第52話


「ねぇ、先輩」


「月城センパーイ」


その日の道場からの帰り際。


後輩女子部員の数名が、俺のもとにやってきてニヤニヤしながら聞いてきた。


「なんだ」


俺がぎろりと睨みを効かせるが、後輩女子部員たちは全然怖がる様子を見せない。


原作では、こうして月城が睨みを効かせると、みんな怖がって離れて行ったものだが、現状では全く効力を失ってしまっているみたいだ。


俺がどんなに表面上粗暴な態度をとって見せても、実際には乱暴したりと言った実害を加えてこないことが、もうすでに剣道の部員たちに見透かされてしまっているようである。


「ちょっと聞きたいことがあるんですけどー」


「うんうん。わたしたち気になってることがあって〜」


「だからなんだ。さっさといえ」


「えっとですねぇ」


「ズバリ言うと〜」


「月城先輩と花村先輩って付き合ってるんですかぁ?」


「…っ!?」


いきなりそんなことを言われて俺は動揺してしまう。


チラリと道場の奥に目をやる。


花村は道具の片付けをしていてこちらには気づいていないようだった。


「ど、ど、どうしてそう思う?」


平静を装ったつもりだったが、声は動揺で震えていた。


後輩女子部員たちの口元には揶揄うような笑みが浮かんでいる。


「だってぇ、なんか最近先輩たちすっごく仲が良さそうだしぃ」


「以前とは雰囲気が違うと言うかぁ」


「部活中、花村先輩、ずっと月城先輩のこと見てるじゃないですかぁ」


「月城先輩の方も花村先輩のことを気にしているみたいだし〜」


「…っ」


確かに彼女たちに言う通り、花村がここ最近部活中ずっとこちらを見ているのには俺も気づいていた。


…俺はたとえば原作の日比谷倫太郎のように鈍感ではない。


異性からの視線には敏感になるし、ドキドキしたりもする。


花村に見られていると言うことを自覚した途端に、なんだか余計にこちらも花村のことを意識してしまい、今日の部活中は花村のことが気になって一息つくたびに視線を送ってしまった。


それが目敏い後輩女子部員たちに見つかってしまい、いろいろと勘ぐられる原因になっていたらしい。


「実際のところどうなんですかぁ〜?」


「二人って付き合ってますよね?どこまで行ったんですか?」


「教えてくださいよ〜」


こう言うことに目がないらしい女子たちは何やら期待するような目で俺のことを見てくる。


俺は少し離れたところにある花村に聞こえないように、声を顰めていった。


「お前らの期待するようなことは何もない。妙な勘ぐりをするな」


「えー、嘘だぁ」


「絶対嘘」


「バレバレですよ」


「うるさい。勝手に俺と花村を付き合ってることにするんじゃない。俺と花村はなんともないんだからな」


「そうかなぁ」


「そんなことないと思いますけど」


「花村先輩の月城先輩を見る目とか、絶対に何かあるって感じでしたけど」


何度否定しても後輩女子部員たちは信用しようとしない。


何か少しでも俺と花村の関係についての情報を引き出そうと、いろいろ質問してきてなかなか解放してくれない。


「おい、しつこいぞ。明日の走り込みの練習を増やしてやろうか」


たまりかねた俺は、練習メニューを決められる二年の特権を使ってそんな脅しをかけた。


すると後輩女子部員はようやく引き下がり、それでもニヤニヤしながら俺に手を振って道場を出ていった。


「花村先輩とお幸せに〜」


「私たちは応援していますよ〜」


「二人はお似合いだと思います〜」


「うるせえ!!さっさと帰れ!!」


きゃーこわい!などとわざとらしく言いながら後輩女子部員たちが帰って行った。


俺は彼女たちの背中をため息を吐きながら見送る。


「なんの話をしていたんだ?」


「…っ!?」


後ろから声をかけられて驚いて振り返った。


花村が怪訝そうな表情と共にそこに立っていた。


「いや、なんでもない…明日の練習メニューについてだ」


俺は咄嗟に嘘をつく。


「そ、そうか?」


花村は首を傾げながもそれ以上追求してこなかった。


「そ、それじゃあ、俺は帰るから…」


「あ、待ってくれ、月城。私も一緒に…さ、さっきのことについて…いろいろと話したいから」


「さ、さっきのこと…」


「部活が始まる前のこと…お前の気持ち…まだ確認してなかったから…」


「…っ」


「ここだと誰が聞いているかわからないから…帰りに二人っきりで…教えてほし

い…」


「…っ」


「一緒に帰ろう?月城」


花村が濡れた目で俺を見てくる。


どくどくと心臓がうるさくなる。


俺はごくりと唾を飲み、何か言おうとしたが、結局言葉が出ず、気まずい空気に耐

えかねて…


「すまん、花村」


「えっ、あ…ちょっとま」


「…っ!」


俺は全速力でその場から逃げた。






「はぁ、はぁ…ここまでこれば大丈夫だろう…」


全力で走った俺は、校門をくぐったところで一息ついた。


背後を振り返る。


花村は追ってきてはいないようだった。


ほっと一息ついて、歩き出そうとする。


「月城様。月城様ですね」


「…?」


そのタイミングで後ろから声をかけられた。


メイド服に身を包んだ少女が静々とした声で俺の名前を呼びながら近づいてくる。


俺はその少女に見覚えがあった。


柊香純。


姫路家に仕えるメイド。


歳は俺は姫路と変わらないはずで、姫路家にて姫路渚の身の回りの世話や、家事などをしている。


一体どうして柊香純がこんなところにいるのだろう。


「誰だあんたは」


近づいてくる柊に俺はぶっきらぼうにそう尋ねた。


もちろん、姫路から聞いたわけでもないのに俺が柊の名前や素性を知っているはずがないからだ。


柊は俺の目のお前までやってくると、ドレスの裾を摘み、丁寧な所作でお辞儀をした。


「お初にお目にかかります、月城様。私は柊香純。姫路渚お嬢様に仕えるメイドです」


「ほう、そうか」


「今日は月城様にちょっとした御用があってこうして部活動の終わりを待たせてもらいました」


「姫路の使いが一体俺になんのようだ?」


「本題に入る前にまず一言お礼を言わせてください。お嬢様の命を助けてくださり、ありがとうございます」


「はぁ」


唐突にお礼を言われ、俺は面食らってしまう。


柊は、主人でもない俺に対し深々と頭を下げながら続ける。


「お嬢様に仕えるものとして、お会いした際には一言お礼を申しあげなければと思っておりました。魔術大戦に参加する魔術師であるにも関わらず、お嬢様の命を助けていただいたことに、多大なる感謝の念を抱いております」


「仰々しいな。そこまで感謝されるようなことをした覚えはない」


「いえ、あなたはしました」


「勘違いするな。俺は自分のためにお前の主人を助けたのだ。親切心や同情心からではない。俺は俺のために…姫路渚を利用するために助けたのだ」


「どのような理由であれど、助けていただいたことには変わりません。私はあなたにとても感謝しています、月城様」


「そうか…ふん、まぁ勝手に恩に感じているといい」


「はい。そうさせていただきます」


「それで、さっさと本題に入ってもらおうか。一体俺になんのようだ?」


「た、単刀直入に申し上げますと…」


柊は少しいいにくそうな態度を見せたが、意を決したように俺を見て、こういった。


「月城様と花村様の関係について尋ねたくて、今日はお声をかけさせてもらいました」


「は…?」


突然花村の名前が出て俺は戸惑う。


「俺と花村の関係?」


「はい…その実はですね…二日前に私がお嬢様の命でたった一人で…一人だけで…単独でショッピングモールに買い出しに出かけていた時にですね…」


「はぁ」


妙に一人で言ったことを強調するんだな。


「たまたま月城様と花村様がご一緒にいらっしゃるところを見てしまったのです」


「…っ」


「私はお嬢様から月城様と同盟を組みたい意向を伝え聞いていましたので、ついつい気になってしまって…それで帰宅したのちにお嬢様にあなたと一緒に歩いていた女性の外見的特徴を報告したところ、花村様に違いないと言うことで…それで二人の関係をお聞きするために今日はこうしてあなたを待たせていただいていたと言う次第なのです」


「いや、あ、あれは…」


見られていたのか。


俺は顔に熱が籠るのを感じた。


なんだろう。


別に悪いことをしているわけではないのに、花村と二人きりのところを俺のことを知っている誰かに見られていたと言うのが、妙に恥ずかしい。


「た、ただの買い物だ…映画のチケットが余っているからと向こうから誘ってきたのでな。気晴らしに付き合ったまでだ」


まさか人形使いとの戦い、そしてその後の「あれ」まで見られていたと言うことはないだろうかと俺はドキドキしながらそう言った。


「ただの買い物…本当にそうなのでしょうか?」


柊がずいっと顔を寄せてくる。


「ほ、本当だ。ただの買い物に過ぎない。それ以上でもそれ以下でもない」


「お二人はその…非常に申し上げにくいのですが…お付き合いをされていたりなどは…」


「お、俺と花村がか!?そ、そんなわけないだろうが!!」


慌てて否定する。


すると、どう言うわけか、柊の表情に光が灯った気がした。


「そ、それは本当ですか!?」


「…!?」


食い気味の柊に、俺は驚く。


柊は、さらに顔を寄せてきて至近距離から俺のことを見上げながら、ものすごい勢いで聞いてくる。


「月城様と花村様の間に男女交際の関係はないのですね!?ただの部活動仲間の関係に過ぎないのですね!?二日前のことは、デートとかではなく、ただのちょっとした買い物なのですね!?」


「そ、そうだと言っているだろう…!」


俺がそういうと、柊はほっとしたように胸を撫で下ろした。


「そ、そうでしたか…それを聞いてとても安心しました」


「は、はぁ」


意味がわからない。


というか。


「どうしてお前がそんなことを気にする?」


「え、いや、そ、それは…」


途端に動揺する柊。


目を泳がせて明らかに動揺している様子を見せながら、とってつけたように言った。


「お、お嬢様のことが心配だからです…あなたと同盟を組むと言う話でしたから…め、メイドとして少し身辺調査をさせていただいたというか…」


「は、はぁ」


「こ、こうしてあってみて、月城様が悪い人ではないことがよくわかりました!お、お嬢様を救っていただいたお礼も言えましたし…で、では私はこれで…」


「いやちょっと待て。そもそも俺は今はお前の主人と同盟関係を結んでいるわけではないぞ?」


「え…」


硬直する柊。


俺はそんな彼女に、今朝姫路渚自身から同盟関係の解消を求めてきたことを伝えた。


「そう言うわけで俺とあいつは現在同盟関係ではない。あいつ法から解消を求めてきたからだ」


「そ、それは本当ですか…?」


柊はまだ聞かされていなかったのか、相当驚いているようだった。


「ああ。そうだ。全く…あいつの方から同盟を持ちかけておいて一週間とたたずにやっぱりやめようと言ってきた。こっちは良い迷惑だ」


「そんな…お嬢様…どうして…」


「何やら言えない事情があったような感じだったがな。諦められなくなるだのなんだの、意味不明なことを言っていた。何かお前の方で聞いてはいないか?」


「…っ…お嬢様っ…」


何か胸の痛みでも感じたかのように柊が胸を抑える。


「おい、なんでこうなったのか、お前は理由を知らないのか?」


「知りませんよこの鈍感男」


「え」


柊が突然、冷たい声で言った。


俺はいきなり吐かれた理不尽で謂れのない妄言に固まってしまう。


「月城様。一つお尋ねしたいのですが」


「な、なんでしょうか」


ものすごい威圧だ。


思わず敬語になってしまった。


「まだあなたの方にはお嬢様との同盟関係を続ける意思がおありでしょうか」


「え…」


「もしお嬢様が再度あなたに同盟関係を持ち掛ければ…あなたはそれをお受けする意思があるのでしょうか」


「そ、それは…もちろんあるが」


俺は頷いた。


今でも俺の姫路との同盟関係を結びたいと言う意思は変わっていない。


実際本人にもそう伝えている。


「そうですか…」


柊の表情が少しだけ和らいだ気がした。


「どうかそのお言葉をお忘れなく。それでは」


「あ、ちょっと待てよ、おい…」


結局なんのために俺に会いにきたのかいまいちはっきりとしない柊は、俺の制止を聞くことなくそのまま歩いて行って姿を消したのだった。



〜あとがき〜


近況ノートにて3話先行で公開中です。


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