第55話
「…っ」
姫路渚と共闘し、火炎使いと好色魔を倒したその翌日。
俺はいつものように円香と登校路を歩いていた。
体には気だるさが残っている。
昨日は一睡もできなかった。
全て姫路渚のいきなりのアレのせいだった。
「あ、あいつ一体なんのつもりなんだ…」
思わず唇を押さえてしまう。
昨夜、俺は姫路渚と共闘し、火炎使いと好色魔の二人の魔術師を倒した。
姫路渚が狙われたあの場に俺が居合わせたのは偶然ではない。
アレは本来なら俺ではなく日比谷倫太郎と姫路渚が共闘するイベントだったの
だ。
シナリオの流れはこうだ。
同盟を組んだ日比谷倫太郎と姫路渚は、魍魎狩りのスポットへと赴くために二人して夜の街を歩いていた。
まだ魔術師として未熟と言わざるを得ない日比谷に、姫路渚が魔術の稽古をつけるためだ。
そんな街外れの魍魎狩りスポットへと向かっている二人の前に、火炎使いと好色魔が現れる。
火炎使いは解体屋と組んだ時に殺せなかった姫路渚を殺すため、そして好色魔は姫路渚の体を手に入れて思いのままにするために手を組んだ。
襲いかかってくる二人の魔術師に、姫路渚と日比谷倫太郎は共闘し、これを撃破する。
そして二人の絆はますます深まっていく。
本来ならこんな感じの流れになるはずだった。
だが、ご存知の通りこの世界の日比谷倫太郎は姫路渚と同盟を組んではいない。
なので姫路渚はたった一人の状態で火炎使いと好色魔と遭遇してしまう。
だが俺は姫路渚に死んでもらうと困るため、その場に赴いて参戦。
あとは知っての通り、俺は姫路渚と共闘し、火炎使いと好色魔を撃破し、ことなきを得た。
問題は戦闘後に姫路渚のとった行動にある。
「〜っ」
思い出すと顔が熱くなってくる。
あの時の姫路渚の柔らかい唇の感触は一生忘れないだろう。
『これが私の気持ち』
キスの後の姫路の言葉が頭の中でリピートされる。
あれには一体どのような意味があったのだろうか。
まさか姫路渚も俺のことを…
本来なら日比谷倫太郎に向けられるはずだった感情が、相手が俺に置き換わったと、そういうことなのだろうか。
「いや、あり得ない…あの姫路渚だぞ…」
原作であれだけ月城真琴を毛嫌いしていた姫路渚が俺に好意を抱くなんて状況が考えられない。
だとしたらあのキスには一体なんの意味が。
「わっかんねぇ、ああくそ…」
俺は頭をガシガシとかく。
「兄さん?」
悶々としている俺に、円香が不思議そうに首を傾げる。
「どうかしたのですか、顔が赤いようですが?」
「そ、そうか!?き、気のせいだろう」
「気のせいじゃない気がします。すごく赤いですよ。お熱でもあるんですか?」
「な、ない…!俺はなんともないぞ!」
「…?」
円香が怪訝そうに首を傾げる。
俺は深呼吸を繰り返してなんとか冷静さを保つ。
そんな感じで昨日の姫路渚の行動について頭を悩ませていると気づけば学校についていた。
「おい、あれ…」
「姫路渚だ」
「誰かを待ってるのか…?」
「今日も可愛いなぁ」
「髪を切った時には驚いたけど…ショートもめっちゃ似合ってるな…」
校門の前に人だかりができていた。
なんだか最近は慣れっこになってきたこのパターン。
騒ぎの中心にいるのは姫路渚のようだ。
短くなった髪の毛が風に吹かれて揺れている。
その横顔を見ると、昨日のことを思い出して顔に熱が籠る。
「に、兄さん…?なんで姫路先輩のことをそんな目で」
「…!?」
気がつけばずいぶん長い間姫路渚に見とれてしまっていた。
横から円香が必死そうな目で俺のことを見上げてきている。
「な、なんでもない。いくぞ円香!」
「は、はぁ」
俺は誤魔化すようにそう言ってそのまま姫路渚の横を通り過ぎようとする。
「待ちなさい、月城くん」
姫路が俺のことを呼び止める。
俺は思わずビクッと体を震わせてしまう。
「あなたを待っていたの。二人きりで話をしたいわ」
「…っ!?」
ざわめきが広がる。
生徒たちが何事かと俺と姫路のことを見比べている。
「は、は、話だと!?一体なんの話だ!?」
なんとか冷静さを装おうとするが声はみっともなく震えてしまう。
昨日のことを思い出して、いやでも鼓動が高鳴ってしまう。
一方で姫路渚の方は冷静沈着そのものだった。
「安心して。昨日のあれのことではないわ。いきなりあんなことをして悪かったと思っているけど…でもそれに関してさらに深く話し合いたいわけじゃないの」
「…っ」
…あれ?…
…あれってなんだ?…
…どういうことだ?…
姫路渚の意味深な発言に、周囲でざわめきがさらに大きくなる。
「話し合いたいのは私たちの今後のこと。これから私たちの関係をどのようにしていくのか、それについて話し合いたいの」
「…っ!?」
…おいおい、嘘だろ!?…
…一体どういうことだ!?…
…あの二人の関係ってなんだよ。…
…まさかあの二人…付き合ってるのか!?…
…嘘だろ!?月城と姫路が!?…
…一体なんの話をしているんだ!?…
いよいよ周りの生徒たちは疑惑の目を持って俺たちのことを見てくる。
なんだかあらぬ誤解がものすごい勢いで広まっている気がする。
姫路渚の発言があまりにも意味深すぎるせいで…いや昨日のアレのことや魔術大
戦のことに関しての話だからぼかさざるを得ないのはわかるのだが…それのせいでどんどん妙な憶測を招く事態になっていっている気がするのだが。
「に、兄さん!?あれとか関係とか、一体どういうことですか!?」
「ちょ、揺らすな円香!!」
円香が俺の腕を掴んで振り回してくる。
グラグラと体が揺れて視界が回る。
すると姫路が円香の目の前にやってきていった。
「ごめんなさいね、円香ちゃん。あなたのお兄さんをちょっと貸してもらえるかしら」
「に、兄さんに何をする気ですか、この泥棒猫!!」
「あら、ずいぶんと口が悪いのね。別に危害を加えようというつもりはないわ。ただ少し二人きりでお話がしたいの」
「だ、だめです!!兄さんは渡しませんから!!」
「いいえ、月城くんを借りていくわ。月城くんは私に従うはずよ」
「な、なんの根拠があってそんなことを…」
「だって私たち…」
姫路が不意にこちらを見る。
その口元には魅惑の微笑が浮かんでいる。
「しちゃった、ものね」
「…っ!?」
円香の目が大きく見開かれる。
きゃああと周囲で女子の悲鳴が上がる。
嘘だろぉおおおと男子の悲痛な叫びも上がっている。
「どどどどういうことですか兄さん!?したって何をしたんですか!?何をした
っていうんですかぁ!?」
円香が俺の胸ぐらを掴んで思いっきり揺らしてくる。
「お、落ち着け円香!?落ち着くんだ!」
「落ち着いていられませんよ!!何をしたのか白状してください!!」
「そ、それは…」
「なっ!?まさか本当に…」
円香がわなわなと震え出す。
姫路渚が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「そういうことだから、円香ちゃん。さ、月城くん。行きましょうか」
「いや、お、俺は…」
「ん?昨日のことについてもう少し詳しく妹さんに話が方がいいかしら?」
「…っ!?」
姫路がニヤリとイタズラっぽく笑う。
「お、お前ちょっとこい!!」
これ以上有る事無い事言われてはたまらないため、俺は姫路渚の手を引いて逃げるようにその場を後にしたのだった。
〜あとがき〜
近況ノートにて3話先行で公開中です。
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