第2話
「私が護衛騎士ですか?」団長と向かい合うワートはとてもじゃ無いが、驚きを隠せなかった。
「ああ。なんでも女王陛下からの命らしい」
「私に、務まるでしょうか」未だにワートは混乱していた。父の為に傭兵になったが、真剣に任務に取り組み、大隊長になって数年が経った。しかし、傭兵が護衛騎士を務めるなど、この国ではとてもじゃないが聞いたことがない。
「実は私もそう尋ねたんだ。お前の実力は分かっているが、俺達は騎士じゃないからな。だが、女王陛下はお前を指名しているらしい」だが気になることがあってな、と団長は続ける。「主人はとても高貴な身分らしいが、それが誰かも、城が何処かも教えてくれないんだよ。1週間後に迎えが来ると言っていたが」
「分かりました」まだ理解できないが、このままそれは団長も同じであり、これ以上話してもそれが解決するわけではない。
「最低限のマナーは学んどけよ。相手は貴族様だ」
ワートは自室に戻った後も実感が湧かなかった。自分が護衛騎士になるなど考えてもみなかった。今まで戦争に赴いては多くの敵を斬ってきたし、体が動かなくなるまでは、この仕事を続けるつもりだった。不意に剣を取って自分の姿を見る。訓練と戦争で、顔も体も傷だらけだった。どう見ても護衛騎士になれるような容姿には見えない。しかし、護衛騎士になれば給与も増えるだろうし、与えられた任務であるからには真面目にやるしかない。
一週間はあっという間だった。ワートは訓練の傍ら団長に言われた通り、マナーを一通り学んだ。最終日には送迎会も行われた。部下たちが心残りだが、傭兵団は人の入れ替わりも激しい。私のこともすぐに忘れるだろう。既に迎えの馬車に乗り、ワートは何処かも知らぬ城への到着を待っていた。5時間ほど経っただろうか。もう外は日が暮れ始めている。突然ワートが降ろされた場所は港だった。ようやく城に着いたと思っていたが、まだ道のりは長そうだ。小さな船に乗り込むと、船長に着いたら起こすから寝ていろと言われた。いつ頃つくのか尋ねたが無視され、仕方がなく甲板に横になる。眠るつもりはなかったのだが、心地よい肌寒さと波の音を聞いているうちに夢の世界に誘われていた。
「おい、起きろ」ワートはその声を聴いて目覚めると、船長に封筒と大きな袋を渡された。「女王陛下からの手紙だ。読んだらこれを着ろ」
ワートが受け取った封筒には王室の封印がしてあった。息を呑む。宛先にはワートの名前が書いてあった。封筒を開けると、一枚の紙が入っている。見ると、女王のサインとともに一言だけ綴られていた。そこにはいかがな場合にも城についたら主人以外に素顔と肌を見せないこと、主人の命令にはどんなものでも従うこと、城から逃げようとした場合には即処分ということ。後者2つはよくある規則だろうが、最初の主人以外に素顔と肌を見せないというのは、初めて見るものだった。とにかく、頭に入れておこう。渡された袋の中には甲冑一式とマント、そして直剣が入っていた。甲冑には細かな装飾が、マントは白地にシルバーで繊細な刺繍がされている。どちらも見るからに上等なものだ。鞘から剣を引き抜くと、鍛えられた新品のものだった。甲冑とマントを身につけ、剣を腰に下げると気が引き締まる。
船は小島へと向かっていた。そこには城が一つだけ建っている。他に家などは無く、周りにあるのは木だけだった。
島に降ろされたワートは、船長の言う通り森の中をただ前に前にと進んでいた。ようやく庭園が見えてくる。沢山の色とりどりの花が咲いていた。足を踏み入れようとすると、何処からか燕尾服を着た初老の男性が立ちはだかった。背筋が通っていていかにも、という雰囲気だ。
「貴方は新しい護衛騎士のワートさんですか」警戒するように眉を顰めながら男が言う。
「はい、只今参りました」
「私は執事長のフリードです。案内しますので着いてきてください」
庭園から城までは少し距離があった。気まずい空気が流れていたが、フリードが口を開いた。
「ワートさんは、大変お強い方だと聞きました。命を賭してでも姫様を守ってくださると信じていますよ」
「はい。尽力します」ワートは実際、主人がどのような人物であっても任務を全うすると決めていた。それが護衛騎士の務めだ。即答したワートに驚いたような表情をフリードは浮かべた。
「そう願っていますよ。いや実は前の姫様の護衛騎士は酷いものでしてね。姫様に付きまとった上、あろうことか深夜に姫様の部屋に忍び込もうとしたのですよ、信じられません。それからというものの、夜は私と妻の交代で姫様の部屋を見張ることにしました。またあのような変な虫が姫様に近づいたら大変ですからね。ワートさんが来てくださって助かりましたよ。年寄りにはできることは限られていますから」フリードは畳みかけるように話し続けた。「ワートさんは、間違っても姫様にお近づきになろうなど考えないでくださいね」
「心配いりません。今まで生きるために戦地に赴き、敵を倒してきました。生きるために任務をこなす、それはこれからも変わりません。邪な感情を持つ暇はありませんでしたし、これからもないでしょう」ワートがはっきりと言い切ると、フリードは何故か満足そうに頷いていた。
「そろそろ城に着きますよ」
数分歩くと城の玄関が見えてきた。テラスで誰かがお茶をしている様子が見える。恐らくあれが私の主人にあたる人物だろう。後ろには従者らしき女性もいる。
「ルニス王女様、新しい護衛騎士のワートを連れてまいりました」
フリードの発言にワートは耳を疑った。この国に王女がいるなど聞いたことがない。もし仮に王女だとしても、昨日まで傭兵だった自分が任された理由はなんだ。
「今日からよろしくお願いしますね、ワート」
ワートは声の主に視線をやると、声を失った。
目を瞑り微笑むルニスはまるで天使、いや神のようだ。まだ少し幼さが残る整った綺麗な顔に、細部まで手が込んでいる白いドレスとヴェールを身に着ける姿はとても同じ人間とは思えない。
命を賭してでも、護らなければ。
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