第38話


「なんだよこれ…クソゲーじゃねーか。どうなってんだ?」


解体屋からなんとか逃げたその翌日。


俺は思いっきり萎えた気持ちで椚ヶ丘高校までの道を歩いていた。


気分は最悪だ。


もう何もする気になれない。


昨日、なぜか俺の魔法で解体屋は死なず、俺は姫路渚を見捨てて逃げる羽目になった。


あの時、なぜ解体屋を殺しきれなかったのかわからない。


解体屋の弱点は確かに箱の中の魔核だったはずだ。


昨日のイベントは、解体屋の箱の中の魔核を破壊して姫路渚を救い出して惚れさせる簡単なお仕事だったはずだ。


ワンチャンそのままベッドインできるかもしれないと期待したのに、結果は散々だった。


俺は解体屋を殺しきれず、追いかけて危うく死ぬところだった。


なぜかあの時月城真琴があの場にいたような気がするが……そんなことはどうでもいい。


「姫路渚がいない魔術大戦とか…もう意味ねーよ…」


姫路渚が死んでしまった。


多分昨日はあの後、火炎使いに殺されて死んでしまったはずだ。


本来俺が助けるはずだったのに、何かが狂って俺は解体屋を殺せなかった。


姫路渚はそのままあの二人に殺されてしまったことだろう。


でも、仕方がないことだった。


姫路渚を見捨てなければ俺が死んでいた。


姫路渚のことは好きだが、流石に自分の命には変えられない。


だからあそこで取った選択は後悔していない。


だが、姫路渚が死んで喪失感がやばい。


あいつをものにすることをモチベーションにやってきたために、これからどうしていけばいいのかわからない。


「だるいなぁ…もう仕方がないから妥協して、月城円香とか花村萌とか他のヒロインを抱いてやるか…」


姫路渚がいない今、後回しにしていた他のヒロインたちを攻略するべきだろう。


姫路渚と違い、他のヒロインたちは最初っから俺に対する好感度が高い。


俺がその気になれば簡単に股を開くだろう。


せっかくゲームの世界に主人公として転生したのだから、この世界の美少女たちを味わい尽くそう。


もう魔術大戦とかどうでもいい。


勝手に魔術王の座を争っていてくれ。


俺は馬鹿馬鹿しい戦争に参加するのをやめて、美少女たちと酒池肉林の生活を送ることにしよう。


その方が合理的だし、楽だ。


魔術師と戦って痛い目にあったり、死ぬような危機に陥るより、そちらの方がずっと安全だしな。


「ん…?あれは…!」


そんなことを考えながら歩いていると、前方に信じれないものを見た。


一瞬幻覚を見ているのかと思って目を擦った。


だが幻覚ではない。


姫路渚だ。


後ろ姿だろうと見間違えるはずはない。


俺は歓喜した。


やっぱりそうだ。


この世界は俺に都合のいいように出来ているんだ。


姫路渚は死んだと思ったけど生きていた。


なんらかの方法で生き延びたのだろう。


メインヒロインが死んだら物語が成り立たないから、世界の修正力が働いて生かされたに違いない。


一番好きなヒロインが死んだと思って萎えていた俺のテンションは一気に上がった。


急いで前を歩いている姫路渚に駆け寄った。


「姫路…!生きてたんだな…!」


「…」


俺は姫路渚の前に走って、振り返り、その顔を覗き込む。


そこにはいつもと変わらぬ姫路渚の姿があった。


肩の傷も治っているようだ。 


俺は安心して姫路渚に喋りかける。


「よかったぜ…死んだと思ってたからな。こ

れでもお前のことを心配したんだぜ?」


「…ちっ」


姫路は俺のことを一瞬睨んだ後、舌打ちをした。


まるで鬱陶しいと言わんばかりに顔を背けて早足で歩き出すが、それが照れ隠しであることを俺は知っている。


いや、もしかしたら昨日見捨てたことで多少腹を立てているのかもしれないが、そんなのすぐ治るだろう。


だってヒロインはたとえ主人公にどんなことをされたとしても主人公のことを好きであるものだろ?


「なぁ、どうしたんだよ姫路。無視するなよ。昨日のことは悪かったって。許してくれよ。謝るから。なぁ」


「…近づかないで。喋りかけないで。お願いだから私の目の前から消えて」


「そういうなって。いいかげん、その強引な態度やめろよ。いじらしい駆け引きも好きだが、もっとストレートに来てくれる女の子の方が俺は好きなんだぜ?」


「何を勘違いしているのか知らないけどあなたの声を聞いていると吐き気がするの。お願いだから近づかないで」


「酷いなぁ。本当はそんなこと思ってないくせによくそこまで嘘を並べられるよな」


俺は姫路渚と肩を組もうとする。 


「触らないで…!」


姫路渚が見たことない剣幕で声を荒げた。


周りの生徒たちの注目が集まる。


今日の姫路はものすごく強引だ。


俺は素直になれない姫路をニヤニヤしながら見つめる。


「なぁ、一体どうしたんだよ姫路。いつまでそんな態度をとり続けるつもりなんだ?いい加減俺も我慢の限界なんだが?」


「それはこっちのセリフよ。もう付き纏ってこないでって言っているのに何度も何度も…!鬱陶しいのよ!!私に近づかないでと言っているのがわからないの…!?」


「なぁ、なんでそんな頑ななんだ?俺はお前の気持ちなんてお見通しなんだぜ…?昨日のことは悪かったよ。こうしてお前は無事だったんだし、水に流してくれてもいいじゃないか。いい加減に素直になれよ」


「触らないで…!」


俺は姫路の手を握ろうとする。 


姫路もそれを望んでいるはずなのに、まだ素直になれないのか、姫路はそれを拒絶した。


「照れるなって…みんなが見ているから恥ずかしいのか…?」


俺はあまりにも頑なな姫路に我慢ができなくなってきた。


そうだ。


もうこうなったら強引に抱きついてキスとかしてみてはどうだろうか。


そうすれば姫路渚も俺の熱い気持ちに気づくはずだし、唇を奪われれば素直にもなるだろう。


名案だと思った俺は、素直になれずこちらに蔑むような視線を送ってくる姫路に抱きつこうとする。


パシッ!!!


「なっ…!?」


乾いた音がなった。


一瞬自分が何をされたのかわからなかった。


頬にヒリヒリとした痛みを感じる。


ビンタされたのだと気づいた。


「てめぇ……誰に何をしたのかわかってんのか……お遊びも大概にしろよ…!」


流石に怒りが湧いてきた。


このアマ……黙っていれば調子に乗りやがって。


どんだけ頑ななんだ?


俺の気を引きたいがためにここまでするのか?


ちょっとこれはあまりにも度が過ぎてるってやつだ。


ヒロインが主人公に軽々しく手を上げていいはずがない。 


俺は暴力系ヒロインは嫌いなんだよ。


これは……躾が必要だな? 


俺はしてはならないことをした姫路渚を教育するべく拳を振り上げる。


次の瞬間、背後から誰かが割って入ってきた。


「待てお前ら…!一体何をしている…!?」


「あ…月城…」


月城だった。


このかませ犬が。


邪魔なんだよ…!


今しゃしゃり出てくるんじゃねぇ…!


「おい、月城…!出てくるなよ…!邪魔なんだよ!!!その女がこの俺に手を出しやがったのを見ただろ…!どけよ…!!」


「断る。お前に指図される筋合いはないな」


「てめぇからやっちまうぞ…?かませ犬のくせに俺に逆らったらどうなるか思い知らせてやろうか?」


「かませ犬?どちらかというとそれはお前の

方じゃないのか?」


「…!?」


は…?


なんだと?


今なんて言った…?


俺がかませ犬?


冗談だろ?


俺は主人公だぞ…?


この世界の主役だぞ?


かませ犬はお前だろうが。


何見当違いなこと言ってんだ?


調子に乗るなよかませ犬の負け犬が…。


「ねぇ、やめなよ日比谷くん…」


は…?


「今のはどう見ても日比谷くんが悪いよ…」


はぁ…?


「女の子に無理やり触ろうとするなんて最低だよ…」


はぁああああああ…?


「ビンタされても仕方がないよ…」


何言ってんだお前ら…


「日比谷くんおかしいんじゃない?」


おいおいおい…?


「なぁ、日比谷。お前冷静になれよ」


誰に向かって言ってんだ…?


「何があったのか知らないが、こんなところで喧嘩するのやめてくれないか?」


気づけば周囲の生徒のほとんどが俺に対して白い目線を送ってきていた。


まるで俺が全部悪いみたいに、白けた空気が漂っている。


意味がわからなかった。


こいつらモブのくせになんで俺に楯突いてんだ?


俺はこの世界の主人公だぞ…?


お前らはエキストラ。


俺のヨイショ役にすぎないだろうが。


いいから黙って俺を全肯定しろよ?


なんでモブの分際で俺を非難してんだ?


「な、なんだよお前ら……こんなのあり得ないだろ……そんな目で俺を見るのをやめろ……俺は…俺は主役だぞ…?主人公なんだぞ…?脇役は主人公を引き立てるために存在しているはずだろ…?なんで俺に逆らうんだよ……すごいすごいって拍手して俺に同調しとけばいいんだよ……なんでそうしないんだよ…」


「おい、日比谷。お前大丈夫か?」


くそ…何かがおかしい。


こんなはずではない。


俺はこの物語の主人公、主役なんだ。


こんなの何かが間違っている。


全てが俺の都合のいいように進むはずなんだ。


きっとこれも何か、俺が将来的にいい思いをするための布石に決まってるんだ…。


絶対にそうだ。


「お前ら覚えてろよ…」


俺は月城や姫路、そして周りのモブどもに対する怒りを一旦収めて、その場を引いたのだった。

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