第28話


「へへへ、なんだよ、姫路渚。この俺に何かようか?もしかして昼食の誘いか?お前もようやくその気になってきたのか?」


なんだか虚しくなりながらも俺は姫路渚の前で月城真琴を演じる。


原作シナリオが壊れつつあることを鑑みるにこんなことをして意味があるのかと自問したくなるところだが、まぁ念のためというやつだ。


一応今まで月城真琴を演じてきたわけだし、いきなりガラリと性格が変わるのは違和感が半端ないからな。


「そういうのではないわ。勘違いしないでもらえるかしら」


姫路渚は相変わらずぶっきらぼうにそういった。


きっと俺を睨みつけ、好意なんて1ミリもないことを感じさせてくれる冷たい視線で俺を射抜く。


「あなたに話があるの。人がいないところに行きましょうか」


「どういうことだ?」


「いいからついてきなさい」


「…」


有無を言わさぬ姫路渚の口調に俺はついていくしかなかった。


逆らったらこの場で魔術戦でもおっ始めかね

ないような剣幕だった。


廊下をすれ違う生徒たちが、姫路渚と月城真琴が並んで歩くという珍しい組み合わせにあからさまに振り向いて首を傾げている。


ツカツカと早足気味に歩いた姫路は、階段をどんどん登っていく。


そうして俺たちがやっていたのは、入るのに許可がいるはずの校舎の屋上だった。


入り口の扉は、鎖でぐるぐる巻きにされて硬く閉ざされている。


「白魔法第一階梯……解除」


チャリン……


姫路渚が魔術を使った。


鎖が解けて屋上へ続く扉が開かれる。


「おい…いいのか?」


当然のように魔術を発動した姫路に俺は驚く。


「ここ学校だぞ…?」


「だから何よ。誰も見ていないんだからいいでしょう。私たちはお互いが魔術師なのを知っているわけだし、問題ないでしょ?」


「それはそうだが…」


「早くしましょう。それほど時間もないのだし」


そう言って迷うことなく扉を開けた姫路がズカズカと屋上へ入っていく。


俺も慌てて後に続く。


「気をつけなさい。あんまり手すりの近くに

よらないで。誰かに見つかって教師にちくられたら面倒だわ」


「わ、わかった」


俺たちはなるべく下から見えないように屋上の中央で向かい合った。


「それで…?」


俺は腕を組んでこちらを睨みつけている姫路に尋ねた。


「話ってなんだよ」


「…」


姫路は数秒間、まるで俺の中の何かを探り出そうとするかのようにこちらを見ていたが、一度瞑目し、それから徐に口を開いた。


「どうして花村さんを助けたの?」


「…!?」


いきなりそんなことを言われて俺は動揺した。


どうしてそれを姫路が知っているのだろう。


花村が姫路に話したのだろうか。


いや、花村は誰にも口外しないと約束してくれた。


あいつは約束を破るタイプではない。


となると、あの日姫路もあの場にいたのか。


それは考えられそうだ。


本来あそこには日比谷倫太郎がいるべきだった。


だが魂喰いと戦ったのは俺で、俺は独力で魂

喰いを撃破した。


だから介入するはずだった姫路渚はあの場にいたにも関わらず姿を現すことはなく、そのまま気配を消して俺のことを観察していたのか。


そう考えれば、姫路渚が俺が花村を助けたことを知っていたとしても不思議ではない。 


「見ていたのか」


「ええ」


姫路渚はあっさりと認めた。


やはり姫路渚はあの日あの場にいたのだ。


「あの日私も偶然あの場に居合わせた。そしてあなたがあの外道魔術師を倒したのを見た。翌日、行方不明だった花村さんが帰ってきた。あなたが助けた以外に考えられないわ」


「趣味が悪いなぁ…姫路渚。覗き見か?ひょっとして俺のことをストーカーしてたんじゃないだろうな?そんなに俺のことが好きなのか?」


「話をはぐらかさないで。なぜ花村さんを助けたのか答えなさい」


姫路渚は俺の軽口を一蹴する。


さらに余計なことを言えば、魔術で攻撃してきそうな威圧感だ。


「あなたにとって花村さんなんてどうだっていい存在のはずよ。むしろ魔術大戦が始まる前にあの外道魔術師と戦ってリスクを犯すことはあなたにとってなんのメリットもないはず。それなのに、どうして魂喰いと戦うようなことを?」


「はっ、俺が花村萌を助けるために魂喰いと戦ったと本気で思っているのか?だとしたらおめでたいとしか言いようがないぜ、姫路渚。俺はただ降りかかってきた火の粉を払っただけに過ぎない」


「どういうこと?」


「たまたまあそこを通りかかったら魂喰いが襲いかかってきたもんでな。腕試しに戦ってみたのさ。結果はお前もみた通り、魂喰いはなすすべなく俺に倒された。ククク。やっぱ俺様最強?魔術王になるのも時間の問題だと思ったね」


「…」


一応俺の話に筋は通っているはずだが、姫路はまだ納得していなさそうな表情だった。


「それならどうして花村さんを助けたの?」


「ついでだよついで。恩を売ったのさ。命を助けてやれば、俺の思い通りに動くいい駒として使えるかもしれないだろ?」


「…駒?花村さんが?」


「ああ、そうだ」 


「…わからないわね。魔術師でもない花村さんなんてほとんど利用価値はないでしょう。肉壁にすらならないわ。あなたの行動原理がわからない」


「う、うるせーな。気まぐれだよ。ってか、お前に色々説明してやる義理はねー。これは作戦なんだよ。賢い俺にしかわからない高度な作戦だ…!」


「作戦、ねぇ…」


「だいたい、お前もなんであの場にいたんだよ。一体何をしに真夜中の街をほっつき歩いていたんだ?」


「わ、私は…」


一瞬姫路渚が言い淀む。


何か言い訳を考えるように明後日の方向を見た後、明らかに嘘とわかる調子で言った。


「も、魍魎狩りよ…ただ、魔術師としての本来の役目を果たしていただけ」


「ふぅん、本当かぁ…?」


「ほ、本当よ」


「へぇ、そうか」


「…何よその目は」


「いや、冷たいように見せかけているお前がまさか花村萌を助けるために魂喰いを探してたなんてそんなことがあるはずないよなぁと思っただけだ」


「…!?」


「ま、あの合理的な姫路渚がそんなことする

はずないよなぁ…?」


「す、するはずないでしょう…?変なこと言わないで」


姫路渚がプルプルと震える。


いかん。


揶揄うのがついつい楽しくなってしまった。


しかし、姫路渚、結構攻められるのには慣れていないんだな。


これはいい収穫かもしれない。


これから姫路渚と対する時には常にこのことを覚えておこう。


「ま、それはいいだろう。で、話ってのはそれだけか?」


「いいえ、まだあるわ。あなたの闇魔術についてだけどあれは一体…」


キーンコーンカーンコーン……


姫路がさらに何かを言いかけた時、ちょうど昼休み終了を告げる鐘が鳴った。


俺は内心ほっとしつつ、口元に不適な笑みを浮かべる。


「時間だな」


「…ちっ」


悔しそうな姫路渚に俺は手を振る。


「また今度な、姫路渚。今度は昼食でも一緒に食べようぜ?お前の手作り弁当を俺のために作ってきてくれるならもっと話してやってもいんだぜ?ククク…それじゃあな」


「…」


何かきつい言葉でも帰ってくるかと思ったが、姫路渚はじっと俺のことを見つめるだけだった。


「…?」


何か物足りなさを感じつつも、俺は姫路渚を置いて屋上を後にしたのだった。

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