第6話

「ワート、お願いがあるのだけれど」ルニスが朝食を食べている途中、口を開いた。「行きたいところがあるの。前に話した幻の花を覚えている?その花を探したいと思って」

「本当に、よろしいのですか」

「ええ。きっと私は隣国に行くことができたとしても、安心して生きられないと思うの。この国よりも、もっと異種族に対する規制が厳しいと聞いたわ」

「でしたら、人里を離れた場所に住みましょう。私が働きます」

「ありがとう。でも、もう疲れてしまったの。生きているのに、存在していないみたいで」


 2人がホテルを出ると、どこからかまたあの白馬がやってきた。まるで出てくるタイミングを見計らっていたようだとワートは思う。

「お迎えに来てくれたの?」ルニスが笑顔を浮かべながら馬のほうへ駆け寄った。


 ワートは頭の中でルニスの話を反復していた。幻の花を探すのが殿下の望みだが、それを叶えてよいものなのだろうか。あの話を最初に聞いたときは正直、こんなに近い未来だとは思っていなかった。遠い何十年後の話だと思っていた。殿下の望みならどんなものでも叶えてやりたいが、これは簡単に了承できるものではない。この望みをかなえるということは、すなわち殿下を死に導くのと同等だ。 

 

「どうしたの?ワート」ルニスが動かないワートに気が付いたのか振り返った。

「いえ、なんでもありません」

「またこの子に乗せてもらって、北に向かいましょう」

 ワートは了承し、ルニスの元へ向かった。


 道すがらワートは考えていた。この場所から北の地へ行くには、乗馬して移動したとしても数か月はかかる。一番心配なのは殿下の健康だ。食料は今回のように調達できるかもしれないが、問題は水だった。手持ちのもので数日間は凌げるだろうが、一週間ももたないだろう。どうにか水を調達できないか方法を考えていると、馬が道を外れて森に入っていく。


「森に用があるようです。何かあるんでしょうか」

「お友達に会いに来たの?」ルニスは馬に質問する。


 暫くすると湧水が見えてきて、目の前で立ち止まって降りろとでもいうように体を軽く振る。2人が降りると馬は音を立てて水を飲み始めた。

「この水には毒性がないのかしら」ルニスが心配そうに言う。

「少し試してみます」ワートが淡々とそう返すと、ルニスは焦って止めた。

「駄目よ、危険だわ」

「私にはある程度の毒物の耐性がありますので、少量であれば平気だと思います」ルニスはまだ不服そうだったが、ワートは湧水に何か異物混入していないかよく観察し、匂いを嗅いでから少量を口にした。匂いにも味にも異常は感じられない。もう少し量を増やしたものを再び口に含んだが、よくある飲料水よりも美味しいくらいだった。


「今のところ、異常はなさそうです。少し様子をみてみます」ワートは湧水を空いていた水筒に詰めた。時間が経っても何も起こらなければ、煮沸して飲料水にできるかもしれない。

「本当に?気分が悪くなったりしていない?」

「はい。もしかしたらこの馬は安全な水を嗅ぎ分けられるのかもしれません」


 その後も特にワートの体に異変は無く、2人は馬に乗って先を進んでいた。日も暮れ始めていたため、今回は人がいない民家に泊まることにした。夕食を終えた後、ルニスが外の風に当たりたいというのでベランダに出た。


「ワート、今夜の夜空は星が輝いている?」ルニスが尋ねるのでワートは上を軽く見上げた。曇り空だった。

「はい。満天の星空と言ってもよいと思います」

「......美しいわね。星たちもきっと、私たちが幻の花を見つけられるように応援してくれているんだわ」ルニスは空を見上げて微笑んだ。


 その晩、ワートは眠るルニスの隣で見張りをしていたのだが異常なほどの渇きに襲われた。同時に首筋に激しい痛みが走る。音に敏感なルニスを起こしていないか不安になり見下ろすと、微かな寝息を立てている。


 白いその肌の下には、真っ赤で美しい血が流れているのだろう。


 ワートは突然頭に流れ込んできた考えを追い払うかのように左右に首を振った。今、恐ろしいことを考えてしまった気がする。ここに居てはならないと思い外に出ると、辺りから漂ってくる血液の強い匂いに眩暈がした。


 まただ。脳が何かに侵食されていく。ワートは本能のまま匂いのもとへと歩いた。

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