第57話


それから約四時間後。


「に、兄さん!?どうして姫路先輩がここにいるのですか!!」


「つ、月城!きっちり説明してくれ!!まさかお前の方から誘ったのではあるまいな!!」


「ちょ、二人とも!引っ張らないでくれ!」


昼休みを迎えた教室は、にわかに騒がしくなりつつあった。


教室で弁当を食べている生徒たちの注目がこちらに集まっていることを嫌でも自覚せざるを得ない。


当然と言えば当然で…


「別に私がいても問題ないでしょう?今日はたまたま偶然にも二人分のお弁当を持っていたから、月城くんに分けてあげようとそう思っただけよ」


「ず、ずいぶん都合のいい偶然があるんですね、姫路先輩!でも兄さんは私のお弁当だけで十分お腹を満たせますから、その二人分の弁当は兄さん以外の人に振る舞ってください!」


「そ、そうだぞ姫路!月城は私と円香ちゃんのお弁当を食べるので精一杯なのだ。お前の好意はありがたいとは思うのだが今日は遠慮してもらおうか!」


「何勝手に自分のお弁当と私のお弁当を同列に語っているのですか、花村先輩。また食べ物と呼べるかも怪しいものを作ってきたんでしょう?」


「そ、そんなことはない!今日こそは月城に美味しく食べてもらおうとアレンジにアレンジを加えた、私のオリジナルメニューをだな!」


「ああもう、それ以上はいいです聞きたくないです。それを聞いただけで十分ですから」


「な、なんだと!?実際に見て見ないでよくそこまでのことが言えたものだ!!」


「ねぇ、月城くん。喧嘩しているそこの二人は置いておいて、私のお弁当を食べてみない?これは柊に作らせた特製弁当で、とても美味しいわ。柊はとても料理の腕がいいの。あなたの好みにも合うはずよ。それから私もあなたのために少し手伝わせてもらったの。これはこの間のことに対するお礼を兼ねているから、私も人肌脱がせてもらったというわけなの。だから…ぜひ食べて欲しいわ」


「何が偶然二人分の弁当を持ってきたですか、姫路先輩。とうとう馬脚を現しましたね。やっぱりその弁当は兄さんのために作ってきたんじゃないですか!」


「目敏い妹ね。私の何がそんなに気に入らないというの?」


「ひ、人の兄に対して断りもなく色目を使うところです!この泥棒猫!!」


「まあ、ひどいわ。なんという暴言なの。私はひどく傷ついたわ、月城くん。慰めてくれないかしら?」


「兄さんに付き纏わないでください、泥棒猫先輩」


「ひどいあだ名ね。月城くん、どうやらあなたの妹に嫌われてしまっているらしいわ。私はもっと仲良くしたいのだけれど」


「…っ…よくも抜け抜けとそんなことが言えますね」


「わからないわね。なんのことかしら」


「ちょ、お前ら…少し落ち着いてくれ…」


ばちばちとまるで火花が散りそうな視線で姫路と円香が睨み合う。


こいつらってこんなに仲が悪かったか?


俺はなんとか二人の間に入り、両方を宥めて喧嘩に発展するのを防ぎながらため息を吐く。


一体どうしてこんなことになってしまったのだろう。


チラリと周囲を見れば、姫路、花村、円香の三人に囲まれている俺に対して思いっきり視線が集まっている。


特に男子からは恨みのこもったような突き刺すような視線が向けられている。


敵を作らないという方針のもとに行動してきたはずなのに、なんだか予期せぬ形でたくさんの敵を量産してしまっている気がするのは気のせいなのだろうか。


一体どうしてこうなったのかといえば、ついさっき、昼食を食べようとしていた俺たちの間に突然姫路渚が割って入ってきたのが元凶だった。


ここ最近、俺は昼休みは円香と、それから花村と一緒に過ごすことが多かった。


なぜか円香はあれから毎日のようにこの教室を訪れて俺と一緒に弁当を食べるようになり、それと同時に花村も毎日俺に手作り弁当を作ってくるようになってしまった。


花村の弁当は一応本人曰く上達しているらしいのだが、まだ人間が食べられるレベルには達していないので、結局円香の作ってきた弁当を三人でつつくことになる。


円香は気を効かして足りなくならないように三人分の弁当を作ってくるようになっていたのだが…


そこへついさっき、唐突に現れたのが姫路渚だった。


本人曰く、偶然たまたま二人分の弁当を持っていたので特別に俺に振る舞ってくれるということだった。


三人分の弁当を作ってしまっている円香や一応俺のために食べられるものを作ってきているつもりらしい花村はいい顔をしなかったが、俺は同盟関係の姫路渚を無碍に扱うこともできず、一緒に昼食を取ることを了承してしまった。


そして…あっという間に言い合いが始まってしまった。


三人が三人とも他人の目を嫌でも引いてしまうほどの美しい容姿の持ち主ということもあり、視線が思いっきり集中してしまっている。


そしてそんな周囲の状況を全く気にすることもなく、三人は互いの何が気に入らないのか、口喧嘩を止めようとしないのだった。


「さ、月城くん。まずはこれを食べて見てちょうだい。はい、あーん…」


「ちょ、姫路!?」


そうこうしているうちに円香と言い合いをしていたはずの姫路が弁当を開いて、そこからおかずをお箸でつまみ、俺の口元へ運んでくる。


いきなりのことに驚いてしまい、俺は口を開くこともできずに硬直する。


姫路がますますおかずを俺の口に近づけてくる。


「何を恥ずかしがっているのかしら。口を開けなさい、月城くん。食べさせてあげるから」


「い、いや…それぐらい自分で食べられるぞ…!?」


「あいにくとお箸が一つしかないのよ。だからこうするのが手っ取り早いの。はい、あーん」


「ダメです兄さんっ。ぱく」


「ちょっとどういうこと?あなたにあげたわけではないのだけれど」


俺の口元に近づけられていたおかずに、横から顔を出した円香が食いつく。


「なかなかどうして味は悪くないです。悔しいですが、美味しいと言わざるを得ません」


もぐもぐと咀嚼しながらそんなことをいう円香を姫路がジトッとした目で睨みつける。


「柊が作ったのだから当然でしょう。でもこれはあんたの分ではないわ。月城くんに食べてもらうための弁当なのよ。あなたは自分の地味なお弁当でも食べていなさい」


「ダメです。一体なんの権限があって兄さんの食べるものをあなたが決めるのですか」


「逆にどうしてあなたの指示に月城くんが従わないといけないのかしら」


姫路がそういうと、円香はツンと鼻を高くして胸を張った。


「それはもちろん、私が兄さんの妹だからです。今まで私はずっと兄さんのためにお弁当を作ってきました。だから兄さんの好みは十分にわかっています。兄さんにとって私のお弁当を食べるのが一番最適で一番幸せなんです」


「本当にそうかしら。あなたのお弁当が私のお弁当よりも美味しいかどうかについては議論の余地があると思うのだけれど。というか、ただ妹というだけでよくもまぁそんな大きな態度に出られたものね」


「そりゃあそうですよ。だって私は兄さんと一緒に育ったのですから。いつも近くで兄さんを見てきましたし、私が兄さんのことを一番よくわかっています。あなたこそ、まだろくに兄さんと時間を過ごしてもいないのに、妹である私に対してよくそんな偉そうな態度を取れますね?」


「ずいぶん余裕がないのね、小娘ちゃん」


「そっちこそ…私の正論に全然反撃できないみたいですね泥棒猫先輩」


「そのあだ名やめてくれないかしら。ものすごく不快なのだけれど」


「事実じゃないですか。嫌なら兄さんに付き纏わないでください」


「別にあなたのお兄さんが誰と仲良くしようが本人の勝手でしょう?」


「…っ」


「うふふ…自分が月城くんの妹であるというのがあなたの拠り所のようだけれど…どうせまだしてないんでしょう?」


「…っ!?」


「多分…ずっと側にいたあなたよりも私の方が月城くんについて色々と知っていると思うわ。例えばそう、月城くんのくちび」


「わあああ!!言わないでください黙ってください聞きたくないです!!」


円香が大きな声をあげて姫路の言葉を遮った。


姫路渚が勝ち誇った笑みを浮かべる。


「勝負あり、かしらね」


「に、兄さぁん」


円香が涙目になって助けを求めるように俺の方を見てくる。


俺はその頭をポンポンと撫でながら姫路に言った。


「おい、姫路。大人気ないぞ。一体なんの言い争いをしているのか知らんが、円香をあんまりいじめるな。年上だろう」


「ふん。別にいじめてなんかないわよ」


「んべっ」


「…っ」


「こら、円香。お前も煽るのをやめろ」


「…はい兄さん」


「全く」


円香が姫路に対して舌を出し、姫路がこめかみをひくつかせる。


俺は円香に注意して、姫路を煽るのをやめさせる。


「お、おい二人とも。私を仲間外れにするのをやめろ!」


そこで負けじと花村が口を挟んできた。


そんな花村を、円香と姫路の二人が白い目でみる。


「まともなお弁当も作れない人は黙っていてください」


「初めて意見が一致したわね、小娘ちゃん」


「なっ!?」


口を開けてワナワナと震えた花村が、俺を指さして言った。


「わ、私だって月城のことはよく知ってるんだからな!お、お前らと違って部活も一緒だし…」


「だからなんだっていうんですか。あなたよりも私の方が兄さんと一緒にいる時間は長いです」


「くだらないわね。同じ部活に所属しているからなんだというのよ。そんなことで私の上に立ったつもりなのかしら」


「そ、それだけじゃないぞ…わ、私は月城と…月城と…その、き、き、き…きし

ゅしたんだからなっ」


「ちょ、花村!?」


とんでもないことを暴露した花村に俺は焦る。


幸い最後の方は蚊の鳴くような小さな声だったために、周囲の生徒たちには聞こえていなかったようだが、近くにいた姫路と円香にはバッチリと聞こえていたようだった。


「なっ…に、兄さん…?嘘ですよね…」


円香が呆然と俺の方を見てくる。


「い、いや、違う…あれは…そのだな…色々と事情があって…」


すぐに否定すればよかったのに、俺は墓穴を掘ってしまう。


「そんな…花村先輩と兄さんが…」


円香の目からハイライトが消える。


「円香?お、おい…?大丈夫か?」


俺は円香の目の前で手を振るが、円香はぼんやりとしていて反応を見せない。


一体どうしてしまったのだろう。


俺が助けを求めるように姫路を見ると、姫路は何やら花村を睨んでいた。


「花村さん。自分だけが特別だと思って優越感に浸るのはやめてもらえるかしら。あなたにできたことが私にできないと考えるのはあまりにも傲慢よ」


「ど、どういう意味だ…?」


「さあ、どういう意味でしょうね?」


「ま、まさか月城…お前まさか姫路も…?」


花村が俺の方を見る。


俺は咄嗟に花村から視線を逸らす。


「そういうことよ花村さん」


「…っ…ひ、姫路渚…ゆ、油断のならない女だ!」


「なんのことかしら」


「わ、私は絶対に負けないんだからなっ」


「私も、手を抜くつもりは一切ないわ」


今度は姫路渚と花村萌との間に一触即発の空気が漂い出す。


結局俺は昼休みが終わるまで、三人の喧嘩の仲裁に明け暮れることとなったのだった。



〜近況ノートにて三話先行で公開中です。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る