第49話


「うわ、なんだあの人…すげー可愛い…」


「モデルさんか何かなのかな?」


「芸能人?」


昼間のショッピングモールにちょっとした人だかりができています。


お嬢様が月城様と同盟関係を結んだ翌日。


私はお嬢様と共にこの町で一番大きなショッピングモールを訪れていました。


休日というだけあって、モール内はお客さんでいっぱいです。


私たちの近くを通る男性客は、私の隣にいる私服姿のお嬢様に見惚れ、足を止めて写真などを撮っています。


「ね、ねぇ…柊。わざわざ下見になんて来る必要があったのかしら…」


たくさんの異性に囲まれ、まるで芸能人のように写真を撮られて若干照れているお嬢様が、私にそんなことを言ってきます。


「もちろんです。必ず月城様とのデー…じゃなくて作戦会議を成功させるために、あらかじめ下見をしておくことはとても重要です」


私は疑ってくるお嬢様に、そう言い聞かせます。


そう。


今日私がこのショッピングモールをお嬢様と共に訪れた目的はただ一つ。


それすなわち、お嬢様と月城真琴様の作戦会議という名のデートの下見をしにきたのです。


私の提案でお嬢様は月城様と作戦会議とかこつけて二人きりで出掛けて一緒の時間を過ごすことになりました。


ですが、今まで異性どころか同性の友人とすらほとんど遊び歩いたことのない魔術バカなお嬢様のことです。


きっと月城様といきなりのデートとなったら、何をしていいか分からず、気まずい時間を過ごしてしまうことでしょう。


そうならないように、私は今日、お嬢様と共に月城真琴様とのデートの予行演習をしておこうとそう思った次第なのです。


「ねぇ柊。人が多いところとは言ったけれど、わざわざこんな大勢の人間がいる場所で作戦会議をするのもどうかと思うのだけれど。もう少し静かでいい場所があるんじゃないかしら」


「何言ってるんですかお嬢様。このショッピングモールならデー……じゃなくて作戦会議に最適じゃないですか」


「そうかしら…わ、私には遊び場のようにしか見えないんだけど…」


だからですよ、と私は内心でほくそ笑む。


今日訪れているこの場所は、この街で一番大きなショッピングモールであり、学生たちの遊び場といったらまず一番最初に名前が上がる場所だ。


モールの中には、映画館やゲームセンター、バッティングセンターに、本屋、カラオケ、CDショップ、衣料品店、雑貨屋などとにかく遊べる場所がたくさんある。


作戦会議と銘打って月城様を連れ出し、二人きりのデートとしけ込むには最適の場所なのだ。


「さて、お嬢様。今から当日に月城様とどこをどうまわるのか、予行演習をしておきましょうか」


「待ちなさい、柊。ただカフェかどこかで作戦会議をするだけではないの?」


「何をいっているのですかお嬢様」


私はため息をついて大袈裟にお嬢様に呆れて見せます。


「せっかく月城様を連れ出すのですよ?カフェでただ作戦会議をしてはい解散なんて味気ないです」


「あ、味気なくていいじゃない…それが目的なのだから」


「ダメですよ。作戦会議をする前に、モール内の施設をいろいろ回ってもっと楽しまなきゃいけません」


「待って。どうして私がそんなことをする必要があるのよ。意味がわからないわ」


「そりゃあもちろん、お嬢様と月城様の親睦を深めるためです」


「し、親睦を深める!?な、なんのためにそんなことをする必要があるのかしら!?」


「あるに決まっているでしょうお嬢様。お嬢様と月城様はこれから同盟関係を結ぶのですよ。同盟とは共闘関係であり、もっと簡単に言えば仲間です。もしかしたらこの先、二人で協力して魔術師と戦うことだってあるかもしれない。そんな時に、仲が深まっておらず、連携が取れずに戦闘に支障が出たらどうするんですか?」


「そ、それは…」


「私はお嬢様のためを思っていっているんです。私はお嬢様に魔術大戦を勝ち抜き、生き抜いてほしい。そのためには、月城様とより親睦を深め、心を通わせることが必要になってきます。だから、お嬢様はここで月城様と二人きりでデー……じゃなくて遊んだり買い物をしたりしなければならないんです」


「そ、そうなのかしら…?」


「ええ、そうです」


「…な、なんか私、知らずのうちにあなたの都合のいいように誘導されているよ

うな気がするのだけれど」


「そんなことないです。さ、行きますよお嬢様」


「あ、ちょっと待ちなさいっ」


私はお嬢様の手をとって歩き出します。


「今日は私を月城様に見立ててください。私のことを月城様だと思って本番のつもりでデー……じゃなくてお買い物を楽しむのです。さあ」


「そ、そんなこと言われても」


「おい、姫路。何恥ずかしがってんだ。ほら行くぞ」


「何それ。月城くんの真似のつもりなの?全然似てないわね」


「うるさいですねこのお嬢様は。わがまますぎます。とにかく黙ってついてきてください」


「わかったわよ…はぁ、これじゃあどっちが主人かわからないわね」


私はお嬢様を引っ張っていき、ショッピングモール内を歩きます。


お嬢様は渋々といった感じで私の横に並んで一緒に歩きます。


「さて、最初はどこにしましょう。映画館…ゲームセンターで協力プレイ…洋服選びも捨て難いですね…」


「もうあなたの好きにしなさい」


私はショッピングモール内を見渡してお嬢様のデートプランを考える。


どのようなプランの方がより、お嬢様と月城様の距離が縮まるのか…必死に考えていたその時だった。


「え…月城くん…?」


お嬢様が突然立ち止まり、固まってしまいました。


まさに茫然自失となっているお嬢様の視線の先を見た私も、お嬢様と同じようにその場に根を生やしたように立ち尽くしてしまいます。


「月城!次は服を見に行こう!!どんな服が私に似合うか選んでくれ!!」


「おい花村。はしゃぎすぎだぞ。少し落ち着け」


男女の楽しげな会話が聞こえてきます。


そこではお嬢様の初恋相手である月城真琴様が、白いワンピースに身を包んだ可愛らしい女性と、二人きりのデートを楽しんでいました。








「月城!次は服を見に行こう!!どんな服が私に似合うか選んでくれ!!」


「おい花村。はしゃぎすぎだぞ。少し落ち着け」


俺は子供のようにはしゃぎながら洋服店へ入って行こうとする花村に苦笑する。映画を見終わった後、俺たちは一緒に昼食を食べ、そのままモール内を遊び歩いていた。


当初は映画を見るだけだといっていた花村は、食事を食べた後も、俺の予定がないことを確認すると、もう少し一緒にモールを回りたいと言い出したのだ。


俺としても人形使いに出会うまで花村と一緒にいなくては、今日ここにきた意味も無くなってしまうため、花村に付き合い、モール内を散策していた。


ゲームセンターでガンシューティングゲームを協力プレイで楽しんだり、雑貨を見て回ったり、バッティングセンターで競争をしたり。


そんな感じで花村とショッピングモール内で遊んでいるうちに気がつけばかなり

の時間が経過していた。


俺は時計を確認する。


原作シナリオ通りなら、もう少しで人形使いとの戦いが始まる。


いったいどのような形で人形使いが仕掛けてくるかわからないため、俺は花村と歩きながら常に周囲に注意を払っていた。


「夏服がちょうどほしいと思っていたんだ。月城。私はお前に選んでほしい。頼めるか?」


「まぁそれぐらいならいいだろう」


「ありがとう。それじゃあ早速行くぞ!」


「…ああ」


花村がモール内マップを見ながら、洋服を選ぶための店を探す。


「ここにいきたい…6階にあるこの店だ。月城、ついてきてくれ」


「いいだろう」


花村はモールの六階に入っている若者に人気のブランド店を選んだようだ。


俺たちはエスカレーターを使い、階を上がっていく。


「どんな服がいいだろうか。月城。参考までにお前の好みを聞かせてもらえるか?」


「ふん。服など自分のセンスで選んだらいいだろう。俺の好みなど聞いてどうする?」


「き、気になるんだよ、お前の好みが」


「どうしてだ?」


「い、言えるか馬鹿者!」


「バカとはなんだ」


「こ、このニブチン」


「に、ニブチン…お前までまるで円香のようなことを…」


「ん?円香ちゃんがどうした…って、え…」


頬を赤らめて何やら俺を咎めるような目で見ていた花村が、突如として固まった。


エスカレーターはいつの間にか上り切り、俺たちはショッピングモールの六階に

到着していた。


そして……六階には誰一人として客がいなかった。


「ど、どういうことだ?なぜ誰もいない?」


花村が周りを見渡して呆然とそう言った。


確かに、それは誰がどう見ても異様な光景だった。


休日の人がごった返したショッピングモール。


それなのに6階だけ全くの無人という状況は、誰の目にも異質に映るだろう。


「まさか立入禁止区域にでもなっているのか?しかしそんな表示はどこにも…」


「…」


きたか、と俺はそう思った。


間違いない。


誰かが人払いの魔術を行使したのだ。


それ以外には考えられない。


来る。


人形使いが。


俺と花村を殺しにやってくる。


「ど、どうする?月城。下の階に戻るか?」


「いや、せっかくここまできたのだ。少し様子を見ていこう」


「わ、わかった」


俺は無人の六階に足を踏み入れ、奥へと歩いていく。


俺の背後を花村が恐る恐るといった感じてついてくる。


二人の足音が、静寂に包まれた6階によく響いた。


「来たか、月城真琴。待っていたぞ」


「…っ!?」


俺たちが六階に足を踏み入れてしばらく。


突如として背後から声がかけられた。


驚いた花村が背後を振り向く。


「だ、誰だお前は…!?」


「その女は誰だね?月城真琴。お前の仲間か?」


俺はゆっくりと振り返る。


そこには黒のスーツに身を包んだ長身の男が立っていた。


殺気のこもった鋭い目が俺たちを見据えている。


「人形使い。とうとう出たか」


「ほう。私の名前を知っているか」


もちろん知っているとも。


今日俺はお前を倒すためにここにきたのだから。


「つ、月城…?あいつは誰だ?お前の知り合いか?」


「違う。あいつは普通の人間ではない。花村。お前を攫ったあいつと同類だ」


「…っ!?」


花村の顔が恐怖に歪む。


俺は花村を庇うように背にして、人形使いと十メートルほどの距離をおいて向かい合った。


「花村。お前は下がっていろ」


「わ、わかった…」


花村は頷いて俺から距離を取る。


人形使いは、明確な殺気を放ちながら無造作に距離を詰めてくる。


「一応聞いておこう、人形使い。なぜ人払いを?どうして俺を待ち伏せしていた?」


「もちろんお前を殺すためだ。月城真琴」


「どうして俺を狙う?」


「特に理由はない。ただ、お前の殺した魍魎使い。あれは私の古い知り合いでね。あいつと私は魔術師として共鳴するところがかなりあった」


「魍魎を従えるために他人に心を犠牲にする魍魎使い…戦闘のために人間の死体を欲している人形使い…確かに似ているな。どちらも魔術師の風上にも置けない外道だ」


「クククク…お前や他の魔術師共にどう思われようと私は構わないよ。私が勝って魔術王になれば、他の魔術師たちは私に従うしかない。魔術大戦に勝って魔術王になれば、いくらでも人間の死体が手に入る。私の力は無限大に増幅される」


「そうはならない。お前のお友達の魍魎使い同様、お前はここで俺に倒されるからな」


「魍魎使いの仇というわけではないが、腕試しとしてお前をここで殺しておこう、月城真琴!!」


人形使いがニヤリと口元を歪め、魔術を起動した。


「さあ、私の人形たちよ!!その男を殺せ!!」


「なるほど。すでに人形を仕込んでいたのか」


人形使いの魔術が発動した瞬間、モール内のあちこちで動きがあった。


並べられた人間そっくりのマネキンたちが、まるで意思を持った本物の人間のように動き出し、人形使いの元に集結する。


どうやら人形使いは戦いが始まる前に仕込みを行っていたらしい。


「クククククク…これだけの死体を集めるのに苦労したぞ。全てはこの魔術大戦に勝つために作った私の戦闘人形たちだ!!さあ、人形たちよ!!その男を殺せ!!引き裂け!!八つ裂きにしろ!!」


「…!」


人形たちが向かってくる。


おそらく魔術で一人一人が強化されているのだろう。


速さと動きは、人間の身体能力を大幅に逸脱していた。


「闇の魔術第一階梯、強化」


俺は魔術により身体能力を強化して人形の動きに対応する。


人形達の常軌を逸した動きから繰り出される攻撃を避けながら、その体に拳を叩き込む。


だが人形たちは魔術によって強化された俺の蹴りや拳でどれだけ叩き伏せられても、起き上がり、向かってくる。


「ククク!無駄だ!!人形たちに痛覚がない。首がもげようが、腕が切断されようが、お前を殺すまでそいつらは止まらんよ」


「…」


人形使いの人形たちは、人間の死体に魔術の術式を刻むことで動いている。


元が死体なので痛みを感じたりしないし、常人なら致命傷になりうる傷を受けても、まだ動く。


人形たちを止めるには人形の体のどこかに刻まれた術式を破壊する以外に方法はない。


「はははははは!終わりだ月城真琴!!押しつぶされて死ね!!」


人形たちが一斉に俺に殺到する。


「闇の魔術第四階梯……魔嵐」


俺は闇の第四階梯の魔術を発動した。


「な、なんだ!?」


人形使いの驚きの声が聞こえてくる。


俺の体から発散される膨大な量の魔力が、嵐となってモール内に吹き荒れた。


魔力の嵐は、人形たちを蹂躙し、その体に刻まれた術式を吹き飛ばしてしまう。


「あ、ありえない…私の人形たちが…」


術式を失った人形たちが、ただの死体となって地面に転がる。


人形使いが、地面に転がったまま動かなくなった人形たちを見て呆然とする。


「闇の魔術第三階梯、魔剣」


俺は魔剣を手にし、人形使いに近づいていく。


その魔核を破壊するために。


「ひ、ひぃ!?」


人形使いの口から引き攣った悲鳴が漏れる。


人形たちを失った人形使いは無力だ。


敗北を悟ったその表情に絶望が浮かぶ。


「く、くるなぁ…!」


「…」


「こっちへくるなぁ!!」


「…」


俺は地面に転がった死体を踏み越え、怯えている人形使いに無言で距離を詰める。


「う、うおおおおおおお」


後ずさっていた人形使いが突如として踵を返し、雄叫びを上げて走り出した。


「きゃあっ!?」


「う、動くな!!動けばこいつを殺すぞ!!」


花村を人質にとった人形使いが、恐怖に歪んだ顔で喚く。


「う、動くな月城真琴!!動けばお前の女を殺すからな!!」


「つ、月城!!私のことはいいからお前は自分の身を守れ!!」


「うるさい黙れ!!月城!!動くな!!こっちへくるな!!!」


「…」


生き延びたくて必死に喚いている人形使いを俺は冷めた目で見つめ、徐に魔術を発動した。


「闇の魔術第四階梯…魔銃」


「やめろ。何をす」


一発の銃声が鳴り響いた。


人形使いの言葉が途切れる。


俺の手にしたライフルから放たれた魔力の弾丸が、花村の体を傷つけることなく通過してそのまま人形使いの魔核へと到達する。


「ごはっ」


人形使いが血を吐いて倒れた。


そのままビクビクと痙攣し、やがて地面に転がっている他の人形たちのように死体となる。


「月城!!」


花村が俺に駆け寄ってきた。


「怪我はないか、花村」


「私は大丈夫だ!それよりお前のほうこそなんともないのか?」


「俺は問題ない。この程度で傷を負うほど俺は弱くない」


「そ、そうか…」


花村がほっと胸を撫でおろした。


俺は人形使いの死体を見下ろした。


人形使いは恐怖に顔を歪めたまま死んでいた。


人間の死体を利用する外道魔術師の最後として妥当なところだろう。


人形使いの討伐という今日の目的を達成した俺は、内心安堵していた。


「助けてくれてありがとう、月城」


「ん?」


気がつけば、間近から潤んだ瞳で花村が俺のことを見ていた。


「またお前に救われてしまったな」


「…」


あれ。


ちょっと待てよ。


この展開には既視感が…


「これは私からのお礼だ…受け取ってくれ」


「待て、花村。何をす」


俺の唇が柔らかい感触で塞がれた。


花村が背伸びをした状態で、俺に抱きつき、接吻をしてきた。


首に回された手がぎゅっと俺の体を引き寄せる。


俺は花村の唇の柔らかさに蹂躙されながら、されるがままになってしまう。


「んっ…ぷはっ」


やがて花村が俺から離れた。


その両頬は赤く色づいており、トロンとした目が俺を見上げていた。


「は、花村…お前一体何を…」


「しちゃった」


「え…」


「キス、してしまったな。私たち」


「…っ」


ふにゃふにゃになった花村がそんなことを言った。


歯の間からのぞいた艶かしい舌が、ペロリと唇を舐めとる。


「す、すぐここを離れるぞ」


「…うん」


俺はようやく、それだけ搾り出した。


目がトロンとしたままの花村が、こくりと頷いた。


俺は心ここに在らずと言った状態の花村の手を引いて、急いでその場を離れたの

だった。



〜あとがき〜


近況ノートにて3話先行で公開中です。



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