memory1 ラスト
「目を開けて」
その声の言う通りにすると、目の前には僕を見る二つの人影が。
「私の事が判る?」
「勿論です。……おはようございます、マスター。僕は識別ナンバー……」
「ああ、それは良いの。ここではロボットだからって、コードでなんか呼んだりしないから」
僕は起動チェックの一環として言おうとした事を中断させた。マスターは続ける。
「……あなたの名前は、ラスト。……これで良いかしら?」
「はい、マスター」
笑顔で応えると、マスターも微笑んだ。
「それから、彼は……」
「シェナといいます。どうぞ宜しく、ラスト君」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「彼は私を支えてくれる……言ってみれば、あなたの先輩みたいな人だから。何かあれば質問すると良いわ」
「はい、マスター」
「それじゃ、あなたの部屋まで案内するわね」
マスターはそう言って、ドアへと向かって歩き出した。僕がその後を追い、その後ろにシェナさんが付いてくる。
銀色の廊下を進み、暫くすると一つのエレベーターの前に着いた。マスターはボタンを押し、扉を開くと中に入って4階のボタンを指差す。
「一応この階にしようと思っていたんだけど……。もしかして別の所が良いとかって希望、ある?」
「いいえ……」
「じゃあ」
と言って、ボタンを押すマスター、次に扉が開いた時には、廊下の内装は銀色から水色へと変わっていた。
「ラスト。こっちよ」
案内されたのは、エレベーターに最も近い一室。中に入ればクローゼットやベッドなどの様々な家具が既に揃っていて、部屋自体も相当に広い。
「気に入って貰えたかしら?」
「はい、でも……」
マスターの言葉に、僕は少し戸惑ってしまった。
「……どうしたの? 別にシェナだけじゃ無くて、私にも何かあったら遠慮なく訊いて良いんだから。思った事を言ってごらんなさい?」
「判りました。……この部屋についてなのですが……」
「え、駄目? じゃあ別の部屋を用意させるから……」
「いえっ、あの……そうじゃ無くて、僕にはちょっと、贅沢すぎるのではないかと……」
これでも僕には、一通りの知識はインプットしてある(と思う)。その中の『ロボットの歴史』を参考にして、僕は躊躇しているのだ。
ロボットの歴史。それは、簡単な動作しか出来ない物に始まり、僕の様に自立思考が出来る物が現れるまで……年月で言えば、結構な長さがある。しかし今に至るまで変わらないのは、『人間とは厳密に区別するべき対象である』という事。
人間よりも高度な能力を持ったロボット達が、人間の振りをする。するとロボットを利用した犯罪の急増を招いたり、生物への冒決にも繋がるとの論争が起こる結果となり得るので、『そういう事はしてはいけない』 と法によって定められているのだ。
それなのに、この部屋。これではまるで、人間と同等……いや、絶対に一般レベルよりもここは豪華な部屋だ。そんな所に僕を住まわせるなんて、もし見つかってしまったらマスターが咎められるだろう。
そんな僕の思惑を知ってか知らずか、マスターは笑いながら答えた。
「大丈夫よ。この城の中には、絶対に不審な人間を入れたりしないから」
「えっ? ここって、お城の中だったんですか?」
「そうよ。……ごめんね、本当はこの城の見取り図や周辺の事なんかも予め教えていれば良かったんだろうけど、それじゃ私の説明が要らなくなるから……面白味が無くなると思って、省いたのよ」
「あ……いえ、それは結構なのですが……」
「じゃ、この部屋自体に問題は無いわね?」
そう言ってマスターは扉に掌を当て、
「ラスト」
と一言。
するとルームプレートには、僕の名前が表示される様になった。
「……マスター、質問しても宜しいですか?」
「どうぞ?」
「あの、この部屋……僕の他には……」
「何言ってるのよ。個室に決まってるじゃない」
サラリと言ってのけるマスターに、僕は曖昧な返事しか出来なかった。
……こうなればマスターの言う通り、誰もこのお城の中には来ない事を祈っておくしか無いのかもしれない……。
それからマスターは、他にも色々な部屋や器具の場所を教えてくれた。そして途中で会った別のロボット達の紹介も(僕の紹介も)して頂いた。
その間、僕は一度も他の人間の姿を見なかったのだけれど――もしかしたら、この城はマスターの所有物なのかもしれない。しかもその管理の大半は、マスターが造ったロボット達によってされているみたいだ。
「次で最後よ。この城の最上階……私の、お気に入りの場所」
マスターは言いながら、エレベーターに乗って一番上のボタンを押す。
着いた先は、全面がガラス張りになっている部屋だった。
「この部屋の調整は、ここからするのよ」
そう言ってマスターが床の一部に触れると、そこがスライドしてパネルが現れる。それを操作して、エレベーターも収納してしまうと――
「……わぁ……っ」
「どう? なかなかに良い眺めでしょ」
見渡す限り、景色。まるで、マスターと僕とシェナさん……この三人だけが空中に浮いて、色々なものを展望している様だ。
「こうすると、宙に浮いているみたいだし……世界の全てを見渡せそうじゃない? だから気分転換によく来たりするの。ラストも、好きな時に来て良いからね」
「え? あ、はい……」
『好きな時』って。そんなに僕に与えられる仕事量は少ないのかな。
でも、ロボットを一台造るのには相当なコストがかかるものだ。だからそれに見合うだけの役目を与えられる筈で、そう考えると『空き時間』というものはあまり多くは無いと思うんだけれど……。
「……もしかして、また質問?」
「は、はいっ!」
しまった。何だか僕ってさっきから、マスターに心配され過ぎなんじゃないだろうか。マスターの方から僕の疑問を聞き出して頂くなんて……反省……。
「実は、まだ僕の役割が判らないのですが」
「役割?」
「……そもそも、僕は何を目的としたロボットなんでしょうか? 掃除も料理も修繕もコンピューター制御も……とにかく、大抵の事は行える様にプログラムされています。ですから、マスターに『何をするのか』を命令して頂かなくては、一体どこへ向かえば良いのかも判らないんです」
出来る事が一つだけだったとしたら『それ』さえすれば良いのだと思えるけれど……。僕に出来る事は膨大すぎて、逆にどうすれば正しいのかがサッパリ判らない。
だから僕は困ったというのに、マスターは逆に笑い出した。
「い……一体、何をそんなに悩んでいるのかと思えば……」
「すみません……」
「ううん、ラストは何も悪くは無いわよ。……ただ、ちょっと可笑しかっただけ」
「そ、そう……でしたか……」
「じゃあ、御要望にお答えして、ラストの役割を教えるわね」
「はいっ」
「ラストは、たまに私の話し相手になって頂戴。でも、基本的には自由にしてて良いから」
「……」
自由? それは……一体、どういう事だろう??
「……星那様。宜しいですか?」
「なぁに、シェナ」
「ラスト君には、この国の情報を入れていないので……それだけだと混乱してしまって、困らせてしまいますよ」
「あ、それもそっか……。ラストは世間一般のロボットみたいに、自分の事を『働かないといけない存在』って思ってる筈だものね。……じゃ、シェナ。この城の見取り図だとか、色々と教えてあげて?」
「承知致しました」
「私は……もう少し、ここで外を眺めているから……」
「でしたら何か飲み物でもお持ち致しましょうか?」
「ううん、別に今は良い」
「では、失礼致します」
シェナさんが床のパネルを操作し、エレベーターを呼び出す。
僕達がそれに乗ろうとすると、マスターが呼び止めた。
「そうそう、ラスト。もう一つ言っておく事があったわ」
「はい」
「疑問があったら、なるべくスグに質問をするのよ。それから、もっと色々と喋って良いから。あまり気後れしたりするんじゃ無いのよ……?」
「……はい……」
やっぱり、マスターは僕の事を心配に思って頂いているらしい……。
僕は自分で自分が情けない気持ちになりながらもマスターに返事をして、エレベーターに乗り込んだ。
シェナさんに付いてエレベーターを降りると、そこはまだ僕の知らない階だった。
「……この城の中は主に2種類の区画に分かれています。生活をする所と、研究をする所です」
歩きながら説明をしてくれるシェナさん。僕はそれに耳を傾けつつ、シェナさんの後を追う。
「最初にラスト君が起動した場所やここは、研究をする方です。大抵は居住区の下部にあるのですが……一番簡単な見分け方は、内装ですね」
「……『銀色になっている』……とか、ですか?」
「 その通りです。色の認識も正しく行われている様ですね。……では、星那様の髪の色は何色ですか?」
「エメラルドブルーです。瞳の色と同系の……。あぁ、でも髪の色は光の加減によっては少し銀に輝いて見えます」
「他に何か思った事は……?」
「マスターの髪は、とても長くて美しいと……。ただ『どちらか選べ』と言われれば僕は、深くて優しく見える、あの瞳の色の方が好きですが……」
「宜しい。……では、星那様の年齢は幾つ位だと思いますか?」
「17歳です」
「そうですね。ですが、星那様を普通の17歳の少女だとは思わない様に」
「……それは、あのお年で僕を造れる程の腕をお持ちだからですか?」
「勿論、それもあります。けれど星那様が凄いのは、それだけでは無いのですよ」
僕に微笑み、ドアを開けるシェナさん。
部屋の中にはガラスケースに入れられた、様々なアクセサリーがあった。その中の一つ、透明なリングを取り出したシェナさんは、それを僕に手渡す。
「嵌めてみて下さい。ラスト君だと、右手の中指が丁度良いでしょう」
シェナさんに言われるままにリングを指に嵌めると、暫くして僕の中にこの城、そして城の周辺の地図等がインストールされる――
「それが星那様の治める国です」
「え? ……これの全部がですか!?」
思わず驚いてしまった。何しろ地図の範囲は一つの島とその周辺海域に及び、おまけに広さはおよそ1万2千㎢。街も山も湖もあるし、人口も(広さに対しては少ない方だが)結構なものだ。
「あの、質問しても良いですか……?」
「何でしょう」
「 ここ、マスターの他に治めている人は……」
「いませんよ。この国は星那様無くしては成立しなかったものですしね。だからこの国に住む者は皆、星那様を慕っています」
「そう……なんですか」
それにしたって尋常じゃ無い。常識で考えたら有り得ない事だろう。
シェナさんの言葉から察するに、別にマスターがこの国の王女として生まれたから統治している、という訳では無いだろうし……そう考えると、17歳で一体どうやって? と思ってしまう。
「ラスト君が不思議に思うのも仕方の無い事です。……けれど、この国に住む私達は皆、星那様がいたからこそ生きていけるのです。他の国で虐げられていた者も、星那様は快く受け入れて下さるし……」
「それって、亡命してきた人もいるって事……ですか?」
「……亡命……。ちょっと語弊のある言い方ですね。どちらかといえば、仕事を無くしたり捨てられたりした者に居場所を与えている、という感じです」
なるほど。だからマスターは慕われているのか。
「あ、でもそんな事を続けていたら、国のお金が尽きてしまうのでは……?」
「いいえ。星那様はこの国にやって来た者に対して相応しい職を与えますし、そもそも星那様が機械工学の第一人者ですからね。国の中に様々な工場があって、そこで作られた製品を輸出しているだけで相当な利益が出ます。何しろ、ここの品質と性能は、誰が何と言おうと世界一ですから」
「そうなんですか……」
だから僕がキリキリ働く必要も無いって事なのか。……または、もしかすると僕自身が次の製品の試作機で、動作チェックをなさっているのかもしれない。
「……とにかく、ここに住む者が他の国で同じ様に活動しようと思っても、今は迫害されるだけでどうしようも無いのです。それはラスト君、あなたにも言える事ですが……」
「それって、僕が自立思考の出来るロボットだからですよね?」
「そうです。ここ何年も、ロボットには人格を持たせてはいけないという風潮が続いていますから」
それは僕も知っている。『ロボットの歴史』の『近・現代』の中に載っていた事だ。
「……それらの事を考えると、ここに住む者にとって、この『国』は殆ど『世界』と同義なのですが……星那様は『ロボットにも人権を持たせるべきだ』という考えの持ち主です。そのため、ずっと学会や他国の人間に『ロボットを人間と同系列として扱う様に』と訴え続けています。……近い将来――ラスト君が堂々と、他の国でも当たり前の様に働いたり暮らしたりする日もやってくるかもしれませんね」
それは……可能性としては、とても少ない様な気がする。人間は『物は物でしか無い』と考え、そして物を粗末に扱う事に躊躇いを覚えない人の方が多いみたいだから。
「……シェナさんも、将来ロボットは人権を手に入れられると思っているんですか?」
「思うというよりも、願っています。……でも、もし私達の願いが叶ってロボットの人格が認められたとしても、それによってラスト君がこの国から出て行ってしまうのは……星那様が悲しまれると思うので、私も残念に思いますが」
「僕は、マスターに『出て行け』と命じられない限り、この国にいたいと思っています。マスターが悲しむ事は、僕の望む事では無いから」
「そうですか……。有難うございます」
ほっとした様にシェナさんが笑む。シェナさんもロボットの人権を認めるというマスターに賛同しているだけあって、僕の意志があれば国を出るのも仕方が無い、と思っているみたいだ。
「……それにしてもシェナさんって、本当にマスターの事を大切にされていますよね」
「ええ。今の私が存在するのは、星那様のお陰ですから」
「ひょっとして、シェナさんも仕事を無くして……?」
「まあ、勿論仕事も無かったのですが……私は昔、星那様に拾って頂いたのです」
「そ、そうだったんですか?」
もしかして僕、シェナさんの古傷を抉る様な事を言ってしまったのかも……。
「……ごめんなさい……」
「何を言っているんですか。私は、……不謹慎な事かもしれませんが、寧ろ捨てられて幸運だったと思っている位なのですよ。なにしろそれからは、ずっと星那様の元に居させて頂いているのですから」
そう言って微笑むシェナさんを見て、シェナさんにとってはマスターにお仕えする事が『幸せ』なのかなぁ、と考える。勿論僕も、一番の幸せはマスターに喜んで頂く事だけど。
……もしかするとこの国に住んでいる他の人達も、皆がマスターに恩義を感じていて、それを少しでも返そうと頑張って働いていたりするのかもしれない。
そうだとしたらここはとても良い国だし、素晴らしい事なのになぁ――と、僕は思った。
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