第44話


「このままじゃ普段の生活に支障が出るわ…どうにかしないと…」


私は帰り道を一人で歩きながら、そんなことを考えていた。


最近の私は明らかにおかしい。


月城に助けられたあの日から、ずっと月城のことばかりを考えてしまう。


こんなことは今までになかった。


いつでもどこでも、気がつけば月城のことを考えてしまい、他のことがそっちのけになってしまう。


このままじゃダメなことはわかっている。


どうにかしなければならないとは思っている。


でも何をすればいいのかわからない。


そもそも私が月城に感じているこの感情の正体はなんなのだろう。


恐怖なのだろうか。


私は月城真琴が怖いのだろうか。


私は月城真琴のことを魔術師として本能的に恐れてしまっているのだろうか。


よくわからないが、違う気がする。


私が月城真琴に抱いているこの感情は、恐怖とは別のものだ。


だとしたらなんだろう。


嫉妬?


それとも憧れ?


そのどちらでもないような気がするが確信が持てなかった。


「誰かに相談しようかしら…」


とにかく一刻でも早くこの問題を解決しなければならない。


そうしなければ、日常生活に支障が出るし、何より魔術大戦に集中することもできない。


私一人で解決できないのなら、プライドを捨てて誰かに相談した方がいいだろう。


「柊に相談してみるのがいいかもしれないわね」


柊は私の屋敷に大々使えているメイドで歳は同じだ。


小さい頃から私のそばにいるため、私のことをよくわかっているし、心の距離も一番近い人間だと言える。


柊になら私のこの悩みを解決できるかもしれない。


そう思った私は、家に帰るなり、柊にこの問題について相談をしてみた。


「ねぇ、柊。ちょっと相談事があるのだけれど」


「はい。なんでしょうか、お嬢様」


「それが…ちょっと説明しにくいのだけれど…」


私は最近月城に感じているよくわからない感情、こうなってしまったことの経緯、それから授業中などによく月城のことを思い浮かべてしまうこと、月城の姿を見るとなぜか胸が苦しくなることなどを包み隠さず柊に話した。


「ちょっと、柊?何笑っているのかしら」


「ぷふふっ」


私は真剣に相談しているのに、あろうことか、柊は、みるみるその口元に笑みを浮かべると、次の瞬間には腹を抱えて吹き出していた。


私は憤慨した。


私は至って真面目に柊に相談を持ちかけたのだ。


にもかかわらずこの態度はあんまりなのではないだろうか。


「柊?笑いすぎじゃないかしら。私は真剣なのだけれど」


涙目になっている柊を私はぎろりと睨んで咎める


「す、すみません、お嬢様…でも、ちょっとおかしくて…」


「一体何がおかしいというの?」


柊はおかしくてたまらないと言うようにひとしきり笑った後に、目尻の涙を拭きながら言った。


「でもこれで納得がいきました。最近私が二人分の弁当を作らされていたのはそう言うことだったんですね」


「…!?」


私は驚いた。


柊には二人分の昼食を作れと命令しただけで、その理由を告げることはしていなかったからだ。


なぜ柊には私がお弁当を二人分作らせたのが、月城のためだとわかったのだろう

か。


柊には私が月城に抱いている気持ちに心当たりがあると言うことなのだろうか。


「柊?あなたには私の気持ちの正体について心当たりがあるの?」


「全然ありませんけど」


「え、どう言うこと…?」


さっきまでの柊は私の感情の正体に気づいていてその解決方法も知っていると言うような雰囲気だったので期待したのだが…


「まあ、なんと申しますか…この件に関して私からお嬢様に申し上げられることは何もないと思います。こう言うのはお嬢様自身が独力で解決されることに意味があると思いますし」


「や、やはりそうよね…」


この程度の問題に悩まされて調子を乱している主人なんて情けないと私は咎められている気分だった。


言われてみれば、その通りだ。


これは自分との対決なのだ。


私自身が一人で悩んで解決しなければならない問題であり、他人を頼ったってどうしようもないと言うことなのだろう。


「ですが…あなたに使えるメイドとして困っているご主人様を完全に放っておくこともできません。なので…私がこうすれば問題解決できるのではないかと思ったことをアドバイスすることぐらいはさせてもらいます」


「アドバイス?」


「はい。それがお嬢様の抱えている問題の解決になるかはわかりません。ですので参考程度に聞いていただければ」


「わ、わかったわ…それで構わないから教えてちょうだい。私は一体どうすれば

いいのかしら」


顔を近づける私に、柊がひそひそ声で耳打ちをしてきた。


「お嬢様。私は月城真琴様とお嬢様が同盟関係を結ぶことを進言させていただき

ます」






私の名前は柊香純。


魔術の名門である姫路家に仕えるメイドです。


私は小さい頃から姫路渚お嬢様と育ちました。


姫路渚お嬢様は強くて気高くて美しくて、私の大好きなご主人様です。


そんなお嬢様に仕えることは私の人生の喜びです。


私の生きる目的が姫路渚お嬢様の側でお仕えすることなのに対し、姫路渚お嬢様自身はもっと大きな目的を持って生きておられます。


それは魔術師たちが命をかけて戦う儀式、魔術大戦において勝者となり、魔術王となることなのです。


お嬢様は魔術王となるためにこれまで魔術の研鑽を重ねてきました。


他の魔術師たちがどうかは知らないけれど、お嬢様が魔術王を目指す目的は、世界支配とかお金とか権力が目的じゃなくて、単純に自分が強い魔術師であることを証明したいと言うものです。


魔術大戦において勝者となり、魔術王になれば、自分が魔術の名門姫路家の次期当主として相応しい魔術師であることの一番の証明になります。


だからそのためにお嬢様は学校に通う傍ら、日々魔術の特訓に勤しんでおられる

のです。


そんなお嬢様なのですが……最近ちょっと様子が変です。


とある日を境に、なんだかこう、ぼうっとすることが多くなってしまったのです。


こうなってしまったのは、あの日の夜以来のことです。


その日の夜、お嬢様は深夜に屋敷を抜け出してどこかへと向かってしまわれました。


すでに魔術師たちの戦いである魔術大戦が始まっていたので、私にはなんとなくお嬢様の目的が察せられました。


魔術師でもないただのメイドである私には、お嬢様の無事を願って待つこと以外にできませんでした。


果たして、明け方ももう近いと言う時間になってお嬢様はようやく屋敷に帰って

きました。


お嬢様が心配で寝ることもできずにその帰りを待っていた私は、お嬢様が無事に帰ってきてくれて本当に安心しました。


『おかえりなさいませ、お嬢様。どこへいらししていたのですか?』


『ごめんなさい、柊。今はちょっと休ませてちょうだい』
『はぁ』


お嬢様は何があったのか告げずに、そのまま寝室に篭ってしまわれました。


私はお嬢様の無事の帰還に安堵しつつも、お嬢様に一体何があったのだろうと心配になっていました。


そしてその翌日から、お嬢様の様子が少し変わり始めました。


それまでのお嬢様は常にテキパキと行動し、時間を無駄にしない人でしたが、その日の夜を境に、お嬢様はぼうっとすることが多くなってしまいました。


無駄な時間を過ごすことを嫌っていたはずのお嬢様が、食事時や魔術の訓練の際など、ふと手を止めてぼんやりと虚空を見つめる姿を目にすることが多くなったのです。


『大丈夫ですか、お嬢様』


『…!?』


心配になった私が声をかけると、お嬢様は我に帰り、頬を赤くしながら焦ったように取り繕います。


今までに見ることのなかったお嬢様の姿に、私はお嬢様に何が起こったのか心配しながら見守っていました。


『柊。今日はお弁当を二人分作ってくれないかしら』


お嬢様の奇行二つ目。


なぜかその日を境に、私に弁当を二人分要求するようになったことです。


これまでお嬢様が私にそんな要求をすることなんてなかったため、私は疑問に思って尋ねました。


『どうしてでしょうか?』


『い、いいから…言う通りにしてちょうだい』


『はい』


お嬢様は理由を聞かれるのを恥ずかしがるようにそう言いました。


不可解に思いつつも私はお弁当をその日から二人分作るようになりました。


まぁお嬢様も育ち盛りだから、もしかしたら普段のお弁当の分量じゃ足りないのかもしれない。


そう思って二人分のお弁当を作ってお嬢様に持たせるようになりました。


ですが妙なことに、お嬢様は二人分作らせたのにもかかわらず、なぜか一人分しか召し上がらないのです。


てっきり二人分お嬢様が食べてしまわれるか、あるいは友人の一人にでも振る舞うのかと思っていたのですが、そう言うわけでもないようなのです。


もったいないので残った分は私が夕食としていただいていますが、お嬢様は私に二人分の弁当を作らせ続けました。


そして毎日のように一人分しか食べずに弁当を持ち帰ってくるのです。


私にはお嬢様が何をしたいのかわかりませんでした。


ただお嬢様が最近何か悩み事を抱えていることだけはなんとなくわかりました。


あのお嬢様がこんなに調子を崩すぐらいのことだから、きっと私では助けになってやれないぐらい大きな悩みなのだろう。


そんなふうに考えて私はあえてお嬢様に何も言わずに、見守るだけにとどめていました。


ですが、今日、私は唐突にお嬢様からその悩みについての告白を受けました。


それを聞いた瞬間、私は思わず笑ってしまいました。


「柊?笑いすぎじゃないかしら。私は真剣なのだけれど」


お嬢様はそう言って私を咎めますが、私は笑いが止まりませんでした。


だってお嬢様の悩みは、私にとっては単純明快なものだったからです。


要するに……お嬢様は現在恋をなさっているようなのです。


あのお嬢様が、ねぇ…と私は心の中で思いました。


お嬢様は今まで魔術の訓練しかしてこなかったような人間です。


花の高校生であるにもかかわらず、全く男の気配などなく、休みの日に友人たちと遊びに行くことすらしていなかったお嬢様です。


そんな魔術バカ…おっと失礼しました…魔術の鍛錬に熱心なお嬢様が、まさか普通の女学生のように恋をするなんて思ってもみませんでした。


けれどそう考えれば、ここ最近のお嬢様の様子のおかしさというか、奇行にも説明がつきます。


何をするにも身が入らず、気づけばぼんやりなさっていたお嬢様は、きっと恋のお相手のことを考えていたのでしょう。


お弁当を私に作らせていたのは、きっと相手と昼食を共にするため。


毎日一人分を残して持って帰ってきたところを見るに、全くうまくいっていないようですが。


私の頭の中に、意中の相手を昼食の誘いたくてもなかなか勇気が出なくて誘えない、もどかしくていじらしいお嬢様の姿が浮かびます。


なんですかこれ、めっちゃ可愛いです。


恋してるお嬢様、可愛すぎです。


ぜひこの恋を応援して、実らせてあげたいです。


でも…お嬢様のせっかくの初恋を私の独断と偏見で穢したくはありませんでした。


恋の気持ちには、お嬢様が自分自身で気づくべきだと私は考えました。


私にできるのは、お嬢様が自分の本当の気持ちに気づくためのお手伝いぐらいです。


なので私はお嬢様に対して、心当たりがないとすっとぼけつつ、お嬢様が早く気持ちに気づけるようにアドバイスをすることにしました。


「お嬢様。私は月城真琴様とお嬢様が同盟関係を結ぶことを進言させていただき

ます」


お嬢様の恋のお相手は、なんとあの魔術の名門、月城家の月城真琴様のようです。


月城真琴様は、お嬢様と同じ学校に通う生徒であり、そしてお嬢様と同じく魔術大戦に参加し、魔術王を目指す魔術師でもあります。


魔術大戦におけるライバルに恋をしてしまったお嬢様のことが心配ではありましたが、そうなった経緯を考えるに、月城真琴様はそこまで警戒する人物ではないように感じました。


どうやら月城真琴様は、命を落としかけたお嬢様を助けたようなのです。


お嬢様はあの日の夜、二人の魔術師と戦い、罠にハマり、殺されそうになった。


そこへ颯爽と現れたのが月城真琴様であり、お嬢様を助け、傷を手当てして、家で休ませてくれたと言います。


月城真琴様がどのような目的でそんなことをされたのかは私にはわかりませんが、私はお嬢様の命を救ってくださった月城真琴様に感謝の念が絶えませんでした。


そしてそんな月城真琴様にお嬢様が恋をするのはそこまで危険なことではないと考えました。


ですから私はお嬢様に月城真琴様と同盟関係を結ぶように進言させていただきました。


そのほうがお嬢様の安全にとっても、それから恋にとってもいい結果を生むと考えたからです。


「月城くんと私が同盟を?どう言うこと?」


首を傾げるお嬢様に、私は肝心な部分を誤魔化しながらもっともらしい理屈を並べます。


「お嬢様の現在の悩みは月城様が原因なのだと私はみています。であれば、月城様と同盟を組み、なるべく月城様の近くで過ごす。そうすれば、お嬢様の悩みも早期に解決を見ると私は読んでいるのです」


「月城くんと…一緒に…」


お嬢様の顔が途端に嬉しそうになったのを私は見逃しませんでした。


わかりやすすぎですお嬢様。


「月城様はお嬢様を一度助けています。それはおそらく月城様がお嬢様を必要としていると言うことに他なりません。であれば、お嬢様は月城様と同盟関係を結ぶべきです。月城様はお話を聞いた限りだと、お嬢様と同盟を結ぶに値する魔術の実力を備えているようです。お嬢様と月城様が同盟を結ぶことは互いにとってメリットが多数あると私は思っています」


「月城くんが…私を必要としている…」


「私はそう思います。でなければお嬢様を助けた意味がわかりません。お嬢様を敵とみなしているのなら、単に見捨てれば良かったわけですからね」


「そ、それもそうね…」


「話を聞いた限りだと、月城真琴様はそこまで信用のおけない人物でもないようです。少なくとも、今後しばらくは同盟関係を結んで魔術大戦を戦ってみてはいかがでしょうか?お嬢様を襲った魔術師たちも同盟を組んでいたのでしょう?」


「確かに、そうね…同盟は私と月城くん、お互いにとってメリットがあるかもし

れないわ…」


「そうでしょう?では、直ちに同盟を組むべきだと思います、お嬢様」


「…っ」


お嬢様がぼんやりと俯いた。


その頬が赤く染まる。


お嬢様の態度を見るに、私の提案に乗り気なのは一目瞭然だった。


「アドバイスをありがとう、柊。わ、悪くないと思ったから、ゆっくり考えさせてもらうわ」


「それがいいかと」


お嬢様がそう言って去っていく。


私はその背中を見ながら、微笑んだ。


あの様子を見れば、お嬢様は私のアドバイスを受けて、月城真琴様と同盟を組むだろう。


そして月城真琴様と時間を過ごせば、そう遠くないうちに自分の気持ちに気づくはずだ。


「うふふ…春ですね、お嬢様。おめでとうございます」


私はずっとそばにお支えしてきたお嬢様がとうとう初恋を経験されたその姿になんだか感慨深い気持ちになってしまうのだった。



〜あとがき〜


近況ノートにて3話先行で公開中です。




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