第36話
「ん…?」
「あ、姫路先輩。起きたんですね。よかったです」
「ここは…?」
目が覚めると知らない天井だった。
傍には見覚えのある可愛らしい子の顔があった。
私は上体を起こして辺りを見回す。
そこは上品な調度品で溢れた寝室のような場所だった。
私は大きなフカフカのベッドに横たえられていて、ベッドの傍らに座っていた少女が私の顔を心配そうに覗き込んでいる。
「あなたは確か……月城真琴の妹、よね…?」
「はい。月城円香と言います。兄さんに頼まれてあなたの看病をしていました」
「…ここは月城家の屋敷なの?」
「はい、そうです。兄さんが回復するまで安全なここで休んで貰うようにと」
「…そう」
どうやら月城真琴に命を救われてしまったらしい。
肩の傷も塞がっておりほとんど痛みはなかった。
意識を失う寸前に感じたあの安らぎは、おそらく月城真琴の治癒魔術だったのだろう。
解体屋を倒し、火炎使いから私を救った月城真琴はそのまま私をここに運び込んだ。
私は敵に命を救われるという醜態を晒し、寝顔まで見られてしまった。
「〜〜〜っ」
羞恥で顔が熱くなる。
「あ、あの……姫路先輩?まだどこか痛いのですか?」
月城真琴の妹……月城円香が心配そうに聞いてくる。
「いいえ…もう大丈夫よ」
私は首を振ってそれからベッドから出た。
敵の魔術師にいつまでも厄介になるわけにはいかない。
私なりにケジメをつけ、向こうが要求するのなら命を救ってもらった対価も差し出した上で、一刻も早くここを去らなければ。
「ん?なんだ、姫路。もう起きたのか」
私がベッドから出て立ち上がったタイミングで、月城真琴が姿を見せた。
「…っ!?」
ドキリと鼓動が高鳴る。
なぜかわずかに痛く、それでいて心地いいような感情を胸の中に覚え、頬が熱くなる。
月城真琴の顔を直視することができない。
私は思わず視線を明後日の方向へ逸らした。
「まだ顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃないか?体調がすぐれないのならもう少し寝ていたらいいだろう」
「そ、その必要はないわ」
「そうか」
「…っ」
なぜだろう。
鼓動がバクバクとなっていてうるさい。
言わなくてはならないことが山ほどあるはずなのに、口を開くのが恥ずかしく感じてしまう。
月城真琴を直視するのがどうしてだか、とても照れくさい。
月城真琴の碧目に見下ろされるだけで、身体中が熱くなってしまう。
私は一体どうしてしまったのだろう。
「兄さん」
「円香。看病ご苦労だった。俺が引きつごう」
「はい…わかりました、兄さん」
月城円香が私と、それから月城真琴のことを見て首を傾げた後、部屋を出ていった。
月城真琴が私の前にやってくる。
私は思わず俯いてしまう。
「どうした?なぜこっちを見ない?」
「…別に」
「体の方はもうなんともないのか?」
「…ええ」
「その服はどうだ?円香のものなんだが窮屈ではないか?」
「…服?」
言われて私は自分の服を見た。
可愛らしい花柄のワンピース。
私のものではない。
私はいつの間にか着替えさせられていた。
「こ、これ…!?どういうこと…!?」
私は動揺し、自らを庇うように体を抱く。
羞恥で顔に熱が籠る。
「い、いや…違うからな…?着替えさせたのは円香だからな…!?妙な勘違いを起こすなよ…!?」
「〜〜〜っ」
慌ててそんなことを言う月城。
私は恥ずかしさに耐えかねて手を出しそうになるが、なんとか堪える。
今目の前にいる男は、私の命の恩人なのだ。
命の恩人に敬意も払えないようでは、姫路家の名が廃る。
「そ、そんなことわかっているわ……あなたには私の裸を見る度胸もないだろうし…」
「…ど、度胸がないみたいに言われるのはアレだが、まぁそういうことだ…」
感謝を伝えたいはずなのに、なぜか貶すような口調になってしまう。
私は素直になれない自分の性格をこの時ばかりは少し疎ましく思ってしまう。
「あ、ありがとう…」
何はともあれ礼を言わなければと、私は俯いたままなんとかそれだけ搾り出した。
「命を助けてくれて…ありがとう。あなたがいなければ私はあそこで死んでいたわ」
「…ふん。素直になれるじゃないか」
「…っ」
「ま、俺としてはただ気まぐれで助けてやっただけだがな?勘違いするなよ?俺とお前は敵同士。次会った時は魔術王を目指すライバルだからな?」
「…わかっているわよ、そんなこと」
「ならいい。体が治ったのならもうどこへでも行くがいい」
「…ええ、そうするわ」
私は月城真琴に敗れて血だらけになった制服を渡されて、よろよろと歩く。
もっと伝えたいことがあるはずなのに、なぜか口にできない。
素直になれない自分の性格が本当にもどかしい。
もっと素直に感謝の気持ちを述べられたらどんなにいいか。
あの時……命を諦めた時に月城真琴が助けにきてくれて、それがどんなに嬉しかったか。
言葉にして伝えたかった。
けれど、口にできない。
私はそのまま月城真琴とすれ違い、部屋を出てしまった。
「はぁああああああ…」
自宅へと戻った私は長いため息を吐いた。
ベッドに身を横たえて、ぼんやりと天井を見つめる。
時刻はもうじき明け方というところまで進んでしまっており、窓の外はうっすらと明るくなっている。
「今日はサボりね…」
この様子では学校に行くのは無理だろう。
私は学校を休むことにした。
「…」
ゴソゴソとベッドに入り、毛布をかぶって目を閉じる。
でもなかなか寝付くことができない。
『俺はお前に死なれちゃ困るんだよ、姫路』
「〜〜っ」
頭の中で繰り返し月城真琴の声が流れる。
私のために火炎使いと対峙する月城真琴の立ち姿を思い浮かべるだけで、鼓動が高鳴り、顔が熱くなる。
私は本当にどうしてしまったのだろう。
「あんなやつ…ただの軽薄なやつじゃな
い……助けたのだって気まぐれよ…そうに決まってる…」
何度も何度もそう言い聞かせて眠ろうとするのに、頭の中では月城真琴のセリフが繰り返し流れ続けていた。
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