無課金おじさん、銀メダルな人生

偽泥棒

無課金おじさんの銀メダルな人生

 いつだって俺は無課金だった。小中高は全部公立か国立、塾も行かずにただひたすら図書館の自習室で勉強三昧。高いものはねだらなかったし、1000円を超す場所で飯を食わなかった。全然偉いとかじゃない。そうしなきゃ生きていけなかっただけだ。


 それで、おじさんになった今でも俺が無課金生活を続けているのは、やっぱり金がないからだ。全然使ってこなかったはずなのに、なぜだか今も持っていない。俺は一体どこで間違えた? どこで落としたんだ? って疑問の答えを本当は俺は知っている。金は落としたんじゃなくて元々持ってなかっただけだし、間違えたのは俺じゃなくてロクに金を持っていないのに子供を生んだ俺の親だ。金ない奴子供作っちゃ駄目だぜ、マジで。

 貧乏な子供って本当に弱くてニューゲームだ。経験値を稼ぐための金がないし、経験値がないから金を稼ぐ方法がない。詰んでる。親って、なんで子供に期待するんだろう。次の世代に繋いだって何も変わらないのに。貧乏を繋ぐだけなのに。いやいや、子供はお前と違ってすごい賢いかもしれないし、大人になって魔法を起こす可能性だってあるだろってお前の楽観は富裕層の欺瞞だ。そういうクレバーなコマンドを選べなかった親から生まれてくる子供が本当にそんな賢くなりうるのか? 塾にも行けないのに。賢くなるための選択肢の存在すら教えてもらえてないのに。まあ、別に悪気があって言ってるわけじゃないのは分かるよ。そういう世界が理解できないだけだ。世界観を作るのにだって金が要る。それを知らなかったらしかたがない。そしてだからこそタチが悪い。


 ルサンチマンが致死量を超えると人間は壊れる。不感になった身体は痣だらけで、目は虚ろに力なく笑い、もう二度と幸せにはなれない。死ぬまで元には戻らない。死ぬまで幸せになれないことに絶望して寿命の前に自分を終わらせる奴もいる。そこまでじゃなくて良かったなんだよ結構幸せじゃんって、俺はただ一人部屋の隅で力なく笑っている。


 こういう軍人みたいなストイックな自虐サイクルを20になってから辞められなくて、この先も永遠に続くんだろうなって思ってたところで、24になって何となく見つけた女の人と何となく付き合い、26に結婚して全てが終わる。あっけなかった。家族って最高だ。

 ああ、これで良かったんだ。勝ちに行こうとするから負ける。勝ってる奴が勝ち続けるなら、俺はさっさとゲームを降りれば良かったのかって当たり前のことにようやく気づいて、俺はどうやら26にしてようやく大人になったらしい。

 それで、散々文句を言った俺にも当然のように子供ができる。セックスは楽しかったし、子供も欲しかった。一石二鳥だった。こうして俺も結局貧乏を次に繋げてしまう。苦しむだけなのに。こんな無計画だから俺には金がないんだろう。いや、でも、子供って最高だ。可愛すぎる。これが不幸だなんて到底言えない。


 俺の時間は加速し始め、永遠に続くとか考えられなくなる。気づけば35だ。大して出世しない俺とは違って、子供はグングン身長が伸びる。もう腹の辺りまで来た。このまま頭も越すだろう。

 そういえば、息子は最近サッカーを始めた。ケガが怖いから気乗りしなかったけど、どうしてもやりたいと詰められたら断れない。渋々だ。なけなしの金でボールやらシューズやらを買ってやったとき、えらく喜んだのを見て抗えなかった。子供って可愛すぎる。

 すごい早さで上手くなるもんだから、何かの間違いでオリンピックまで行って銀メダルとか取ってきてくんねえかな、と思うことがある。でも、取んなかったら取んなかったで全然それでもいい。そんなに頑張らなくていい。俺はそこまで幸せにならなくていい。彼が生まれてきて、俺は射抜かれた。それで十分だ。その美しさを俺は信仰している。

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