第45話


「なんで誰も俺のところに来ないんだ…?」


俺は混乱していた。


花村萌と月城円香の二人を放置し始めてから二週間以上が経過した。


この二人は、魔術大戦において序盤から主人公に対する好感度が高いヒロインであり、主人公である俺が二人のことを放置すれば、溜まりかねて向こうのほうから俺のところへやってくるだろうと思った。


だが二週間以上が経過しても、二人は一向に俺の元に現れる気配がなかった。


一体どう言うことだろう。


なぜあいつらは俺のことを好きなはずなのに、俺の元にやってこないんだ?


俺はこの世界の主人公のはずだろ?


黙ってふんぞり返っていても勝手にヒロインとのイベントが起こりまくるはずだろ。


なんで何も起こらないんだ?


花村萌と月城円香の二人は何をやっているんだ?


「くそ…あいつらならすぐに抱けると思ったのに、一体どうなってやがる…」


俺は花村萌と月城円香の二人ならすぐに抱けると思ったのに、一向に二人とそう言う展開にならないことにイライラしていた。


「まさか…二人とも別の男のことを好きになったのか?」


一瞬俺の頭の中に嫌な想像が巡る。


それは二人のヒロインが、主人公である俺を差し置いて別の人間を好きになってしまった可能性だった。


もしそうなら二人が一向に俺の元に現れないのにも説明がつくが…


「いいや、ありえねぇ。主人公を好きじゃないヒロインとか存在しないんだよ」


俺は頭を振ってそんな最悪な想像を追い出す。


俺が転生したのはギャルゲー魔術大戦の世界だ。


ギャルゲーのヒロインたちってのは全部が主人公のために用意された女たちだ。


彼女たちは必ずどう転んでも主人公のことを好きになるようにできている。


主人公以外の男を好きになるヒロインなんて存在しない。


ギャルゲーのヒロインってのは、仮に主人公が他のヒロインと結婚したとしてもなお、主人公のことを陰で密かに想い続ける。


それがギャルゲーのヒロインってもんだ。


だから花村萌や月城円香が他の男のことを好きになるなんてありえない。


絶対にあの二人は、俺のことが好きなはずなんだ。


「まぁいいか。もう少し放置すれば、そのうち向こうのほうから俺のところへやってくるはずだ。主人公である俺がヒロインたちにいつまでも放っておかれるは

ずがないからな」


ここで俺の方からヒロインたちの元を訪ねてやるのもむかつく。


だから俺はあいつらの方から俺の元へくるまで待つことにした。


「となると…あとは月城真琴。あいつだな…」


俺は二週間前の月城真琴との校門前での会話を思い出す。


「あいつ…かませ犬の悪役の分際で主人公のこの俺に向かって噛ませ犬はお前の方だとか言いやがったな…」


二週間前、俺は校門のところで姫路渚に絡んでいるところを月城真琴に邪魔された。


主人公である俺が絡んでやることは、ヒロインである姫路渚にとっては幸せでしかないはずなのに、あいつが余計な横槍を入れてきたのだ。


そしてあいつはあろうことか、悪役の分際で主人公であるこの俺にかませ犬だのなんだのと言ってきたのだ。


あの瞬間、俺はすぐに魔術で月城真琴を殺してやりたいぐらいにムカついた。


あいつが俺にしたことは許されることじゃない。


多少、俺と姫路渚が近づくのを邪魔するのは看過していた。


それが悪役としてのあいつの役割だし、そのムーブのおかげで、後々あいつを倒した時の気持ちよさに拍車がかかると言うものだ。


だがあいつはかませ犬の分際で主人公の俺にかませ犬などと暴言を吐いてきた。


許されないことだ。


あいつだけは絶対に許さない。


悪役である月城真琴は放っておいても俺に倒されることになっているわけだが、それは物語終盤での話だ。


そんな長い時間を気長に待っていられない。


あいつは邪魔だ。


殺すのは流石にまずいとしても、何か仕返しをしてやらなくては気が済まない。


「そうだ…月城にザマァするか…ククク…」


色々考えた末に俺は月城にザマァをすることにした。


何かあいつを俺と勝負せざるをえない状況に追い込んでコテンパンに打ち負かす。


もしくはみんなの前で思いっきり恥をかかせてプライドを粉々にへし折る。


そうすれば俺の気分も晴れるだろう。


主人公である俺にとって都合よくできているこの世界ではきっと可能なはずだ。


俺にかませ犬だなんて言いやがった月城をザマァして思いっきりカタルシスを得てやる。


「さて、どうやってザマァするか…」


魔術で打ち負かすのもありだが、序盤のあいつはそこそこ強いからな。


となるとみんなの前で思いっきり恥をかかせるザマァで行くか。


何か方法はないものか…


俺は月城にザマァをする方法を考えるために、昼休みに月城の教室を訪れた。


「あ…?何してんだあいつ…」


教室の外から月城を見た俺は絶句した。


なぜなら月城は、花村萌と月城円香と机をくっつけて昼ごはんを食べていたからだ。


本来なら俺の周りにいるはずのヒロイン二人が、月城真琴と一緒に昼ごはんを食べていると言う状況が信じられなかった。


「主人公の俺を差し置いて何してんだあいつ…」


ますます月城に対するイライラが募ってきた。


月城真琴は嫌われ者キャラだったはずだろ?


女子からも男子からも、クラスメイトからも避けられていたはずだろ?


なんであいつが女子とご飯食べてんだ?


しかも俺の女になる予定の花村萌と月城円香と。


「どうせあいつのことだから卑怯な手段でも使ったんだろうが…それにしたってきにくわねぇ…大体ヒロインのくせに他の男と昼食食べてんじゃねぇよ、このビ

ッチどもが」


どうせ月城真琴のことだから、なにか卑怯な手段を使って二人を侍らせているのだろう。


二人の弱みを握ったとか、自分を偽って取り行ったりとか。


月城が一体どんな手段を使ってあの二人と一緒に昼食を食べることになったかはわからない。


だがむかつくのは二人のヒロインどもだ。


あいつら、いずれは俺の女になる予定のくせに、他の男と飯を食いやがった。


俺以外の男と飯を食うってことは俺にとって浮気と変わらない。


ヒロインはただ一途に主人公を想うことだけが役割のくせに、あいつらは一体何をしているのか。


淫乱女どもが、と俺は悪態をつく。


ますます月城真琴に対してイライラが募った俺はどうにかして月城真琴にザマァできないものか、方法を考える。


「待てよ…この状況はひょっとすると俺にとって好都合じゃないか?」


俺はもう一度教室の中の月城真琴とヒロイン二人の元へ視線を戻す。


月城は今俺を好きなヒロイン二人と一緒に弁当を食っている。


その弁当はおそらく妹である月城円香が作ったものだろう。


月城円香は本来は俺に弁当を食べて欲しいはずだ。


だから俺があそこへ行って弁当をくれと言えば、月城円香は俺に弁当をくれるはずだ。


なんなら花村萌と月城円香の二人をそのまま俺と弁当を一緒に食べないかと誘って、月城真琴と引き裂いてやればいい。


月城真琴はみんなの前で、俺からヒロイン二人を奪われるわけだ。


あいつは自分が何かしらの卑怯な手段を使ってまで周りに侍らせていた二人の女をあっさりと俺に取られ、大恥をかく。


必死に取り繕ったあいつの魔術貴族としてのプライドは、粉々にへし折れるわけ

だ。


「完璧だ…ククク…」


自分の考えた作戦にニヤリと笑った俺は、そのまま月城たちへと近づいていく。


「あー、お腹すいたなー、くそ。今日弁当忘れちまったぜー」


教室の中へと入った俺は、三人に近づき、わざと聞こえるように大きな声でそう言った。


「日比谷…」


「日比谷先輩…」


花村と円香が俺の方を見た。


早速俺に気づいたようだ。


俺は二人が月城真琴を拒否って俺と昼食を食べるために教室を立ち去る姿を想像しながら、なおわざと大きな声でアピールする。


「弁当忘れて財布も忘れちまったー。困ったなぁー、食べるものがないぜー。誰かが弁当でも恵んでくれたらなぁ〜」


俺はチラチラと三人の方を見る。


察しが悪いのか、二人のヒロインはなかなか俺の餌に食いつかない。


仕方がない、もう少しわかりやすく言ってやるか。


「困ったなぁー、お腹すいたなぁ〜。誰か食べ物くれねーかなぁ…もし、今誰かが何か食い物をくれたら、そいつのこと好きになっちゃうかもなぁ…」


ククク。


これなら確実に食いつくだろう。


ヒロイン二人は俺に好かれたいはずだ。


だから弁当を恵んでくれたら好きになると仄めかす。


こうすればヒロイン二人は確実に俺に弁当をくれようとするはずだ。


「うわぁ、何あれ…」


「何だあいつ…」


「日比谷だよな?」


「何がしたいんだ?」


クラスメイトたちが俺を見て何やら噂話をしてやがる。


うるさいんだよ。


モブどもは黙ってろ。


俺はゲームの中では背景だったモブどもを無視してヒロインたちが俺に話しかけてくるのを待った。


「おい、日比谷!!一体何のつもりだ!!」


きた…!


とうとう我慢ができなくなったのか、花村萌が話しかけてきた。


俺は嬉々として花村萌に近づいていく・


「よお花村。俺に何か用か?」


「何か用かじゃない!お前一体何のつもりなんだ!!意味もなく私たちの周りを彷徨いたりして…!食事の邪魔だ!!」


花村萌は照れくさいのか、怒ったようなふりをして見せている。


俺はニヤニヤしながら花村萌にいった。


「まぁそう怒るなよ。お前の気持ちはわかってるからよ」


「は、はぁ…?」


おいおい、何とボケた顔してんだ?


お前の気持ちはお見通しなんだよ。


「俺、実はよ。今日昼飯を忘れたんだよ」


「だからなんだ?」


「昼飯を買う金もなくてよ…だからすげー腹減ってんだよな」


「一体何の話をしている?私の質問に答えろ。一体何の用があってここにいるんだ」


「察しが悪いなぁ、花村。お前にチャンスをやるって言ってるんだよ」


「チャンス?何の話だ?」


「俺はすげー困ってるんだよ。だから、何か食べるものくれたら、そのことを恩に感じるだろうなぁ。そりゃあもう、すごくね。ククク…」


俺はバカな花村にでもわかるように最大限わかりやすく言ってやる。


こうすれば俺に恩を売れると知った花村は飛びついてくるだろう。


「はぁ、何を言い出すのかと思えば…要するに、飯をよこせとそう言っているのか?」


「よこせとは言ってない。お前がくれるのなら貰ってやらないこともないと言っているのだ」


「話にならない。悪いが、帰ってくれないか、日比谷」


「は、はぁ!?」


おいおいこいつマジかよ!?


俺がここまで言ってやったんだぞ?


主人公の俺に恩を売れるチャンスなんだぞ?


いつまで意地張ってるんだ?


いい加減しつこいぞ?


「おいおい、いいのか花村。俺に恩をうれるチャンスなんだぞ!?」


「構わない。というか、お前に恩を売りたいなんて私がいつ行った?」


「おいおい、素直になれよ。お前の気持ちはお見通しなんだ」


「勝手に私のことをわかった気にならないでもらえるか。そもそも、これは私の弁当じゃないんだよ」


「じゃあ、誰のだよ」


「円香ちゃんが作ってきたものだ」


なるほど。


やっぱりそうか。


なら花村萌より月城円香に話しかけたほうが早いな。


おい、見てろよ花村萌。


お前みたいに意地を張ってばかりで主人公に好意を伝えないヒロインよりも、素直に俺に好き好きアピールをするヒロインの方が得するって見せてやるよ。


俺は今日のところは花村萌を除いて、月城円香と二人きりでご飯を食べるつもりで、月城円香に話しかけた。


「へぇぇええ。そうなのかぁ、円香ちゃんが。そうだったのかぁ」


「おい、日比谷。何のつもりだ?妹に気安く近寄るなよ」


うるせーな。


お前は黙ってろ。


今から俺にザマァされるんだからよ。


「黙れ。お前は黙っていろ、月城」


俺はそう言って月城真琴を黙らせてから、円香ちゃんに話しかけた。


「円香ちゃん円香ちゃん」


「…」


「俺、今困ってるんだよね」


「…」


「食べるものがなくてさ…良かったら、お弁当、俺にくれない?」


「…」


「あ、別に円香ちゃんが食べているやつじゃなくていいよ。月城のやつでいいからさ」


「おい、ふざけるな。何勝手に俺の弁当を奪おうとしてんだ?」


うるせーな。


お前は黙って見てろよ。


弁当と大事な妹を俺に奪われるところをよ。


お前の妹が本当は誰が好きなのか、見せてやるよ。


「月城なんかが食べるより俺が食べたほうが円香ちゃんもいいよね?どうかな?」


「…」


「俺、今すごくお腹すいててさ。円香ちゃんが弁当くれたら、すごく恩に感じると思うな」


「…」


「円香ちゃんにとって悪い話じゃないよね?これ、チャンスだよ。わかる」


「…」


さあ、くるぞ。


飛びついてくるぞ。


主人公の俺がここまで言ったんだ。


きっと俺に弁当を振る舞いたくてしょうがない円香ちゃんが、月城真琴の分の弁当まで俺に差し出してくるぞ…!


俺は月城真琴の悔しがる顔を想像しながらその時をまった。


ずっと黙っていた円香ちゃんが、ようやく、徐に口を開いた。


「日比谷先輩の分はありません。申し訳ないですが、自分でなんとかしてください」


「…っ!?」


は…?


はぁ………?


はぁあああああああああああ………?


「兄さん。食べましょう」


「あ、ああ…」


俺は自分が何を言われたのかわからず、呆然としてしまう。


円香ちゃんはそれきり、まるで俺が見えないかのように昼食を食べるのを再開した。


俺は教室を後にするより他になかった。




〜あとがき〜


近況ノートにて3話先行で公開中です。






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