第48話


「なんだかものすごく見られている気がするのだが…」


俺と並んで歩いている花村が周りを見ながらそんなことを言ってきた。


「私の格好はやっぱり変なんじゃないだろうか…」


「…」


俺からしたら可愛くて魅力的だから視線を集めているのが一目瞭然なのだが。


どうやら花村にはあまり自覚がないようである。


「まぁ俺の予想だが、別にお前の格好が変だから注目を集めているわけではない

のだろうな」


「じゃあ、どうしてだ?」


「それは…」


「それは…?」


「い、今のお前が魅力的だから、だろうな」


「…!?」


花村が驚いたように目を見開く。


その頬が瞬く間に真っ赤に染まり、照れくさそうに顔が伏せられてしまう。


「み、魅力的…?私がか…?」


「まぁ、そう言うことだろうな」


「そ、そうなのか…私が、魅力的…」


まるで初めて聞いた言葉の意味を確かめるように、花村は何度も魅力的、私が、と繰り返していた。


「お、お前にとってはどうなんだ…?」


「ん?俺だと?」


「ああ。その…周りの連中が私のことを、み、魅力的だと思って見ているのなら…お前にとっては、その、今の私はどう見えているのかと思って…」


「…っ」


めちゃくちゃ可愛いに決まってんだろ。


そんな本音をもちろん言えるはずもなく。


俺はギリギリ月城真琴が言いそうなセリフの範疇で花村を褒める。


「ま、まぁそうだな。俺もその辺の感覚は今お前のを見ている連中を大して変わらないだろうな」


「つ、つまりそれは…お前も私のことを…魅力的だと思ってくれていると言うことか?」


「か、簡単に言うとそう言うことだ」


「〜っ」


花村萌が両手で顔を押さえて恥ずかしがる。


相当照れ臭いのか、肩まで真っ赤になっている。


「お、おい…そこまで恥ずかしがるのなら聞かなければいいだろう」


「す、すまん…でもお前に面と向かって魅力的だなんて言われると…」


「おい、立ち止まるな。お前のせいでめちゃくちゃ見られてるだろうが。早く映画とやらを見に行くぞ」


「はい…」


「ほら、歩け」


俺は周囲の注目をメチャクチャに浴びていることを自覚しながら、花村を引っ張ってショッピングモールへと急ぐのだった。




「すごい人だな」


「休日だからな。まぁ予想できたことだ」


駅前の待ち合わせ場所から徒歩十分。


俺たちは映画館の入っているショッピングモールへとやってきていた。


休日というだけあって、モール内はたくさんのお客さんでごった返していた。


俺と花村はモール内の地図を確認し、映画館のある階へとエレベーターを使って移動する。


「ちなみに見る映画はどんなのだ?」


映画館に向かいながら、俺は花村に見る映画のタイトルを確認する。


「こういうものなんだが…」


花村が映画のチケットを見せてきた。


「な、なるほど…」


思いっきり恋愛映画だった。


原作では映画の内容まで描写されていなかったのでわんちゃんホラーとかアクションとかの可能性もあるかなと思ったが、全然そんなことなかった。


タイトルを見た瞬間にすぐにわかるほど、思いっきり甘々な恋愛映画だった。


「こ、こういうの…一人で見るのはなかなかハードルが高いだろう?だから、お、お前がいてくれれば心強いと思って…」


「い、いいだろう。受けて立とうではないか」


正直、あまり甘すぎる恋愛映画は苦手なのだが、ここまできたら仕方がない。


俺はポップコーンやジュースなどを買い、覚悟を決めて映画館の中へと入る。


「け、結構席埋まってるな…」


「…そうだな」


思いっきりカップルだらけだった。


いや、映画の内容的になんと無くそうだろうとは思っていたが、映画館の席は、男女のカップルばかりで埋め尽くされていた。


男一人では罷り間違っても踏み込めないような甘い空気がすでに映画館内を満たしている。


「私たちの席は…あそこみたいだな」


「そ、そうか…」


俺は花村と共にたくさんのカップルの前を横切って隣同士で席につく。


俺たちが映画館に入って10分ほどで照明が落ち、映画が始まった。


内容は病気で余命幾ばくもない少女に男子高校生が恋に落ちるというめちゃくちゃありがちなものだった。


どんどん進行していくヒロインの病気。


それに比例してますますヒロインへの思いを募らせていく主人公。


二人は様々な勘違いやすれ違い、そして障害を乗り越えて、ついに互いの愛を確かめ合う。


上映が始まって一時間も経つ頃には、あちこちで女性たちの啜り泣きが聞こえてきていた。


チラリと隣をみる。


「……グス」


いやお前もかい。


花村も思いっきり感情移入したのか、目に涙を浮かべていた。


男の俺はむしろ、ここまでよくなんの捻りもなしに定番通りに作れるものだと感心して見ていたのだが、やはり共感能力は女性の方が高いらしい。


周りのカップルを確認してみても、男の方は若干下手な展開に苦笑気味なのに対して、女性の方は皆目に涙を浮かべたり、病気の少女に同情するような顔を浮かべていた。


映画が終了した。


エンドロールが流れる。


花村は余韻に浸っているのか、席を動こうとしない。


「お、おい…大丈夫か、花村?」


「うぅ…よかった…死ぬ前に、二人がお互いの気持ちを確認できて…」


「お、おう…そうだな…」


「す、すまん…そろそろ出ようか」


よろよろと立ち上がる花村に肩を貸して、俺は映画館を出る。


「ど、どうだった、月城。面白かったか?」


ようやく映画の余韻から抜けきったらしい花村が、俺にそんなことを聞いてきた。


「まぁ、悪くなかったと言っておこう。少し出来過ぎな気もしたが」


俺は本音の感想を口にした。


確かに物語自体はど定番で、ご都合主義満載だったが、それでもやはり王道の物語というのは人の心に響く。


一人じゃまず見ないタイプの映画であったことは間違い無いのだが、意外に楽しめたというのが正直な感想だった。


「私はすっかり入り込んでしまったぞ…映画で泣いたのは久しぶりだ…」


「ふむ。お前がそこまで感情移入するタイプだったとはな。意外だったぞ」


「む。それは私が女の子っぽく無いと言いたいのか?」


「そ、そうは言ってないだろうが」


「私だって、恋愛映画を見て泣くことはあるのだ」


「わかっている。それより…この後はどうするつもりだ?」


「え、えっと…月城はこの後時間あるか…?」


「今日一日、特に予定はないぞ」


「ほ、本当か!?だったらこのまま解散というのも味気ないし、せめて昼食を食べていかないか?」


「いいだろう」


予想通り昼食に誘ってきた花村に俺は頷きを返す。


花村は嬉しげに微笑んで、フードコートへ向かって歩き出す。


やはり原作のシナリオと展開は大差ないな、と俺は思いながら花村の背中を追った。






「お嬢様…ちゃんと月城様と同盟関係を結べたでしょうか…」


姫路渚お嬢様に月城真琴様との同盟関係を進言させていただいた翌日、私は屋敷を掃除しながらお嬢様の帰りを待っていました。


今朝、お嬢様は私のアドバイス通りに月城真琴様に同盟関係を持ちかけると言って出て行きました。


月城様へ同盟関係を持ちかけるのは、魔術大戦をより有利に進めるための策だと、なぜか私に何度も念を押してきましたが、すみません、バレバレですお嬢様。


きっとあの様子だとお嬢様は、もし月城様との同盟関係が成立すれば、すぐにご自分のお気持ちに気づいてしまわれることでしょう。


自分の初恋に気づいてしまったお嬢様はきっと戸惑って、初めての異性へ抱く感情を持て余すことでしょうが、そこはメイドである私が全力でサポートするつもりです。


ですが…もし同盟を断られてしまったら、と私は心配にもなります。


姫路家と月城家の同盟関係は私から見れば双方にメリットのあるとてもいい協力関係のように思えます。


月城様がお嬢様を助けた経緯から、月城様がなんらかの理由でお嬢様を必要としているのは確実だと思われますし、お嬢様だって同盟関係を結べれば、意中の相手とよりそばにいられるし何より魔術大戦を有利に進められます。


私としても、もうお嬢様が他の複数の魔術師の罠にかけられて命の危機に陥るなんてことにはなってほしくないので、月城様には是非ともお嬢様との同盟関係を結んでほしいところ。


ですが月城様がお嬢様との同盟関係を断られる可能性も十分に考えられます。


その場合、お嬢様はきっとさぞや落ち込んで…


「励ましの言葉を考えておかなければなりませんね…」


私はお嬢様が月城様に同盟関係を断られて帰ってきた時に、なんといって励ますべきか、今から色々と頭を悩ませます。


月城様に同盟関係を断られたお嬢様はきっと好きな男性に告白を断られ、失恋してしまった乙女のように悲しがるに違いありませんから、そうなった時には子供の時以来ぶりに私がこの胸の中にお嬢様の顔を埋めてよしよしして差し上げ


「柊。今帰ったわ」


「ひゃっ!?お、お嬢様!?」


「柊?あなた何ニヤニヤしているの?」


「す、すみません!昨日見たバラエティ番組を思い出していました…」


「そう」


「そ、そんなことより、お嬢様。月城様との同盟関係は…」


私は思わず緩んでいた口元を慌てて引き締めて、お嬢様に月城様との同盟関係が結べたのかどうか尋ねました。


「え、ええとね、柊…」


「あ…」


お嬢様の顔を見ただけでわかりました。


どうやらお嬢様は月城様との同盟関係を結ぶことに成功したようです。


それぐらいお嬢様の表情は、かつてないほど嬉しそうなものになっていました。


一目見ただけで上機嫌そうなのが伝わってきます。


「おめでとうございますお嬢様」


「私まだ何も言ってないのだけれど」


「おっと」


いけません。


私としたことが、つい先走ってしまいました。


「はぁ…気づかれているようだからもう言ってしまうけれど…月城くんは私との同盟関係に同意してくれたわ」


「でしょうね」


「…なんか癪に触るわね、その返事」


「おめでとうございます、お嬢様。月城様と同盟関係を結べてよかったですね」


「まぁ、ありがとうと言っておくわ、柊。これはあなたの提案だったものね」


「私のアドバイスがお嬢様の役に立ててよかったです」


「ええ…私も今回はあなたに感謝しているわ」


お嬢様が照れくさそうに視線を逸らしながらそんなことを言います。


「とりあえずこれで…魔術大戦をしばらくは有利に進められそうだわ。月城くんは悔しいけれど、魔術の実力に関しては認めざるを得ないものがあるし…」


「ええ、ええ、そうでしょう」


「…何よ柊。何か言いたげね」


「いえ、魔術大戦のことよりも、お嬢様の例の問題についてはどうなのかなと思いまして」


「問題?」


「忘れたのですか?そもそもこの同盟関係は、お嬢様が月城様に抱いている不思議な感情の謎を解き明かすためのものですよね?」


「…っ!?そ、それはもちろんわかっているわ…つ、月城くんのそばにいれば…いずれその問題に関しても解決を見るでしょうね」


「それはよかったです」


私はニヤニヤしながらお嬢様を見ます。


お嬢様は私と目を合わせるのが恥ずかしいとでもいうように、明後日の方向を見ています。


「そ、それじゃあ報告はしたわ。私は少し部屋で休んで…」


「待ってくださいお嬢様」


「な、何よ」


逃げるように部屋に篭ろうとしたお嬢様を私は引き止めます。


「何同盟関係を結んだぐらいで満足しているんですか?」


「え…?」


「せっかく同盟関係を結べたのですから、ここで油断せず、さらに畳み掛けるので

す」


「た、畳み掛ける…?どういうこと…?」


「月城様をデー……じゃなくて作戦会議に誘いましょう」


「さ、作戦会議?どういうこと?」


「月城様と会議の場を設けて、これからの魔術大戦の進め方を話し合うのですよ」


「な、なるほど…確かにそれは必要なことかもしれないわね」


「そうでしょう?ちなみに会議の場所は雰囲気のあるカフェとか、レストランがいいかもしれませんね。もちろん二人きりで」


「ど、どうしてそんな場所で月城くんと二人きりで作戦会議をしなくちゃいけないのよ」


「それはもちろんこれが作戦会議にかこつけたデー……じゃなかった。ええとですね、ほら、あれです。作戦会議中に他の魔術師に襲われないためになるべく一目のあるところで話し合ったほうがいいとかそういう感じです」


「ず、随分適当ね」


「いいから私のいうとおりにしてください。明日から休日なのですから月城様を早速誘うのです。デー……じゃなくて作戦会議に」


「わ、わかったわよ」


私の勢いに押されてお嬢様は提案を受け入れます。


私はくるりとお嬢様に背を向けて、それからニヤリと笑いました。


お嬢様と月城様を作戦会議という名目でデートさせる計画はどうやらうまく行き

そうです。



〜あとがき〜


近況ノートにて3話先行で公開中です。




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