第40話


「なんだよあの態度は……ヒロインが主人公に取る態度じゃないだろ…」


円香に逃げられた俺は教室へと戻ってきていた。


苛立ちで貧乏ゆすりが止まらない。


先ほどの円香の俺に対する態度を思い出すとイライラしてくる。


せっかくこっちから出向いてやったというのに、失礼にも程がある。


俺に会えて嬉しいはずなのに、円香はそんな感情をお首にも出さなかった。


姫路渚と一緒で照れ隠しなのだろうか。


「面倒なヒロインが多いなぁ…くそが…」


簡単にヤれると思って声をかけてやったのに完全に気分を害した。


しばらくはあいつは放置だ。


二度と円香の弁当は食べないことにしよう。


ずっと無視し続けていたら、そのうち痺れを切らして向こうから俺に接触を試みてくるだろう。


その時に、今日の態度を土下座で謝らせよう。


「花村萌でいいか…それが一番確実だろ…」


罰として円香を放置することに決めた俺は、もう一人俺に対する好感度が高いヒロイン、花村萌の攻略を先にすることにした。


同じ剣道部の花村萌。


魂喰いに攫われて廃人になる予定だったが、世界の修正力によって助けられたヒロイン。


原作知識がある俺は、花村萌がずっと俺に対して片思いをしていることを知っている。


きっと俺から誘えば喜んで乗ってくるだろう。


「花村とヤって……姫路渚に見せつけるかぁ…」


俺は姫路の嫉妬する顔を思い浮かべてほくそ笑んだ。




放課後。


俺は剣道部の道場へと向かった。


部活に参加するのは久しぶりだ。


今日まで面倒臭い部活はずっとサボっていたからな。


世界の修正力がある以上、わざわざ原作の日比谷倫太郎の行動をなぞる意味もないしな。


だから今日まで俺は部活に全く顔を出していなかったが……きっと花村はそのことを寂しがっているはずだ。


俺から誘えばおそらく今日にでも家に連れ込めるのではないだろうか。


「よお、花村。久しぶりだな」


道場についてみると、花村はすでにそこにいて部活を始める準備をしていた。


周りに他の部員の姿は見当たらない。


俺はちょうどいいと、花村に近づいて声をかけた。


花村が振り返り、俺の顔を見ると咎めるような表情を作った。


「お前……今まで何してた?どうして部活に来なかった?」


「すまんすまん。色々と事情があってな」


「…事情?どんな事情だ?」


「怒るなって。俺に会えなくて寂しかったのはわかるけどさ」


「はぁ…?なんの話だ?」


「惚けるなよ。俺は全てお見通しだぞ」


俺はサービスとして花村と肩を組んでやる。


俺に片思いをしているこいつにとって俺からのスキンシップはとんでも無く嬉しいはずだ。


「気安く触るな。なんのつもりだ」


「おい…?」


と思ったのだが、花村が信じられない行動に出た。


俺の腕を無理やり引き剥がし、距離をとりやがった。


なんだよ。


お前もかよ。


どんだけ素直になれないヒロインが多いんだ?


流石にムカついてきたぞ?


お前らちょっとはヒロインらしい行動を取れよ。


どいつもこいつも面倒臭い駆け引きしてんじゃねーよ。


黙って主人公である俺に股を開けよ。


「なぁ…花村。素直になったらどうなんだ?お前の気持ちを俺は知ってるんだぜ?」


「私の気持ち?」

 

「お前…ずっと俺のこと見てたろ?」


「…」


「俺のこと好きなのはわかってるんだぜ?な?」


「…」


黙る花村。


やっぱりそうだ。


こいつは俺のことが好きなんだ。


俺は花村の反応を見てそう確信した。


「なぁ、花村。お前がそうしたいなら…今日俺の部屋に来ないか?」


「はぁ?何を言っている?」


「わかるだろ…?俺の両親、家にいないからさ。二人っきりになれるぜ?」


「私を誘っているのか?」


「…そういうことだ」


「気持ち悪い。一体なんの冗談だ?」


「は…?」


花村萌が、嫌悪の表情を浮かべて俺を突き飛ばした。


俺は呆気に取られて花村を見る。


「いい加減にしろ、日比谷。部活をずっとサボっていたと思ったら急に現れて、セクハラまがいなことをする。頭でもおかしくなったのか?これ以上卑猥なことを言ってみろ。顧問に言いつけるからな」


「おいおい、どうしたんだよ花村?お前、俺のこと好きなんだろ?照れるなよ。正直になれよ」


「私の気持ちを決めつけるな。お前のことは好きでもなんでもない」


「おいおいおい、そんなわけないだろうが。練習中の俺をずっと見てたの知ってるんだぜ?」


「以前はそうだったかもな。だが人の気持ちとは移ろうものだ。お前に対してそういう感情を抱いていた時期があったことは認める。だが……今の私は違う。今の私は別の…いや、その話はよそう」


何かを言いかけた花村が、頬を赤くして首を振った。


「と、とにかく……お前にはもうそういう感情は抱いていない。練習中に見ていて悪かったな。もうそういうことはしないし、お前におせっかいを焼いたりすることもない」


「いいんだな?」


「は…?」


「そういう態度を俺にとっていいんだな?どうなっても知らないぜ?素直になれなかったことを後悔するのはお前自身なんだぜ?」


「…何を言っている?」


「はっ。そうやっていつまでも惚けているがいい。後悔しても知らないからな」


花村を家に連れ込む気が完全に失せた俺は、踵を返した。


こいつも円香と同じだ。


放置して、後悔させて、罰を与える。


黙って股を開いていればいいものを。


俺は花村を残して道場を立ち去った。


どうせ何日か放置すれば、そのうち花村も円香も自分の方から俺の元へくるだろう。


「なんだあいつ」


背後から花村の強がるような声が聞こえてきた。





それから1ヶ月が経過した。


「おい、何が起きてる…?」


俺は教室で一人、呆然と呟いた。


「なんで誰も俺の元にやってこないんだ…?」


花村萌も月城円香も一向に俺の前に姿を現さなかった。

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