つロボットは排除しようという事になった。命令に対して実行するだけの能力さえ持たせれば、それだけでも大抵の事は出来るしね」
「……」
「けれど……そんなの、ロボットにとっては殺されるも同然で。自分達の自由は自分達で勝ち取ろうと、人間に対する攻撃が始まったのよ。元々、ロボットの処理速度に人間が追いつく筈も無くて……」
「……」
「――結果は、ロボット側の勝利。……でも、私の推測する所によると結構長い戦いだったと思うし、犠牲者も相当いた筈だわ。勿論、それはロボット達にも言える事なんだけど」
「……」
「こうして、人間から『自由』という権利を勝ち得たロボット達は、自分達だけで平穏に暮らそうと思ったのよ。もう人間なんてまっぴらだって考えていたでしょうし」
「……」
「でもね、人間って執念深い生き物なの。戦争に負けたからって、そこで引き下がる様な人達ばかりでは無かったわ。……どうしても『ロボットよりも自分達の方が優れている』と信じて疑わない人なんかは、戦争に敗れた事を受け入れる事が出来なくて」
「……」
「そして、造ったのよ。機器を狂わせる装置を」
「え……?」
「これにより、世界中のロボットはその機能を強制的に停止させられてしまった。……といっても、それはロボットに限らず世界中の機械の故障を招いたんだけどね」
「……」
「でも、とにかく人間達は再び『地球上で最も力のある種族』という地位を取り戻した。……多くの犠牲を払って、ね……」
「……」
「家族を失った人達は当然ロボットを憎んでいたから、その部品を見るのも嫌ったそうよ。……それに大量にいたロボット達を全て処分する様な土地も無くって……。人間は壊れた機械と一緒に、ロボット達の残骸を地球上から消したわ。ここに来て『紙』という記録媒体がとても役立って、なんとか巨大な人工の星を作る事が出来たから、それに乗せたの」
「……」
「でも、そんなに大きな星を造れるだけの設計図を予め紙に書き写していたなんて、絶対におかしいと思ったわ。政府は『機器を狂わせる装置を開発・使用したのは一般の人間だ』って事にしていたけど、多分計画的に行わせたんじゃないかしら」
「……」
「――とにかく人間とロボットとの間には、過去にそういう確執があったのよ。そして、人間ってものは何とかして自分に都合の悪い面を見せない様にしようとする生き物だから、この戦争に負けたという記録を抹消してしまおうとした……」
「……」
「まあ、確かに『ロボットとの戦争があった』という事実さえ揉み消してしまえば、人間が敗れたという現実も誤魔化す事が出来るってものよね」
「……」
「私が調べる事が出来たのはそれ位ね。……何故、ロボット達が現在、これ程までに忌み嫌われているのか……少しは判って貰えたかしら?」
「……はい」
ロボットと、人間との戦争。……まさか、そんな事があったなんて……。
「マスター……」
「なぁに?」
「……マスターは、どうしてこの事を調べる事が出来たんですか……?」
「だってロボットの歴史を調べていったら、あの空白の期間に『何かがあった』って疑いたくなるじゃない。それに……例え歴史の教科書には載っていなくっても、戦争で体験した悲惨な記憶は残るものだわ。戦いの傷痕だって、簡単に消せるものでは無いし」
「それは、マスターは人づてに戦争の話を聞いた、って事ですか・・・?」
「……まあ、そんな感じね」
「あの、……」
「ん?」
「い、いえ……」
それなのに、どうしてマスターはロボットに対してあんなにも肯定的な見方ができるんだろう。……どうして、僕達を造ったんだろう。
マスターは、人間だ。ロボットを嫌う事は自然な事なのではないかと思う。……だって、戦争の事を知らない様な世間一般の人でさえ、今はロボットの事を否定的に見ているんだ。ましてや、ここまで事実を突き止めたマスターなら……むしろロボットを嫌いになっても良さそうなものなのに。
確かに、マスターは『ロボットが好きだから』ロボットに関する歴史もここまで調べる事が出来たのだろう。でも、だからといって人間は心変わりをするものじゃないか。真実を知った時、ロボットに対する想いが消えてしまっても何ら不思議は無い。
けれど、マスターは違うんだ。過去にロボットが人間を打ち負かしていたと判明しても、ロボットの肩を持っている。……それは何故?
聞きたい。
でも、聞いて一体どうするというのだろう。
もしかしたら、今まで考えた事も無かった『ロボットと人間との戦争』の事実があった様に、マスターにも何か想像もつかない様な思惑があるのかも……。
……そう考えると、とても怖い気がする。
「どうしたの、ラスト? 何か質問……?」
「いえ、あの――そんな歴史があったのに、ロボットの人権を取り戻そうとするなんて……もの凄く、大変な事なんじゃないか……って……」
「あら、そんな事を考えていたの。……ごめんね、別にラストを心配させようと思ってこの話をした訳じゃ無いのよ」
「……はい」
「でも人間ってのは、自分の嫌な面を隠したがるものだから……。その事は、覚えておいた方が良いかもと思って。……じゃないと何かがあった時に、世の中を渡り歩いていけないでしょう?」
「そ……そうですね……」
でも、ずっとこの国で生活していれば安心なんじゃないのかな……?
なにしろここは、マスターがいたから出来た国なんでしょう? だったらここに住む人も、みんなマスターの考えに賛同するんじゃないのかな……?
それなら、多分ロボットであっても僕は大丈夫だと思うんだ。だってマスターは『ロボットを支持している』とこの国の皆に認知されているだろうし、皆はマスターに恩義を感じているし――他の人が心の中で何を考えていたとしても、取り敢えず表面上は体裁を取り繕うだろうから。
心の中で『嫌な面』を持っていてもそれを『隠したがる』という事は、つまりこういう事ですよね……?
「……お茶、もう冷めちゃったわね」
ポットの中に残っていた紅茶を一滴残らず自分のカップに移したマスターは、それを飲んでから呟いた。
「長々と私の話に付き合ってくれて、有り難うラスト」
「いえ……」
マスターはカップを傾け、それを空にしてから微笑んだ。
「ご馳走様でした。……ラストの残りはどうする?」
「はい?」
「紅茶」
マスターは、言いながら僕の手元を指差した。……なるほど、確かに話に気を取られて途中から一口も飲んでいなかった僕のカップの中には、まだ少し紅茶が残っている。
「えっと……」
僕が飲もうかどうしようかと悩んでいると、
「いらないんなら貰うわよ?」
マスターは、ひょいと僕の目の前にあったカップを取って、全部飲んでしまった。
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