第3話

 ワートはフリードに連れられて城内の案内をされていた。今日は疲れただろうから任務は明日からでよい、と殿下はおっしゃられた。

「驚きましたか。姫様に」

「正直、頭の整理がついておりません」

「姫様は正式に国王陛下と女王陛下の娘に当たりますが、生まれつき目が見えないのです。それを理由に国王陛下は、姫様を国民から隠すように命じられました。安全に姫様が暮らせるように」フリードの顔は、納得しているようには見えなかった。

「だから、目を瞑られていたのですね」

「はい。以前居たメイドが姫様の瞳について陰口を叩いていたところを、姫様が聞いてしまったのです。心を痛めた姫様は、それから瞳を開けることはなくなってしまいました」フリードはため息をついた。「目が見えないというだけで、姫様は不遇な扱いを受けることもありました。何故、あのように魂が美しい姫様がお辛い思いばかりしなければならないのでしょうか」遠い目をしながらフリードは言った。

 ワートは何も言うことができなかった。この世界は心優しい者ほど淘汰されやすい傾向にある。穢れたものほど生存意欲が強く、図太く生き残る。殺した敵の上に立っている私のように。


「最後に、ここがあなたの部屋です。今日は結構ですが、明日からは夜中に姫様の部屋の警備もお願いしますね。私と妻も協力します」

「分かりました」

「明日に備えて今日は休んでください。食事は後で運んできます。何かあったら呼んでください」


 ワートは部屋に入る。2枚扉だった。食事の受け渡しをするためらしく、護衛騎士のみらしい。質素だが必要な物は全て揃っていて傭兵時代よりもかなり良い部屋だ。剣を置いてヘルムを脱ぐ。近くにあった姿見に写る自分は、別人のようだ。訓練のため鎧を脱ぐと、ようやく身軽になった。部屋の中で剣を振るうわけにもいかないため、小型ナイフを手に取った。

 1、2時間後にドアがノックされる音が聞こえた。


「食事置いときますね、1時間後に取りにきますから」

 女性の声だった。ワートは感謝を述べようとしたのだが、足音が遠のいていく。料理を取りに行くと、パスタと野菜スープ、そして果物のタルトがトレイの上に置いてあった。どれも美味しかったが、特に果物のタルトは甘酸っぱくて重くなく絶品だった。

 明日に備えて早めに寝ることにした。パジャマも用意されていたので、それに着替えてベッドに横になる。雲のように柔らかい寝具に、すぐに眠りに落ちた。


 翌日の早朝、ワートはルニスの部屋の前で見張りをしていた。ルニスが起きる時間になると、フリードの妻のカノヤがやって来て部屋に入った。

 自室で朝食を摂った後、再びルニスの部屋に向かった。ノックをしてから部屋に入ると、ルニスはソファに腰掛けて読書をしていた。かなり広い部屋で、白と銀を基調とした家具が並ぶ。


「おはよう、ワート」ルニスが微笑む。

「おはようございます」

 ワートはドアの側に立って警備するつもりでいたのだが、ルニスが声をかけた。

「良かったらこちらに掛けて」向かい側のソファを差しながらルニスは言った。

「ありがとうございます。ですが、結構です。仕事ですので」ワートは淡々とそう言う。

「じゃあ、私の話し相手になってくださらない?」

「……承知しました」

 ルニスにおされ、ワートはソファに腰掛けた。ほのかに甘い花の香りがする。花は生けてあるが、この香りはルニスから漂う気がした。

「そうそう、ワートは甘いものは好き?昨日の木苺のタルトはどうだった?」目を瞑り、ヴェールを身に付けるルニスだったが、嬉々としていてとても表情が豊かだった。

「とても美味しかったです」

「良かった。実は私がカノヤと焼いたものなの。今日はクッキーを焼こうかと思って」

「殿下は手先が器用なんですね」ワートがそう言うと、ルニスは恥ずかしそうに笑った。

「ルニスで良いわ。ワートは私と年も近いし、お友達みたいに思ってくれてもいいのよ」


 あくまでも主人と護衛である自分とは身分が違いすぎる、とワートは思ったがルニスは優しさでそう言うのだろうと分かっていたので口にはしなかった。


「それに、あまり畏まらないで。私は目が見えないし、何をしても分からないから」ルニスが悲哀を帯びた表情をする。

「以前、何かあったのですか」

「ワートはまだ会っていないかもしれないけど、ここにはフリードとカノヤ以外にも、侍女兼メイドと料理長、庭師の3人がいるの。随分と前から私は会わなくなってしまったわ。私の目が怖いのが原因みたい」

「迷惑でなければ、ルニス様の目を見てもよろしいですか」ワートはきっと、その3人は嘘を付いているのではないかと思った。3人を見かけたが昨日の時点でフリードさんはまともに紹介せず、ただ給料泥棒だと言っていた。

「ええ……でも、怖くても、声には出さないでくれる?」

「約束します」

 ルニスが慎重に瞼を開けると、色素が薄く周りの色が反射した瞳が覗いた。神秘的だとワートは感じた。


「とても美しいです。怖くなどありません」

「本当に?ありがとう……ねえ、ワート。貴方の顔に触れても良い?変な意味ではなくて、確認する方法がこれしかないから」

「構いません」ワートはヘルムを取って、ルニスの近くに跪いた。

「私の手を取ってくれる?」差し出されたルニスの手を取ると、ワートは自分の顔に当てた。

 細い指と手が、肌を流れていく。


「きっとワートは綺麗な顔をしているわ」

「そうだと良いのですが、私の顔は傷だらけです」

「頑張ってきた証でしょう。素敵だわ」ルニスは微笑んで、指で頬にある傷を優しくなぞる。

「あ、触れてしまったけど傷は痛む?」ルニスは手を離した。

「いえ、痛みはありません。古傷ですので」

「そう。ありがとう、触れさせてくれて」

 ワートは立ち上がって再びヘルムを着ける。


「そろそろ散歩に行きましょうか」ルニスが立ち上がった。

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