第34話


「月城真琴だと…!?なぜお前がここにいる…!?」


火炎使いが同様する。


日比谷倫太郎と違い、月城真琴は魔術界にそれなりに名の通った魔術師のためか、警戒するように二、三歩後ずさる。


月城真琴は魂喰いと対していた時のような自信気な笑みを浮かべて、火炎使いを見据えている。


「どうしてあなたがここに…?」


私は思わずそう尋ねていた。


一瞬、月城の顔を見た瞬間に安堵を覚えた自分が情けなかった。


「事情を詳しく話してやる義理はねぇな。ただ……俺はお前に死なれちゃ困るんだよ、姫路」


「…!?」


ドクンと鼓動が高鳴った。


なぜかこんな時だというのに頬が熱くなる。


恐怖を感じているわけでもないのに胸の動悸が激しくなっていく。


どう表現していいのかわからない気持ちが私の中に芽生えるのを確かに感じた。


「どういうことだぁ、月城真琴。お前まさか姫路渚と手を組んだのか…?」


「そういうわけじゃないんだが、諸事情により俺は姫路渚に死なれちゃ困るんだ。だからお前に姫路渚を殺させないためにこうしてわざわざ出てきてやったんだ」


「…ちっ…どうしてこう次々と乱入者が……計画がすっかりパーだぜ」


「姫路渚を解放しろ、火炎使い」


「はっ、やなこった。少しでも動いてみろ、こいつの頭を吹っ飛ばすぜ」


火炎使いが私を人質に月城真琴を脅す。


「も、もう一人いるわ…!」


私は必死に月城真琴に警戒を促した。


「ここにはもう一人……解体屋という魔術師がいるの…気をつけて…!」


「うるせぇ、喋るんじゃねぇ…!」


「きゃっ!?」


火炎使いにこめかみを蹴り飛ばされ、私は地面に転がる。


「おい、姫路渚に手を出すな」


「動くな、月魄真琴。少しでも動いたら、姫路渚を殺すからな」


「やってみろ。そうなる前に俺がお前の魔核を破壊してお前を殺してやる」


「早さ比べか?……面白い賭けかもしれないが悪いな。援軍を呼ばせてもらうぜ。おい解体屋!!さっさと姿を見せろ!!!」


火炎使いが月魄真琴の背後の闇に向かって呼びかける。


シーン…


返事はなかった。


「お、おい…!?解体屋!?何をしている!?月城真琴が現れたんだ…!早く援護しろ…!おい、解体屋…!」


「無駄だぞ」


月城真琴が平然といった。


「解体屋はすでに死んでいる。俺が殺したんだ」


「は…?」


ぽかんと口を開ける火炎使いに、月城誠が淡々と言った。


「箱の中の魔核を破壊した。もう生きてはいない」


「冗談、だろ…?」


呆然とする火炎使い。


だが、どれだけ待っても解体屋は現れることはなかった。


火炎使いは、額からダラダラと汗を流し始める。


「て、てめぇ…やりやがったのか…」


「お前も同じ目に会いたいか?火炎使い」


「…やってみろ。お前の魔術が俺の魔核を破壊するより早く、絶対に姫路渚を殺してやる…」


「そうか。まぁ早さ比べがしたいなら止めはしない。俺は魔術の発動速度でお前を上回る自信がある。しかし……今ここでお前をどうしても殺したいわけじゃない。俺は姫路渚さえ無事ならそれでいいんだ」


「どういう意味だ?」


「取引をしよう。姫路渚を見逃せ。そうすれば、俺もお前を殺さない」


「信用できるか」


「信用するしかないさ。どのみち姫路渚を殺せば、俺はお前を殺す。お前がここから生きて帰るためには、姫路渚を見逃すしかない。そのほうが、俺も無駄な殺しをせずに済む。お互いにウィンウィンな選択だと思わないか?」


「…お前が俺を殺さない保証はどこにある?俺が姫路渚から離れた瞬間に俺を殺すつもり

かもしれないだろう」


「そこに関しては俺を信用してもらうしかないな。そうするより他にどうしようもない」


「…っ」


火炎使いが逡巡する様子を見せる。


「…わかった。お前を信用しよう」


「助かる」


火炎使いが少しずつ私から距離を取り始める。


月城真琴は何もしないことをアピールするかのように両手を上げたままだ。


「あばよ」


サッと踵を返し、火炎使いが夜の闇に消えていった。


「ふぅ…」


月城真琴が安堵の吐息を漏らした。


「やれやれ…ギリギリだったな」


「ぁ…どうして…私を助け…」


「喋るな。今治療する」


月城真琴が魔術を使った。


傷が癒え、痛みが引いていく。


「ぁ…」


体が地面から持ち上げられる感触がしたのを最後に、私は意識を落としたのだった。





「なんでだよ!?なんでだよなんでだよなんでだよ!?」


疑問の叫びを上げながら、俺は夜道を逃げるように走っていた。


一体何が起こっているのかわからない。


混乱して、思考が定まらない。


どうして俺は姫路渚を救えなかった?


どうして解体屋を倒せなかった?


俺の魔術は確かに解体屋の魔核を捉えたはずだった。


しかし、解体屋はそれでもなお生きていた。


俺の魔術は解体屋の魔核を破壊するに至らなかったのだ。


どうしてそうなったのか理由がわからなかった。


俺は主人公のはずだろ?


この世界の主役のはずだろ?


あそこでかっこよく姫路渚を救い出して、姫路渚が俺に惚れるのが本来のシナリオのはずだろ…?


どうしてそうならなかった?


世界の修正力は?


俺の主人公力は?


これじゃあ、シナリオが完全に破綻だ…!


一体何がどうなってる…!?


「くそくそくそくそ…どうしてこうなるんだぁあああああああああ」


俺は見捨てた姫路渚のことや、最後にすれ違った気がした月城真琴のことも忘れて、ただひたすら家に向かって逃げ帰るのだった。

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