第35話


月明かりに照らされた夜道を俺は急いでいた。


目的地は椚ヶ丘高校。


原作通りなら今日そこで魔術大戦が大きく動くことになる。


主役は四人の魔術師。


姫路渚と日比谷倫太郎。


そしてそれぞれ解体屋、火炎使いというコードネームで呼ばれている魔術師だ。


解体屋と火炎使いは、姫路渚を倒すために手を組んでいる。


彼らは姫路渚を罠にかけ、殺すのが目的だ。


日比谷倫太郎は、偶然忘れ物をとりに椚ヶ丘高校へ引き返したところで、罠に嵌められ殺されかける姫路渚を目撃し、助ける。


二人は共闘し、解体屋と火炎使いの弱点を看破して勝利する。


原作通りならそんな感じでことが進むはずだ。


けれど俺は全くその通りに物事が運び、姫路渚が救われるのか不安だった。


この世界の日比谷倫太郎は、原作のシナリオ

から完全に逸脱した行動をとるからだ。


同じ部活のヒロイン、花村萌を見捨てた日比谷倫太郎なら、もしかしたら姫路渚をも見捨てかねない。


俺はそれが心配で、ことの成り行きを見届けるために椚ヶ丘高校へと足を早めていた。


「…!もう始まっているのか…!」


夜道を急ぐことしばらく、ようやく前方に椚ヶ丘高校の校門が見えてきた。


周囲に人の気配はない。


おそらく誰かが人払いの魔術結界を張ったのだろう。


グラウンドから人と魔力の気配がする。


すでに戦いは始まっているようだ。


「闇の魔術第一階梯……強化」


俺は身体能力を魔術によって強化し、校門を跳躍する。


学校の敷地へ通りたち、グラウンドへと向かって走った。


「おいおい、ちょっと待てよお前ら。何俺の

女に乱暴しようとしてんだ?」


「…!」


グラウンドから軽薄な声が聞こえてくる。


俺は足を止めて物陰から様子を観察した。


聞こえてきたのは、日比谷倫太郎の声だっ

た。


どうやら姫路渚を見捨てることはなく、ちゃんとシナリオ通りに現れたらしい。


姫路渚はすでに窮地に陥っているようで、肩から血を流し、膝を尽かされていた。


そして姫路渚を取り囲んでいるのは解体屋と火炎使いの二人の魔術師だ。


なんとか間に合ったか、と俺は胸を撫で下ろす。


姫路渚はすでに負けかけているようだが、ま

だ生きている。


俺はいざとなったら即座に介入できるよう魔術の準備をした上で、様子を見守る。


「ちょっとぉお…今いいところなのに〜…誰なのよぉ…」


「あん?なんだこいつ…」


突然乱入してきた日比谷倫太郎に、解体屋と火炎使いの戸惑った声が聞こえてくる。


日比谷は緊張した場にそぐわない軽薄な態度と声で、好き勝手に喋りまくる。


「やっぱり男としてさぁ?可愛い子が殺されそうになっていたら見過ごせないよね。だから助けにきたんだ。俺ってかっこいい?」


姫路渚に対して恩を着せるのも忘れない。


もちろん原作では日比谷倫太郎はこんな態度ではなかった。


二人の魔術師との邂逅に動揺し、最大限警戒をしながら姫路渚を助け出すことを考える場面だ。


だが、俺の視線の先にいる日比谷倫太郎のヘラヘラとした顔には、そのような緊張感や恐怖のようなものが全くなかった。


「こんな気持ち悪いやつ、コレクションにも加えたくないし〜…さっさと殺しちゃえば〜」


「そうだな。邪魔者は殺すか。どのみち目撃者を生かしておくつもりもない」


軽薄な態度を取り続ける日比谷倫太郎に、痺れを切らした魔術師二人が殺気を放つ。


姫路渚の前に日比谷倫太郎を殺す方針に切り替えたようだ。


だが、日比谷倫太郎は二人の魔術師の標的にされてなお、全く焦る様子を見せない。


相変わらず余裕綽々の笑みを浮かべたままだ。


「おい、解体屋ぁ。俺は知ってるんだぜぇ?その中だろぉ?お前の魔核はよぉ」


殺気を放つ解体屋に日比谷倫太郎が、側の箱を指差しながらそういった。


解体屋の動揺が伝わってくる。


「…やはり気づいたか…いや、むしろ最初から知っていたような…」


驚きはなかった。


日比谷倫太郎が解体屋の弱点……箱の中に隠された魔核の存在に気づくのは原作通りだ。


奇妙なのは日比谷倫太郎に全く考えるようなそぶりがなく、むしろ最初からそのことを知っていたような態度であることぐらいだが…


「お前は手術で魔核を体外に移したんだ。いざとなった時に魔核を破壊されないようになぁ……けど、魔力の供給を受けなければいけないから常にその箱は肌身離さず持ち歩かなければならない……それがお前のカラクリだ。つまり、魔核の入ったその箱がお前の弱点ってことだぁ!!」


「な、何者なのよあんたはぁあああああああああああ!?!?」


自らの切り札を完全に見破られ、悲鳴をあげる解体屋。


日比谷倫太郎は自信満々で解体屋に対して攻撃を仕掛けた。


「死ねぇええええ解体屋ぁああああああああああああ」


日比谷倫太郎の魔術が発動した。


乾いた切断音が夜の静寂を切り裂いた。


おそらく箱の中の魔核を狙った攻撃だろう。


だがあまりに威力に欠けているように思えた。


あれでは致命傷とはならないだろう。


「ぐ…痛ったいわねこの小僧ぉおおおおおおおおおお!!」


「え…あれ?俺今魔法使ったよな…?」


案の定、日比谷倫太郎の魔術は解体屋の魔核を破壊するには至らず、解体屋はいたそうに体を押さえながら立ち上がる。


あいつ何やってんだ…。


俺は日比谷倫太郎の魔術の威力の低さに呆れていた。


日比谷倫太郎の軽薄な笑みが剥がれ落ち、明らかに動揺しているのが窺える。


「お、おい…なんで起き上がれる…?俺はお前の魔核を攻撃したよな…?」


「あんなチンケな魔法で私の魔核が破壊されるはずないだろうがぁあああああ死ぬほど痛かったけどなぁああああああああ」


「ひぃ!?」


ブチギレた解体屋に、日比谷倫太郎が悲鳴を漏らし、逃げ腰になる。


「お前は許さん……絶対苦しめて殺してやるぅううううう……雑魚の分際で私の魔核に攻撃しやがってぇえええええ」


シャキシャキシャキシャキシャキシャキ…!


「…っ!?」


解体屋がハサミを持って日比谷倫太郎に襲いかかった。


日比谷は一度だけ姫路のことを見た後、迷うことなく踵を返し、そのまま一目散に自分だけ逃げ出した。


「ちょ、おいおい!?何してる!?」


俺は思わず立ち上がって、そんな声を漏らした。


お前が姫路を助けなくてどうする主人公!?

何敵前逃亡してんだ…!?


「てめぇ逃げんじゃねぇえええええええええええええええ女助けんじゃなかったのかこの嘘つきがああああああああ」


「ひぃいいいいいいいいいいい!?!?」


日比谷倫太郎と解体屋がこちらに迫ってくる。


「あーくそっ…本当に手のかかる主人公だよなぁ、お前は…!」


日比谷倫太郎がまたしても役立たずだったことに呆れた俺は、悪態を吐きながら物陰から出ていく。


「うおおおおお!?!?」


いきなり現れた俺に日比谷倫太郎は驚きながらも、そのまますれ違って逃げていってしまった。


「退きなさいよそこ邪魔ぁああああああああああああああああ」


完全に理性を失っている解体屋が、俺に向かって一直線に突進してくる。


「悪いな解体屋。ヘタレ主人公に変わって今度は俺が相手だ」


「あ…?」


「闇の魔術第四階梯……魔銃」


ダァアアアン!!!


「ぎゃああああああああああああ!?!?」


悲鳴が響き渡る。


俺の放った魔力の弾丸によって魔核を撃ち抜かれ、破壊された解体屋の断末魔の悲鳴が周囲に響き渡る。


そのまま解体屋は目や口や鼻から血を吹き出し、もがき苦しみながら死んでいった。


「悪いな。けど、いきながら手足を切られたお前のコレクションたちの方がもっと苦しんだと思うぜ」


酷い最後だったが、こいつがしてきたことを知っている俺の心が痛むことはない。


俺は解体屋の死体を乗り越え、その先にいる火炎使いと姫路渚の元へと向かったのだった。




「ふぅ…なんとか終わったな…」


魔術の炎で解体屋の死体を燃やし、証拠を隠滅した俺は、意識を失っている姫路渚を担いで歩く。


すでに肩の傷は治療した。


時間が経てば、完全に回復し目を覚ますだろう。


火炎使いはどこかへと逃げた。


原作でも火炎使いは痛手を負いながら生きながらえる展開なのでまぁそれはいいだろう。


とにかく姫路渚を助けることができて本当によかった。


主人公がまさかの敵前逃亡しやがったからな。


様子を見にきて本当に正解だった。


もし俺がこの場にいなかったら情けない主人公に見捨てられた姫路渚は、二人に殺されて魔術大戦から脱落していただろう。


「安心しろ。もう大丈夫だ」


「んぅ」


腕の中で姫路がモゾモゾと動く。


その寝顔はとても安らかで、月明かりに照らされて信じられないほど魅力的に見えた。


「月城…くん…」


「…っ」


意識的かそれとも無意識にか、わずかに開いた口が俺の名前を呼ぶ。


俺はドキドキする胸の高鳴りをなんとか押さえて、姫路渚を担いだまま夜の椚ヶ丘高校を後にしたのだった。

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