第46話
「あいつ本当に余計なことしかしないな…」
「兄さん?」
「いや、こっちの話だ。お前には関係ない」
「そうですか…?」
日比谷に妙な絡まれ方をされた翌日の朝。
俺はいつものように円香と共に登校路を歩いていた。
考えていたのは昨日の日比谷の不可解な行動だった。
昼休みに俺が円香と花村と昼食を食べていた時に、いきなりあいつが絡んできたのだ。
あいつはわざとらしく大きな声で食べるものがない、お腹が空いたとアピールをした後、円香や花村に弁当を要求した。
円香に対して俺の弁当を自分によこせとそんなことまで言ったのだ。
もちろんそんな意味不明な主張を花村も円香も拒否した。
すると日比谷はしばらく呆然とした後、心ここに在らずといった状態で教室を後にした。
一体あれはなんだったのだろう。
本気で腹が減っていただけなのだろうか。
だとしても頼み方と言うものがあるはずだ。
わからない。
あいつの行動原理がわからない。
俺はすでにあいつの主人公としての行動に期待しないことにしているが、最近の日比谷の行動はあまりに突拍子なく、脈絡もないため、不気味さすら感じさせる。
基本的に今後あいつは放置でいいかと思っていたのだが、放っておくと何をしでかすかわからないと言った不安まで出てきた。
俺としては、もう魔術師としての日比谷倫太郎には期待しないから、大人しく一生徒として学校生活を送っておいて欲しいのだが、どうもあいつがいつまでも大人しくしていてくれるとは思えない。
何かとんでもないことをやらかしそうな気がする。
「最悪、敵対することもあり得るかもな…」
日比谷の行動原理は不明だが、唯一原作と変わらない点といえば、それはどうも日比谷は俺に好感を持ってなさそうであると言うところである。
むしろこれまでの態度やあいつの行動を思い返してみると、俺を毛嫌いし、嫌悪しているとすら思える。
もしかしたらこの先、俺から何かしなくとも、日比谷倫太郎の方から俺に対して敵対的な行動をとってくる可能性もあるかもしれないと俺はそんなことすら思った。
「まぁあの魔術の実力じゃ…敵対しても大した脅威にはならないが…」
俺は姫路を助けたあの日の夜のことを思い出す。
日比谷の魔術には、あの時点で解体屋の魔核を破壊する威力すらなかった。
あいつの実力があのレベルで停滞しているのだとしたら、仮に日比谷が実力行使に出たとしても俺の敵ではないだろう。
そもそも日比谷倫太郎と月城真琴では魔術師としてのポテンシャルが違う。
原作でさえ、死ぬほど努力した日比谷倫太郎と全く努力をせずに自分の才能に驕り高ぶっていた月城真琴がほぼ同格だったのだ。
現在の俺は、そんな月城真琴のポテンシャルを最大限に活かすために、ひび魔術
の特訓を欠かしていない。
仮に今から日比谷がどんなに努力をしたところで、俺に追いつく可能性はないと言っていいだろう。
「頼むから大人しくしておいてくれよ…」
俺はなんの役にも立たない主人公に、せめて大人しく学生生活を送ってくれることを願った。
「おい、みろ、姫路渚だ」
「姫路渚がいるぞ…」
「誰かを待っているみたいだ」
「相変わらずすげー美人だな」
「誰を待ってるんだろう?」
「もしかして、彼氏とかか?」
何やら周りが騒がしい。
日比谷のことについていろいろ考えていたら、気づけば校門の前までやってきていたようだ。
俺は周囲の様子を伺う。
生徒たちが校門の方を見ながらヒソヒソと噂をしていた。
姫路渚、と言う名前があちこちから聞こえてくる。
もしやまた日比谷が姫路渚に絡んだりしているのだろうか。
「あ、兄さん…」
「少し様子を見るだけだ」
俺は校門の前に溜まっている生徒たちをかき分けて前へと進む。
「ん?何してるんだ、こんなところで」
そこに立っていたのは、姫路渚だけだった。
校門を背にして、誰かを待っているかのように佇んでいる。
日比谷の姿は周りにはないようだ。
俺はこの間みたいなことにはならなさそうだと安堵して姫路渚に話しかける。
「つ、月城くん…きたのね…」
姫路渚は俺の姿を認めると、一瞬驚いたように目をパチパチさせてから、すぐに視線をしたに逸らし、俯き加減に小さな声でそういった。
「ま、待っていたわ…あなたに話があるの…」
周囲でざわめきが起きる。
姫路渚の今の発言のせいでいろいろと憶測が立ちそうだ。
「話ってなんだ」
「ここでは話せないわ…ふ、二人きりになりたい…」
ざわめきがさらに大きくなる。
俺は周囲の生徒たちから注目を浴びまくり、だんだんと緊張してくる。
「一体なんの話かは知らないが…まぁいいだろう。どこで話す?」
「つ、ついてきてちょうだい…」
姫路渚がそう言って歩き出した。
校門をくぐり、そのまま校舎へ向けてどんどん歩いていく。
「に、兄さん…?」
背後から円香が俺を呼ぶ。
「すまんな、円香。どうやら姫路が俺に話があるらしい。お前は先に行っといてくれ」
「え、姫路先輩が…兄さんに話?」
「さあな。どうせくだらないことだろう。二人きりで話したいと言うからまあ聞いてやるさ」
「二人きりで…兄さんと話…」
円香は心配そうに俺と姫路を交互に見ている。
俺は円香の気持ちを察して、そっと耳打ちをした。
「安心しろ。流石にあいつも白昼堂々俺を襲ってくるようなことはしないだろう。一応一端の魔術師としての流儀は心得ているようだからな。俺もあいつも魔術大戦に参加する魔術師だが、流石に学校で魔術戦をおっ始めるようなことはない。だから心配はいらない」
「わ、私はそんなことを心配しているんじゃありません」
「む?そうなのか?」
「兄さんのニブチン…」
「え、に、ニブチン…?」
「もう知りません」
「ま、円香…?」
なぜか怒ったように一年の校舎へ向かって歩いて行ってしまう円香。
俺は呆気にとられてそんな円香を見送った後、慌てて姫路の方を追いかけたのだった。
「おいこんなところまで俺を連れてきてくだらない話だったら承知しないぞ?」
果たして「ついてきてちょうだい」と言った姫路渚が俺を連れてきた場所は、校舎の屋上だった。
確かにここなら二人きりで話ができるかもしれないが。
一体俺になんのようだろう。
「あ、安心して…くだらない話ではないわ。魔術大戦に関わることよ」
姫路渚は、俺の目を見ずに、俯きながら言った。
「魔術大戦に関わること?」
俺は気を引き締める。
この間のこともあり、姫路渚が今この瞬間に俺に魔術戦を仕掛けてくるとは思えなかった。
姫路渚は、魔術大戦に参加している魔術師の中では圧倒的に常識のある方の魔術師だ。
だからこのような簡単に人に見つかるような場所で堂々と魔術戦をおっ始めたりはしないだろう。
だがそれでも日時を指定して俺に対して宣戦布告をしてくる可能性はあった。
いくらあんなことがあったとはいえ、俺たちは共に魔術王を目指す魔術師。
すなわち敵同士なのだ。
そして姫路渚の性格上、俺に命を救われたからと言って俺に恩を感じて殺せなくなってしまうと言ったことはないだろう。
だから魔術大戦に関することと言われて俺は姫路渚に魔術戦を申し込まれるかもしれないと身構えた。
だが果たして姫路渚の口から出たセリフは、俺の予想の斜め上をいくものだった。
「単刀直入に言うわ。私と…ど、同盟を組まないかしら?」
「は、はい…?」
俺は一瞬姫路渚が何を言ったのかを理解できなくて、間抜けな返事をしてしまった。
姫路渚は何やら照れくさそうなことでも口にしているかのようにもじもじしながら言った。
「そ、その方がお互いにとって有利に魔術大戦を進められると思って…どうかしら?」
「ど、同盟…俺とお前がか…?」
ようやく姫路渚の言葉を脳で噛み砕いた俺は、信じられない思いで問い返した。
姫路渚が頷いた。
「あの日の夜、あなたは私を助けた。それは、あなたが何らかの理由で私を必要としているから。違うかしら?」
「…それは」
確かに、俺は姫路渚を必要としている。
俺はこの魔術大戦で、姫路渚が勝利することを望んでいる。
俺自身は魔術王になって矢面に立ちたくないし、本来魔術王になるべきだった日比谷は、あの調子だと魔術王になればろくなことにならなさそうだし、他の魔術師に至っては、思想が極悪すぎて論外だ。
なので俺は最終的に姫路渚が魔術王になるのが一番無難で平和的であると考え、そのために姫路渚の存在が必要ではある。
だが俺はそのことを姫路渚に告げてはいない。
一体どうやって俺の魂胆を見破ったのだろうか。
…いや、むしろ姫路渚からしたらそう解釈するより他にないのか。
俺と姫路渚は魔術王を目指す敵対関係であると、少なくとも姫路はそう考えている。
となると姫路があの日ピンチに陥った時に敵である俺が姫路を助けたことは、姫路にとって疑問の行動だろう。
その俺の行動に何か意味があるとしたら、姫路渚に利用価値があると見て生かしたと、そう考えるより他にない。
だから姫路渚は、俺が自分を必要としていると、そう考えているのだろう。
「ふむ…そうだな…」
一体どう答えるべきか、少し悩んだ後で俺は言った。
「まあ、否定はしない」
「や、やはりそうなのね…!」
姫路渚の表情に光が灯った。
「であれば、私たちが同盟を組む理由は大いにあるはずよ。あなたはなんらかの理由で私を必要としている。そして私は早期にあなたと敵対することを望んでいない。同盟を組むメリットは十分にあるはずよ」
「ん?なんだ姫路。俺が怖いのか?」
「ち、違うわよ、怖くなんかない。茶化さないで。あなたがなんらかの理由で私を必要としているのなら、あなただって私と早期に敵対したくはないはず。私もそれは同じ気持ちよ。あなたを倒すのは他の魔術師を倒してからでも遅くはないもの。だから…同盟関係、考えてくれないかしら」
「…」
正直、悪くない提案だと思った。
姫路がいうように、俺は姫路渚という魔術師を必要としている。
姫路渚に俺ではない魔術師と勝手に戦われて死んでもらっては困る。
俺は姫路渚に魔術王になって欲しいと思っているのだから。
よって、戦闘狂である彼女を監視しておくために同盟関係を組むというのは悪くないかもしれない。
姫路がいうように、この同盟関係は俺にかなり大きなメリットがある。
「…っ」
「…」
俺はじっと姫路を見る。
姫路は俺と目が合うと、恥ずかしそうに視線を逸らした。
姫路渚との同盟関係。
本来の魔術大戦のシナリオなら、この同盟関係は主人公である日比谷倫太郎に持ちかけられているはずのものだった。
だが日比谷倫太郎はあの日、姫路渚を助けられなかった。
よって姫路渚を助けた俺に対して、姫路渚は同盟関係を持ちかけてきた。
シナリオは完全に破綻したと思ったが、まるで日比谷倫太郎の役割が俺に代替された形で、大筋が変わらないままに進もうとしている。
仮に俺がここで姫路渚との同盟関係を断って、姫路渚が単独で魔術大戦に臨んだ場合、彼女はどうなるのだろうか。
原作シナリオでは、日比谷倫太郎と同盟関係を結んだ姫路渚は、日比谷倫太郎に幾つかの戦闘でかなり助けられていた。
それらの戦闘を仮に姫路渚が一人で行うことになったら…いくら姫路渚といえど、どこかで必ず命を落としてしまうだろう。
魔術王になるまで守るという意味でも、姫路渚をそばに置いておいた方がいいかもしれない。
もちろん姫路渚の正確のことだから、これが騙し討ちであるという可能性も皆無だ。
「よし、わかった。いいだろう」
色々考えた末に俺は姫路渚の提案を了承した。
「ほ、本当!?」
姫路渚の表情がパッと明るくなる。
「ああ。色々考えたが、確かに俺にもメリットがあるからな。俺はお前なんぞ、いつでも倒せると思っている、姫路渚。だからわざわざ序盤にお前と戦う必要はない。お前のいうように他の魔術師を倒した後でも遅くはないからな」
「き、決まりね…」
俺の答えを聞いた姫路渚が、ほっと胸を撫で下ろした。
それからおずおずと右手を差し出してくる。
「い、一応…よろしくお願いするわ…」
「ああ、よろしく」
俺は差し出された姫路渚の右手をにぎった。
「ひゃんっ!?」
「ひゃ、ひゃん…?」
「〜〜〜っ」
およそ姫路渚らしからぬ女っぽい声を聞いた俺は首を傾げる。
姫路渚が顔を真っ赤にして俯いた。
何はともあれ、俺は姫路渚と同盟関係を結んだ。
そして手始めに、情報交換の手段として連絡先も交換したのだった。
「忘れるな…同盟関係が解消されれば俺たちは敵同士。その時は魔術師としてお互いに正々堂々と…おい、聞いているのか、姫路」
「え、あ、はい…」
「…?」
何やらケータイの画面をぼーっと見たままの姫路に俺は声をかける。
姫路は慌てて我に帰り、ケータイを大事そうに制服のポケットにしまったのだっ
た。
〜あとがき〜
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