第43話
「別に月城と昼休みを過ごしたいわけじゃない…これはあくまで敵情視察…あいつの真意を確かめるのが目的…」
私はそんな誰に対して言っているのかもわからないような言い訳めいたことを呟きながら月城のいる教室へと向かっていた。
私の手には一人用にしては少し大きなお弁当箱があった。
この中には、今朝家に仕えるメイドである柊に作らせた二人分の弁当が入っている。
なぜ二人分かというと、それは月城を昼食に誘うためだった。
「敵である私を助けた真意を確かめてやる…それに、命を救われたお礼も正式にしておかないと、姫路家の面目が立たないから…それだけだから…」
月城を昼食に誘う理由は大きく分けて二つ。
一つは、この間私の命を救ってくれたことに対するお礼。
月城は私を助けたのは気まぐれだと言っていたけれど、どんな理由があれど、命を救われたことに変わりはない。
あいつがいなかったら私はとっくに死んで魔術大戦から脱落していたわけだし、なんらかの形でお礼をしなければ魔術の名門である姫路家の名前が廃る。
もう一つは、月城が私を助けた本当の理由を探ること。
月城は私と同じで魔術対戦に参加し、魔術王を目指している魔術師だ。
月城にとって私は、魔術王になる上で邪魔な敵でしかない。
にもかかわらず私を助けたことには、何か月城なりの理由があるはずだ。
それを突き止めなければ、いずれ足元を掬われると私は思った。
そんな二人の理由で私は、月城を昼食に誘うつもりだった。
決して月城と昼食を共にしたいとか、そういうことではない。
これは魔術大戦を勝ち残るために必要な偵察任務みたいなものなのだ。
「きょ、今日こそ誘うわよ…」
私は月城のいる教室に向かいながら、気合いをいれる。
実を言うと月城を昼食の誘おうとしたのは今日が初めてじゃない。
私があいつに命を救われてから二週間。
私は何度かあいつを昼食の誘おうとしたのだが、なかなかタイミングが合わなかった。
決して勇気が出なかったとか、恥ずかしかったとかではなく、タイミングがものすごく悪くて断念せざるを得なかった。
だから今日はなんとしてでも月城を昼食の誘わなくてはならない。
「柊のお弁当は誰の口にも合うはず…それに私だって少しは手伝ったのだから…きっと月城は美味しいって言うはずだわ…」
今私が持っている弁当は、ほとんどはうちのメイドである柊が作ったものだが、簡単なおかずは私自身が作った手料理だった。
お礼と言うからには一から十まで他人に任せていたのでは、格好がつかない。
だからしっかりとお礼と言う体裁を整えるために、多少なり私が手を加える必要があったのだ。
決して月城に私の手料理を食べて欲しかったとか、そう言う理由があるわけではない。
「着いたわ…」
そんなことを考えているうちに、月城の教室へ到着した。
私は教室の入り口から、中を覗く。
「え、姫路さん…!?」
「姫路渚!?」
「どうしてここに…!?」
周りの生徒が私を見て驚いているようだが、どうでもいい。
私は教室全体を見渡して、月城の姿を探した。
「あ、いたわ…」
月城の姿を発見した。
月城の顔を見た瞬間に、ドクンと鼓動が高鳴る。
月城に命を救われた夜のことがフラッシュバックして頬が熱くなる。
なぜだろう。
胸が苦しい。
月城のことを考えると、なぜか胸の奥がとても痛くなるのだ。
それは今までに感じたことのない感覚だった。
辛くて、苦しくて…でも自然と心地いい。
月城の顔を見たり、月城のことを考えたりするたびに覚えてしまうこの謎の感覚に私は最近ひどく悩まさされている。
「私はあいつのことを恐れているのかしら…」
もしかしたら自分に倒せなかった解体屋を倒し、火炎使いを追い払った月城に対して、私は魔術師として恐怖を抱いているのかもしれない。
今まで他の魔術師に対してこのような感覚を覚えたのは初めてだった。
気持ちを引き締めなければ。
私は魔術大戦を勝ち抜き、魔術王にならなければならない。
なのに同級生の魔術師如きにここまで怯えていては先が思いやられる。
「行きなさい私…何ぐずぐずしているの…」
私はますます高鳴る鼓動をなんとか気力で抑えつけて、月城に対して一歩を踏み出そうとする。
昨日までは勇気が出な……じゃなくてタイミングが合わなくて月城を昼食の誘うことができなかったけど、絶対に今日こそは…
「兄さん、こっちのおかずも食べてみてください」
「おい、そんなにいっぺんに口運ばれては食べられないだろうが…」
「美味しい!美味しいぞ!!円香ちゃんは本当に料理がうまいんだなぁ…」
「当然です。兄さんにしっかり食べてもらえるように美味しさと栄養をしっかり考えてバランスのいいお弁当を作っているのですから」
「そうかそうか。いい妹を持ってよかったな、月城」
「ふん、まぁな」
そこにはすでに私ではないものたちと楽しげに昼食を食べている月城の姿があった。
私は教室内へ一歩を踏み出したところで、足を止めてしまう。
月城は妹の月城円香と、部活仲間である花村萌に囲まれて楽しそうに昼食を食べていた。
月城円香に弁当を口に運んでもらい、ほっぺをまるでリスのように膨らませながら、美味しそうに昼食を食べている。
そしてそんな月城を見て、花村萌も楽しそうに笑っている。
そこには誰も入り込む隙のない幸せな空間があった。
「…」
私はその三人の間に割って入る勇気がなかった。
私は月城たちが私に気がつく前にそっと教室を後にした。
「今日もタイミングが悪かったわね…」
言い訳のように自分にそう言い聞かせた。
ズキズキと胸が痛む。
なぜかとても苦しい。
先ほど月城の顔を見た時とは別の胸の痛みだった。
月城が妹や花村萌と楽しそうに食事をとっている姿を想像すると、ひどく悲しくなってくる。
どうしてこんな気持ちになるのだろう。
ただ、昼食に誘えなかったと言うそれだけのことなのに。
「柊に作ってもらった弁当…また無駄になってしまったわね…」
私はその後、一人で屋上に向かい、大きな弁当箱の中の一人分だけを食べて昼休みを終えたのだった。
『俺はお前に死なれちゃ困るんだよ、姫路』
まただ。
また私は月城のことを考えている。
授業中なのに。
授業に集中しなければいけないのに。
「…っ」
私は頬が火照ってくるのを自覚しながら、授業に集中しようと黒板を見る。
教壇に立っているのは壮年の国語教師で有名な国内文学の一説を解説している。
私は黒板に並べられた文章を睨みつけ、なんとか頭の中の月城を追い出して授業に集中しようとする。
『俺はお前に死なれちゃ困るんだよ、姫路』
「〜〜〜っ」
だが失敗する。
何度頭の中から追い払おうとしても、月城誠の表情と声が頭の中で流れる。
あの日、窮地に陥った私を救うために、解体屋と火炎使いに立ち向かった月城真琴の姿とセリフが、何度も何度も頭の中で繰り返される。
その度に私の意識は飛んでしまい、胸がドキドキして頬が熱くなり、授業どころではなくなってしまう。
「それじゃあ次の章の文章を誰かに読んでもらおう…そうだなぁ…姫路。頼めるか?」
「…」
「おーい、姫路?」
「…」
「どうした?おい姫路。何をぼんやりしている?」
「ひ、姫路さん、呼ばれてるよ…?」
「え…?」
気がつけば私はクラス中の注目を浴びていた。
国語教師が不思議そうに、そしてクラスメイトたちが意外そうに私のことを見ている。
「姫路。次の章の冒頭から読んでくれるか?」
「えっと…」
全然聞いていなかった。
私は肩を落として謝罪する。
「すみません…聞いていませんでした」
「む?そうなのか…?」
国語教師が咎めると言うよりも意外そうに私を見た。
「珍しいこともあるものだな、真面目な姫路が聞いていなかっただなんて」
「すみません」
「いや、別にいいんだが…と言うか姫路、お前、顔が赤くないか?」
「…!?」
「熱でもあるんじゃないか。お前がぼんやりしているなんて普段はないことだからな。体調がすぐれないんだろう」
「いや、ちが…これはそうじゃなくて…」
「遠慮するな。保健室に行きなさい」
「…わかりました」
私は国語教師に薦められて、保健室へと向かう。
クラスメイトたちがヒソヒソと噂をしながら私のことを見ていた。
私は恥ずかしくてますます顔を赤くしてしまい、逃げるように保健室へと向かっ
た。
「本当に私…どうしてしまったのよ…」
私の呟きが、授業中の無人の廊下に響いたのだった。
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