第54話


「はぁ…とは言ったものの…」


月城くんに再度の同盟関係を持ちかけると柊に宣言したその翌日。


私は月城くんに話しかけるタイミングを見計らい、月城くんの教室を休み時間ご

とに訪れていた。


「おい、あれ…姫路渚だぞ…」


「うちのクラスに何のようだ…?」


「さっきも来てたよな?」


「誰目当てなんだ?」


「誰か声かけに行けよ」


「嫌だって。そんな勇気ねぇよ」


「お、俺の方見てないか?」


「なわけないだろ自惚れるな」


周囲から雑音が聞こえるが、今は気にしていられない。


私が見ているのは机に座っている月城くんだけだった。


月城くんはいつものように自分の席に座って、考え事でもしているのかぼんやり

と虚空を見つめている。


私はそんな彼の横顔を思わず時間を忘れてうっとりと眺めてしまう。


そしてハッと我に帰った頃には短い休み時間が終わってしまっていた。


「はぁ…」


今日三度目の失敗に私はため息を吐く。


なかなか話しかけるタイミングが掴めない。


授業と授業の間の短い休み時間では、月城くんをどこか二人きりの話ができる場所へ連れ出すのは無理だ。


他の生徒たちが聞いている場所では、もちろん同盟関係の話なんてできるはずも

なく…


「やっぱり昼休みじゃないとダメよね」


休み時間終了の鐘が鳴り、私はすごすごと自分の教室へ引き下がっていく。


次の休み時間は昼休みだ。


今度こそ必ず月城くんに声をかけて、どこか二人きりで話ができる場所に連れ出そう。


そう胸に決意を秘めて私は自分の教室へと戻っていった。


だが、いざ昼休みがやってくると…


「月城…!この間のリベンジだ!今日こそは私のお弁当を食べてもらうぞ!!」


「兄さん。花村さんのお弁当は危険です。食べ物であるかどうかも怪しいです。そんなものよりも確実に食べ物であることが保証されている私のお弁当を優先して食べるべきです」


「わかったわかった。どちらも食べてやるから弁当を押し付けてくるな」


そこには花村萌と月城円香に囲まれて仲睦まじく昼食を食べる月城くんの姿があ

った。


花村萌と月城円香に奪われるようにして弁当を食べさせられている月城くんはとても幸せそうだ。


とても私の入り込む隙があるようには見えない。


私は途端に自信がなくなってきてしまう。


「おい、姫路さん、またきてるぞ…」


「目的は何なんだ…?誰かを見にきてるのか…?」


「くっ…まさか彼氏だったら…」


「ないない。難攻不落の姫路渚に彼氏とか…ないよな?」


柊の言っていたことは本当なのだろうか。


本当に月城くんと花村萌は付き合ってはいないのだろうか。


柊は花村萌は月城くんのことを好きかもしれないが、月城くんが花村萌のことを好きかどうかはわからないと言っていた。


本当にそうだろうか。


目の前で花村萌とお弁当を食べている月城くんはとても楽しそうに見える。


まるであのショッピングモールで二人きりだった時のような打ち解けた雰囲気だ。


月城くんはただ単に柊に情報を伏せただけで本当は花村萌と付き合っているのではないだろうか。


「おい、姫路さん悲しそうだぞ…」


「すげー落ち込んでるな」


「誰か声かけに行けよ。励ましたら好感度上がるかもしれないぞ」


「ゆ、勇気でねーよ。お前が行けよ」


「む、無理だ…あの姫路渚に話しかけるなんて命がいくつあっても足りねぇ」


「意気地無しだなぁお前ら。本当に金玉ついてんのか?」


「じゃあお前いけるのかよ」


「…そ、それとこれとは話が別だ」


そもそも昨日の今日で本当に同盟の復活を提案してもいいのだろうか。


短期間でここまで振り回されたら流石の月城くんでも怒るのではないだろうか。


柊は私には魅力があるから大丈夫だと言っていたが、月城くんが私に魅力を感じてくれているのか自信がなくなってきた。


本当に今の月城くんにまた同盟関係を持ちかけてもいいのだろうか。


私の自分の都合で彼に迷惑を押し付けてもいいのだろうか。


月城くんは魔術師として十分に強い。


月城くんからしたら私との同盟はあまりメリットがないのではないだろうか。


月城くんは何らかの理由で私のことを必要としてくれている。


今まではそう思っていたが、今でもそうである保証はどこにもない。


もしかしたら月城くんはすでに短期間でコロコロ意見を変える私に愛想を尽かしてしまっているかもしれない。


もう月城くんにとって私との同盟関係はそれほど魅力的ではないかもしれない。


月城くんは私のことなんてどうでもいいのかもしれない。


「あっ…姫路さん帰っていくぞ…」


「あーあ、目の保養が…」


「結局何だったんだ?」


「さあ…何しにきたんだろうな」


「休み時間もずっときてたよな」


「誰かに話しかけたい雰囲気はあるんだよな。問題はそれが誰かだが…」


「ずっとあそこら辺見てるよな。あの辺にいる男子といえば…」


「ま、まさか月城?」


「いや、ないない。月城はないわ」


「あいつ性格終わってるしな。姫路に付き纏って死ぬほど嫌われてる風だったし」


「でもあいつ最近はおとなしいよな」


「確かに…なんかあんまり嫌味とか言わなくなったよな」


「姫路渚に付き纏っているところも全然見なくなったし…姫路渚が教室に来たらあいつが真っ先に話しかけそうなもんなのに」


「まさか…姫路渚と付き合って性格が変わった…?」


「いやいや、ありえねーだろ。流石にそれはない」


「ああ。それだけはないな。多少性格がマシになったのは認めるが、それだけは本当にない」


「まぁ、だよな」


「でも、それだと誰を見てたんだ?」


「さあな」


結局私は月城くんに話しかけることができないまま、肩を落として教室へと引き返していく羽目になった。


自分で自分が嫌になる。


私はこんなに意気地のない人間だっただろうか。


今までの私はこうじゃなかった。


とにかく優れた魔術師になるために直向きに努力する毎日。


自分のしてきたことの正しさに常に自信を持っていて、誰も恐れることはなかっ

た。


どんな地位の人間にでも、どんなに強い魔術師にでも、恐れることなく自分の意見をぶつけることができていた。


なのに今は…ただ一言、目の前の男の子に話しかけることに躊躇している。


月城くんのことになった途端に、私はすっかり自信をなくし、引っ込み思案になり、自分のしたいことを押し通せなくなってしまう。


「ごめんなさい、柊。あなたがあんなに背中を押してくれたのに…私は期待に応えられなかった。あなたの主人失格よね」


私は、私のために色々と気を回して行動してくれて、背中を押してくれた柊の期待に応えることができずに、柊への謝罪を一人ごちるのだった。






「はぁ…柊に合わせる顔がないわ」


そして、放課後。


私はまたしても夜の街を歩いていた。


結局私は、一日を通して一度も月城くんに話しかけることができなかった。


あれだけ柊に背中を押されて、偉そうなことを宣言したくせに、それを実行に移す勇気がなかったのだ。


昼休みは花村萌と月城円香に囲まれた楽しそうな月城くんに話しかけることができず。


放課後にも月城くんに話しかけようと挑戦してみたのだが、ホームルームが終わるや否や、花村さんが月城くんの元へ走っていき、二人は一緒に部活へと向かってしまった。


私は花村さんと楽しげに談笑しながら並んで歩く月城くんに話しかけることができずに、その背中を見送ることしかできなかった。


そして現在。


私は柊に合わせる顔がなくて、昨日同様夜の街を彷徨いていた。


屋敷に帰るのが憂鬱だ。


柊に何といえばいいだろう。


勇気が出なくて月城くんに話しかけられなかった?


ああ、あまりにもご主人として情けなさすぎる。


柊の呆れた顔が目に浮かぶよう。


私は情けない報告を柊にするのが嫌で、現実逃避をするかのように夜の街を彷徨いていた。


「ねぇねぇ、お姉さん。今夜俺らと遊ばない?」


「高校生?ねぇこっち向いてよ」


「俺らこの街の楽しみ方知ってるからさ。色々教えてあげるよ」


不意に背後から不快な声が聞こえてきた。


どこか聞き覚えのある、耳障りな声だ。


私は振り向く。


どこかでみたような顔が三つ、並んでいた。


「あ、あんたは…!」


「もしかして昨日の…!」


「ひぃ!?」


私に声をかけてきた三人組の柄の悪そうな男たちは私の顔をみるなり、青ざめた表情になる。


三人は昨日私にちょっかいをかけてきた男たちだった。


「何か?」


私が一歩男たちへ近づくと、男たちは一歩下がる。


「「「す、すみませんでした〜!!!」」」


結局男たちは、私が何かする前に走って逃げていってしまった。


一体何事かと周囲の人々の視線が私に集まる。


「はぁ…」


私はため息を吐いて歩みを再開させた。


そろそろ帰らなくてはならない。


帰宅時間が遅れると柊に要らぬ心配をさせてしまう。


そうわかっているのに、なぜか足は一向に屋敷の方へと向いてくれなかった。


「え…」


一体どれぐらい街を彷徨い歩いた頃だろうか。


気がつけば周囲に全く人の気配がなくなっていた。


別に裏路地に入ったとか、寂れた場所へ出たとかそういうことではない。


周囲にはネオンサインの看板や営業中の文字の電光掲示板がずらりと並んでいる。


にもかかわらず人の姿が全く見えない。


静寂が辺りを包み込み、異様な空気が漂っていた。


「どういうこと…?」


私が疑問に首を傾げていると、前方から二つの影がこちらに歩いてきた。


「よお、姫路渚。待ってたぜ」


「おっほぉ。あれが姫路渚ちゃんですかぁ。私好みの可愛い子ですねぇ」


「火炎使い…」


私は一気に気を引き締める。


前方から歩いてきたのは、あの日の夜解体屋と組んで私を殺そうとした魔術師、火炎使いだった。


その隣には太った低身長の中年男がいる。


この男からも魔力の気配がするので魔術師なのだろう。


私はどうやらまた敵魔術師のフィールドに誘い出されたことに気がついた。


周囲に人がいなかったのは…言わずもがな、人払いの魔術のせいだろう。


「一体何のよう、火炎使い」


「この間の借りを返しにきたのさ。邪魔が入って殺しそびれたからな。今度こそお前を殺すぜ、姫路渚」


火炎使いがそんなことを言いながら距離を詰めてくる。


私は体の中で魔力を起こし、臨戦態勢になる。


「二度もあなたに負けるつもりはないわ。返り討ちにしてやるわよ」


「おお、怖いねぇ。確かにお前は強いよ、姫路渚。俺一人ではお前に勝てないかもしれない。だが…今回はこいつがいる」


火炎使いが自身の隣にいる太った男を親指で刺した。


太った男が前に出てきて胸に手を当て、下卑た笑みと共に私に挨拶をしてくる。


「むほっほ。お初にお目にかかりますぞ、姫路渚ちゃん。私は好色魔と呼ばれている魔術師。あなたを倒し…我が物とするためにそちらの火焔使いと手を組ませてもらうことになりました」


「好色魔…」


聞いたことのあるコードネームに私は顔を顰める。


確か魔術によって一般人の女性を凌辱し、殺すことを趣味としているクズの魔術師だ。


魔術師としての実力が秀でているという話は聞かないが…姑息な手段で数々の魔術師との戦いに勝ってきたという情報も耳にしている。


油断はしないほうがいいだろう。


「解体屋の時は月城真琴が邪魔してお前を殺せなかったからな。新たにこいつと手を組ませてもらったわけだ。戦いの後にお前を好きにしていいという条件付きでな」


「むほほほほ。こうして姫路渚ちゃんを目の前にして、私はあなたと手を組んだ判断が正しかったことを確信しましたぞ。約束通り戦いの後はあの体を好きにさせてもらいますよ?」


「構わないぜ。俺は女体に興味はないからな」


「素晴らしい。では姫路渚ちゃんの体は私が一人で存分に堪能させてもらうとしましょうか」


「それは無理よ」


私はいった。


「二人とも私が殺すから」


「おうおう、威勢がいいなぁ、姫路渚ぁ!」


「素晴らしいじゃないですか!この状況で折れぬ強い心の持ち主を心ゆくまで凌辱できる!!すぐ壊れる女はつまらないですからなぁ!!ますます気に入りましたぞ姫路渚ちゃん!」


「…っ」


二人が迫ってくる。


私は二人の魔術に備えようと、その出方を見る。


次の瞬間。


「おいおい、火炎使い。またお前人数有利で女をいじめてるのか?いい趣味しているな」


「「…!?」」


声が響いた。


私は咄嗟に振り向いた。


「月城くん!?」


目を大きく見開く。


月城くんが月明かりを受けてそこに立っていた。


その口元には不適な笑みが浮かんでいる。


「どうしてここに?」


「お前を助けにきた」


「わ、私を…?」


「ああ」


月城がこちらに歩いてきて私の横に並びながら言った。


「前にも言ったが俺はお前に死なれちゃ困るんだよ、姫路渚」


「…っ!?」


ドクンと鼓動が高鳴る。


以前言われたのと全く同じセリフをもう一度言われ、顔が熱くなる。


「やめて…そんなこと言わないで…」


「あん?」


「どうして…あなたはそこまで…私を必要としているの?」


「そんなの決まってるだろ」


月城くんが私の目をまっすぐに見ながら言った。


「お前が姫路渚だからだ」


「〜〜〜っ」


私は恥ずかしくて顔を伏せた。


もう心臓は壊れそうなぐらいにバクバクとなっている。


月城くんはそんな私から視線を火炎使いの方へと移していった。


「またあったな、火炎使い」


「つ、月城真琴…お前また…」


「また誰かと組んだのか、火炎使い。ちょっとは自分の力で戦ってみたらどうなんだ?」


「うるさいぞ…!また俺の邪魔をしやがって!!」


「解体屋の次は、好色魔か。これまた魔術師の風上にも置けない外道を連れてきたな」


「か、か、火炎使い?こ、この男は?」


「つ、月城真琴だ…月城家の…」


「あ、あの月城家…!?」


好色魔が途端に焦り出した。


余裕の笑みが剥がれ、焦ったように火炎使いと月城くんを交互に見ている。


「ど、ど、どうするので?」


「た、戦うしかないだろう!」


「し、しかし、話が違いますぞ!!私は二人で姫路渚ちゃんと戦うからという話で協力したのであって…!」


「テメェ逃げるのか!?もう戦うしかねえんだよこの変態デブが!!」


「…っ」

好色魔の表情に恐怖が浮かぶ。


月城くんは狼狽している二人を余裕の笑みで見つめながら言った。


「別に逃げてもいいんだぜ?」


「どういうことだ?手を引けば見逃すと?」


少し期待するようにそう聞く火炎使いに月城くんが言った。


「逃すわけねぇだろ。追い討ちして殺す。そのほうが手っ取り早い」


「くそ!!わかっただろ好色魔!!やるしかないんだ!!」


「し、死にたくないっ…こんなところで死にたくない…魔術王になって全ての女を奴隷にするまで私は死ぬわけにはいかないっ」


火炎使いと好色魔から殺気が放たれる。


だが私はもう少しの恐怖も感じていなかった。


とても心強い人がそばにいてくれるから。


「月城くん?どうするの?」


「姫路。お前は火炎使いを頼むぞ」


「わかったわ」


「俺は好色魔を殺す。お前ならあいつにリベンジできるはずだ。助けが必要になったら言え」


「みくびらないで」


私は確信を持っていった。


「一人で倒せるわ」


「そうか」


月城くんがニヤリと笑った。






どちらからともなく戦いが始まった。


「し、死ねぇええ、姫路渚ァアアアア!!!」


火炎使いが吠えて、私に向かって魔術を撃ってくる。


高威力の炎を纏った弾丸が、私を貫かんと連続で迫り来る。


だが、その全てを私は魔術障壁で防ぐ。


「くっ」


「無駄よ。この間のようにはいかないわ」


火炎使いの魔術は確かに威力は高いが、防げないほどではない。


他の魔術師に囚われることなく、火炎使いのみに集中できるのならば私の相手ではない。


私はがむしゃらに魔術を使用する火炎使いの攻撃を防ぎながら確実に距離を詰めていった。


そして私の魔術が届く位置まで容易に距離を積めることに成功すると、二重に魔術を展開する。


「白の魔術第三階梯…聖剣」


光が私の手に集約し、剣の形をとる。


私は右手に握った聖剣と共に、一気に火炎使いとの距離を無くした。


「うおおおおおおおお」


火炎使いが魔術を使い果たす勢いで火の弾丸を放ってくるがそれら全ては聖剣と共に同時展開されている魔術の障壁によって阻まれた。


「死になさい」


「が…」


私の聖剣が火炎使いの体の中心に突き刺さる。


魔核に到達したという確かな手応え。


「がふ…」


火炎使いが口から血を吐いた。


恨みのこもった血走った目でしばらく私を見つめていたが、やがて力つき、ドサっと仰向けになって倒れた。


「ふぅ」


私は息を一つはき、それから向こうの戦いへと目を移す。


「ひぃいいいいい!?お許しをぉおおお」


向こうも決着がつきかけていた。


地面を這いずるようにして逃げているのは好色魔。


とにかく生き延びようとみっともない姿を晒しながら月城くんに背を向けて、地面を這いながら距離を取ろうとしている。


「おい、逃げるな。殺しづらいだろうが」


逃げる好色魔を月城くんが足で地面に押さえつける。


「お、お助け!!殺さないで!!」


「断る」


「ひ、ひどい!?どうしてそんな非情なことができるんだァアアア」


「じゃあ聞くが、お前はそうやって命乞いしてきた女たちを殺さずに見逃していたのか?」


「あ」


「そういうことだ。ま、死ねよ」


一発の銃声が響いた。


月城くんの放った魔力の弾丸が、好色魔の魔核を貫いた。


「あびっ…あぶぼぼぼぼ」


好色魔は口から血を吐き、妙な断末魔と共に地面に倒れた。


その肥太った巨体は、しばらくビクビクと痙攣していたが、やがて動かなくなる。


「やれやれ…張り合いのない…」


月城くんが無様に死んだ好色魔の死体をため息と共に見下ろしてから、こちらへと歩いてきた。


「そっちも終わったようだな」


「ええ」


月城くんが火炎使いの死体を見て、そんなことをいう。


「怪我はないか?」


「ええ、問題ないわ。月城くんは?」


「俺があんな雑魚との戦いで怪我を負うわけないだろう。当然無傷だ」


「そうでしょうね」


「姫路?」


月城くんが至近距離から私を見つめてくる。


私はそんな月城くんに徐に顔を近づけ、花村さんがしたようにその唇を無理やり塞いだ。


「むっ!?むぅぅうう!?」


月城くんが驚き、身を引こうとする。


だが私は逃さない。


月城くんの体をちゃんと押さえてその唇に自分の唇を密着し続けた。


やがて月城くんがおとなしくなる。


私はようやく月城くんから離れた。


「ぷはぁ」


月城くんが苦しそうに喘ぐ。


私はまだ月城くんの唇の感触が残った自分の口元にそっと手を当てる。


「ひ、姫路…!?お前は一体何を…!?」


月城くんは顔を真っ赤にして動揺していた。


私は不思議と落ち着いた気分でいった。


「助けに来てくれてありがとう月城くん」


「お、おう…?」


「これが私の気持ち」


「…っ!?」


「今はそれだけ。あなたが何もいう必要はないわ」


「な、何を…一体どういう意味で…な、何が何だか…」


真っ赤になって動揺する月城くんは、なんだか少し前の私を見ているようでちょ

っとおかしかった。


「いいから、ここを離れましょう。早くしないと…人払いの魔術はそう長くは持たないわ」


「い、いいからって…お前なぁ…」


「ほら早く」


呆気にとられている月城くんの手をとって私はその場から離れたのだった。






月城くんと別れた私は、なんだかスッキリした気分で帰宅の途についた。


理由はわからないのだが、心に蟠っていたものが全て晴れたような気分だった。


月城くんに想いを伝えられたからだろうか。


自分が信じられないほどに大胆な行動をとってしまったことは自覚している。


だが不思議と後悔はしていなかった。


月城くんが私を助けに来たあの時…もう一度彼の口から私のことが必要だという言葉を聞いた時、私はこの上なく嬉しかった。


そして戦いが終わった後、私は月城くんにキスをした。


異性と唇を重ねたのは初めてのことだったけれど、戸惑いはなかった。


月城くんも最初は驚いていたけど、私を受け入れてくれていたように思う。


彼が私のことをどう思っているのかはわからない。


でもそんなことどうでもいい。


自分の本当の気持ち、そして進むべき道が見えた気がして私はとても清々しい気分だった。


「ただいま、柊」


「お、お帰りなさいお嬢様…!」


帰宅すると柊が私の元に駆け寄ってきた。


「こ、こんな時間までどこへ?」


「心配かけて悪かったわね。少し…戦ってきたの」


「ええっ!?」


驚く柊に私は何があったのかを淡々と話した。


夜の街を彷徨いていたら火炎使いと好色魔に襲われたこと。


月城くんが助けに来てくれたこと。


二人で火炎使いと好色魔を倒したこと。


そしてその後のことまで。


私は全てを柊に包み隠さず告白した。


柊は私の顔を聞いて最初は心配そうな表情だったが、最後には顔を真っ赤にして甲高い声を上げた。


「き、キス!?本当にしたんですかお嬢様!?」


「ええ、したわ」


「ど、どうしてそんなに平然としているのですか!?」


「逆に何をそんなに驚いているのかしら」


「驚きますよそりゃあ!?どうしていきなりそのような大胆なことを!?」


「月城くんが好きだから」


少し前までは口にするのも恥ずかしいセリフだったのに、つっかえることもなくスラスラと言えた。


柊が信じられないと言った目で私のことを見てくる。


「な、何があったのですか、お嬢様…お嬢様がそこまで正直に月城様のことを…す、好きだなんて」


「事実だから」


「…っ!?」


「話すことはこれぐらいかしらね。今日は同盟関係のことは言いそびれてしまったけれど…今日の月城くんの言葉を聞いて焦る必要はないと感じたわ。月城くんも私のことを必要としてくれているのはどうやら事実のようだし」


「そ、そうですか…」


「それじゃあ」


いうべきことは全て言った私は、柊の横を通り過ぎて自室へと向かう。


「お、お嬢様が肉食系になっちゃった…」


柊のそんな呟きが背後から聞こえてきたのだった。



〜あとがき〜


近況ノートにて3話先行で公開中です。


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