第47話


姫路渚と同盟関係を結んだ日の放課後、俺は剣道部の道場へ顔を出した。道場にいたのは花村萌のみで他の部員はまだきていないようだった。


「つ、月城…!ちょうどいいところに来た。お前に話があるんだが…」


俺の姿を認めた花村萌がそんなことを言いながら駆け寄ってくる。


心なしか頬が赤い。


花村は誰もいないことを確認するかのように周りを見渡してから、俺に向かって言ってきた。


「明日の土曜…私と一緒に映画を見にいかないか…?」


「映画、だと…?」


「ああ。その…実は映画のチケットが一枚余っていてだな…本来一緒に行くはずだった友達が急に行けなくなって…だから、誰か一緒に行くものを探していて、それで…」


「いや、悪いが俺は」


忙しい。


そう言おうとして俺はふと思い出す。


前にもこんな感じの展開を見たことがあるぞ、と。


何だっただろうかと少しの間考え、俺はある可能性に思い至る。


そうだ。


これは確か、日比谷倫太郎と花村萌の1回目のデートイベントだ。


日比谷倫太郎に魂喰いから助けられた花村萌は、日比谷倫太郎にますます好意を抱くようになり、思い切って日比谷倫太郎をデートに誘う。


その際に使った口実が、映画のチケットが一枚余っているから、というものだ。


もちろんそれは口実に過ぎず、そのチケットは、花村萌が最初っから日比谷倫太郎と二人きりで出かけるために購入したものだったということが後々に明らかになるのだが。


つまりこれはあれか。


この世界では俺が花村萌を助けたために、日比谷ではなく俺に花村とのデートイベントが発生してしまったとそういうことか。


「ダメだろうか…無理に誘うつもりはないのだが…」


花村が上目遣いに俺のことを見てくる。


正直にいうと、断りたかった。


なぜなら土日は今まで魔術の修行に費やしてきたからだ。


俺の目的はあくまで俺自身の破滅の未来回避と、円香の命を守ること。


最近はそこに、姫路渚を魔術王にするという目的も加わったが。


それらを実現するためには、魔術師としての実力が不可欠だ。


だから学校以外の時間は俺は基本的に魔術の修行に当てていた。


もちろん明日からの土日休みも、俺は魔術の実力向上のために魍魎退治に明け暮れるつもりでいた。


だが…簡単にこの花村萌とのデートイベントを断るわけにはいかない理由もあっ

た。


それはこのデートイベントが、ただのデートのみで終わるわけではないことを知っているからだ。


原作シナリオでは、休日にショッピングモールで映画デートをすることになった花村萌と日比谷倫太郎は、そのデートの終わりにとある魔術師と遭遇することになる。


人形使いと呼ばれているその魔術師は、日比谷倫太郎を倒すために白昼堂々と襲

いかかってくるのだ。


日比谷倫太郎は花村萌を守りながら人形使いと戦い、苦戦を強いられながらも勝つこととなる。


そして戦いが終わった後に、花村萌が自分を守りながら戦った日比谷倫太郎にご褒美として…


「つ、月城…?顔が赤いが…大丈夫か?熱でもあるのか?」


「…い、いや…なんでもない。道場が少し暑いだけだ。気にするな」


「そ、そうか…?」


俺はその時の二人のイベントスチルを思い出して顔を熱くしてしまう。


思わず花村萌の桜色の唇に目が吸い寄せられてしまい、俺は慌てて明後日の方を向いた。


「映画か…まぁ、気晴らしということでたまにはいいだろう」


「本当か!?」


花村萌の表情が輝く。


「ああ。特に予定もないし、特別に付き合ってやろう」


「ありがとう、月城。私は嬉しいぞ」


「ふん。今回が特別だからな。俺は忙しい。本当に今回が特別なんだぞ」


「わかっているさ。それじゃあ…明日の朝9時に駅前で待ち合わせでいいだろうか?」


「構わない。朝9時だな」


「ああ。よろしく頼むぞ!」


見るからに上機嫌な花村が部活の道具を準備しに、離れていく。


俺はそんな花村を見ながら明日、おそらく起こるであろう展開について思いを馳せていた。


「人形使い。まぁ倒しておくか」


これまでの経験から、この世界では、一度シナリオが破綻しかけても、誰か別の人間が配置されることによってシナリオに修正が加わり、軌道修正されることがある。


姫路渚の同盟関係などがまさにその典型で、本来なら日比谷が姫路渚と同盟関係を結ぶはずだった。


だが日比谷倫太郎の身勝手な行動により、姫路渚と日比谷の同盟関係が、姫路渚と月城真琴…つまり俺との同盟関係に置き換えられた。


であるなら、今回のこの花村とのデートイベントも、本来なら日比谷だったはずの役割が、俺に置き換えられただけの可能性が高い。


俺はおそらく花村とのデートの最中に、人形使いというコードネームを持つ魔術師に襲われることになるだろう。


そして原作の日比谷倫太郎のように花村萌を守りながら戦うことを強いられるだろう。


「ま、勝てるだろうな」


人形使いはその魔術の特性上、放っておけば放っておくほどに強くなっていく危険な魔術師だ。


だから姫路渚を魔術王にするつもりの俺としては、なるべく序盤に倒しておきたい敵ではある。


そして今の俺は、原作の日比谷倫太郎よりも圧倒的に魔術の実力という点におい

て秀でている。


俺が人形使いに負ける要素は皆無だ。


俺はこのイベントを利用して、人形使いという危険な魔術師を排除しておくことにした。


「魔術戦はいいとして…最後のあれだけは回避しないとな…」


再び人形使いとの魔術戦ごのイベントスチルが頭の中に思い浮かび、顔に熱が籠る。


俺は頭を振って煩悩を追い払ってから、とにかく明日のことに集中しようと今から作戦などを練るのだった。




「月城先輩、お疲れ様でした!」


「月城先輩、お疲れ様です!!」


「先輩!お疲れ様です!!今日もかっこよかったですよ!!」


「月城先輩。よかったら今度の休みに、私たちと食事でもどうですかー?」


剣道部の練習が終わった。


着替えを終えた俺が、帰り支度をしていると、後輩部員たちが俺に声をかけてくる。


数名の女子部員が、冗談めかして俺を食事に誘ってくる。


もちろん本気ではなく、単なる軽口だろう。


俺が適当にあしらおうとすると、横から花村がずいっと顔を出した。


「おい、適当なことを言うんじゃないお前ら。月城に迷惑だろうが。さっさと帰

れ」


「わー、花村先輩こわーい」


「すみませーん、花村先輩。本気じゃなくてちょっと言ってみただけでーす」


キャイキャイと楽しそうに騒ぎ出す後輩女子部員たち。


「月城先輩を取ったりしないから安心してください、花村センパーイ」


「花村先輩こそ、月城先輩をご飯に誘わなくていいんですかー?」


「な、なんの話だ!?」


「あははっ。それじゃあ、花村先輩、お疲れ様でーす」


「花村先輩。私たちは応援していますから、頑張ってくださいねー」


「だ、だからなんの話だ!?い、意味のわからないことを言ってないで、さっさと帰れ!!」


「「「はぁーい」」」


後輩女子部員たちが楽しそうに騒ぎながら帰っていく。


そんな彼女たちを見送りながら、花村がため息を吐いた。


「はぁ…全く。せ、先輩を揶揄いやがって…少しは敬ったらどうなんだ…」


「…」


「お、お前も最近後輩部員たちを甘やかしすぎだぞ。だから、あんなふうに誑かされるんだ!!わかっているのか月城!」


「ふん。あんなのただの軽口に過ぎないだろ。そこまで怒るようなことでもな

い」


「そ、それは確かにそうなのだが…」


「俺はもう帰るぞ。明日の9時、忘れるなよ。お前から言い出したのだからな」


「も、もちろんだ…ま、また明日な、月城」


花村が頬を赤くしながら小さく手を振ってくる。


俺はそんな花村に背を向けて手を振りながら道場を後にした。




「兄さん。今日はどこかへ出かけるのですか?」


翌日の朝。


外出着に着替えた俺が月城家の屋敷を出ようとすると、円香が玄関先までやってきた。


俺の格好を見て不思議そうに首を傾げている。


「その格好は?」


「これから少し、友人と会ってこようと思ってな」


「友人?兄さんに友人なんているんですか?」


「お、おい妹よ。俺にだって友人の一人や二人はいるのだ」


「…」


円香がじーっと俺を見てくる。


俺はその探るような視線に、ごくりと喉を鳴らす。


「ちなみになのですが、友人と何をしにいくのですか?」


「ちょ、ちょっとした気晴らしに映画でも見ようかと思っている」


「映画ですか。兄さんが映画。珍しいですね。それもお友達と。今までにそんなことってあったでしょうか?」


「た、たまには俺も友達付き合いというものをするのだ!!何か文句があるか!?」


「別に文句はないですが…本当は友達じゃなくて女の人と出かけるんじゃないですか?」


「…!?」


思いっきり動揺してしまう俺。


ますます円香の訝しむような視線が俺に突き刺さる。


「相手は誰ですか?もしかして花村先輩ですか?それとも…姫路先輩ですか?」


「…っ」


「その反応を見るにどちらかのようですね。兄さん答えてください。兄さんを誑かす泥棒猫……じゃなくて、兄さんのデートの相手は誰なのですか?」


「か、勝手にデートと決めつけるな!!俺はただ友達付き合いを…」


「だったら私もいきます。友達付き合いならいいですよね?ただご友人と遊びに行くだけなら、私がついて行っても構いませんよね?ちょっと待っていてください兄さん。すぐに着替えてきますので」


「す、すまん円香!!」


「あっ!?ちょっと兄さん!?」


俺は円香の制止を振り切って走って屋敷を後にしたのだった。


それから30分後。


電車を乗り継いだ俺は、花村との待ち合わせ場所にやってきていた。


時刻は8時30分で、花村との約束の時間より30分も早くついてしまった。


「少し早く着き過ぎたな…」


俺は腕時計を見ながらそんな呟きを漏らした。


まだ花村は来ていないだろう。


俺は約束の時間までどこかで時間でも潰そうと喫茶店か何かを探すべく歩き出そうとする。


「つ、月城…?」


「え…」


その瞬間、後ろから声をかけられた。


振り返ると、私服姿の花村萌が立っていた。


「花村、なのか…?」


「ず、随分早いな月城。まだ待ち合わせ時刻30分前だぞ。わ、私も人のことは言えないが…」


一瞬目の前にいるのが花村萌なのかどうかわからなかった。


それぐらい私服姿の花村は学校での花村と印象が違った。


学校では指定の制服をスカート丈も一切短くせずにきっちりと着こなしている花村が、今は白の清楚なワンピースに身を包んでいた。


頭の上にはカチューシャが乗っており、黒髪は三つ編みになって両側から垂れ下がっている。


普段の花村からは想像もつかないような、清楚で可愛らしい花村萌がそこにはいた。


「へ、変じゃないだろうか…今日の私の格好は…」


「かわいい…」


「ふぇ!?」


思わず本音が漏れてしまった。


花村の顔が真っ赤になる。


いくらなんでも絶対に月城真琴が言わなさそうなことを口にしてしまった俺は、慌てて誤魔化す。


「か、乾いた!喉が渇いたとそう言ったのだ!!」


「な、なんだ!そ、そういうことだったのか…び、びっくりしたぞ!お前に可愛

いだなんて言われたかと思って…」


「ふん、俺がそんなことを言うはずがないだろうが」


「そ、そうだよな…」


「ま、まぁ…その格好に関しては、そうだな…合格点としておこうか」


「ほ、本当か!?変じゃないか?」


「変ではないな。まぁ似合っているの範疇と言っていいだろう」


「…!そうか、そうなのか…!嬉しいぞ…!変だと思われたらどうしようかと」


花村がほっとしたように胸を撫で下ろす。


豊かな胸が上下するのが目に入り、俺は慌てて視線をそらす。


「つ、月城もかっこいいぞ?」


「ふん、お世辞はいらないな」


「お世辞なんかじゃないぞ!私は本当に…!」


「くだらん。格好などどうだっていい。それよりも、早く行くぞ。映画を見るのだろう?」


「そ、そうだな…!」


花村が慌てたように頷いて歩き出した。


俺は周囲の人々…特に男性陣の注目を集めている花村の後を追って映画館の入っているショッピングモールへと向かったのだった。



〜あとがき〜


近況ノートにて3話先行で公開中です。



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