第27話
授業中の教室に国語担当教師の眠たくなるような声が響いている。
大抵の生徒が退屈そうに授業を受ける中、俺はぼんやりと目の前の虚空を見つめながら昨日の出来事を思い返していた。
魔術大戦の開会式に現れた日比谷倫太郎。
自分の勝ちを確信したかのような去り際の笑み。
俺にとっては昨日あの廃教会で起こった全ての出来事が想定外であり、混乱の元となっていた。
色々不可解なことは多いのだが、ただ一つはっきりしているのは日比谷倫太郎に俺の知らないなんらかの変化が起こっていることだった。
思えば予兆はあった。
円香が作った弁当を断ったこと。
同じ剣道部の花村が行方不明になったにも関わらず他人事だったこと。
それらは全て日比谷倫太郎の性格を考えると、あまりに不自然な行動だった。
日比谷倫太郎というキャラクターは決して他人の好意を蔑ろにするような男でもなければ、周囲の人間が大変な目に遭っている時に他人事でいられるような男でもない。
どこまでも他人思いで、自分を蔑ろにしがちなお人よしキャラ。
それが日比谷倫太郎だ。
だが、この世界の日比谷倫太郎は、原作の日比谷倫太郎の性質とは明らかにかけ離れている。
この世界の日比谷倫太郎は原作の日比谷倫太郎と比べて、とても自分本位で自己中心的だ。
一体何が日比谷倫太郎にそんな変化をもたらしたのかは謎だが、日比谷倫太郎が俺が思い描いているような性格の持ち主でないことは確実だと思われる。
そうなってくると、色々問題も出てくる。
日比谷倫太郎の行動パターンが全く予想不可能になってしまうのだ。
日比谷倫太郎の性格が原作通りなら、その動きも非常に予想しやすいのだが、違うとなると、日比谷倫太郎が何をしようとするのか、俺には全く想定不可能になる。
日比谷倫太郎が、いつどこでシナリオから大胆にそれた行動を起こすのかわからないし、日比谷倫太郎のそんな行動によってこの世界にどんな影響がもたらされるのかも、全くわからなくなってくる。
そうなればシナリオ自体が暴走し、制御不能になり、大惨事に発展する可能性がある。
一応今の所、大筋ではこの世界も物語通りに進んでいるように思う。
日比谷倫太郎が助けたわけでは何にしろ、花村萌は生きているし、日比谷倫太郎は魔術大戦に参加することになった。
というか、あいつは一体どうやって魔術大戦の存在を知ったのだろうか。
花村萌を助けなかったあいつは、魔術師としての姫路渚に出会うこともなく、魔術大戦の存在すら知ることはないはずだった。
にも関わらずあいつは昨日魔術大戦の開会式の場に現れ、しかも俺や姫路渚が魔術師であることも理解していたようだった。
日比谷倫太郎はどうやって魔術に目覚め、魔術大戦の存在を知ったのだろう。
まさか俺の知らないところで姫路渚と接触したのだろうか。
何か、世界の修正力みたいなのが働いて、俺の知らないところで原作にない出来事が発生し、それを契機にしてあいつは魔術大戦の存在を知ることになったのだろうか。
わからない。
本当にわからないことだらけだ。
俺はこれから一体どうしたらいいのだろうか。
このまま月城真琴を演じていていいのだろうか。
だが、この世界はもはや原作のシナリオからかなりズレてきている。
そんな中で俺が月城真琴を演じることに、いったいどれほどの意味があるというのだろうか。
強くならなきゃな。
色々考えた末にますますそんなことを思った。
もはや日比谷倫太郎の性格が原作と違う以上、今後物語がどのように展開されるかわからない。
俺の目的は、まず悪役として惨めな死を迎える未来を回避すること。
そして妹である円香の安全を確保すること。
そのために、魔術王の地位が悪人の手にわたり、この街が、この世界が崩壊することも防がなくてはならない。
それを実現するためには、俺自身がとにかく強くなければならない。
幸いなことに、月城真琴の魔術師としてのポテンシャルは作品で一、二を争うほどに高い。
この間の魂喰いとの戦いで俺はそのことを確信した。
だからどの魔術師にも負けない強さを手に入れることは、不可能ではない。
円香を守り、世界の崩壊を防ぐために、俺は魔術師としてさらに強くならなければならない。
「それじゃあ、今日はここまで。来週小テストをするから今日までの範囲を復習しておくように」
そんなことを考えていたらいつの間にか午前の授業が終わっていた。
構内に鐘が鳴り響き、昼休みが始まった。
教室に一気に弛緩した空気が流れる。
「とりあえず腹ごしらえでもするか…」
授業は全く聞いていなかったが、色々考えて腹が減った。
もうじき円香が弁当を届けにくるはずだ。
今日はどんなメニューなのだろうと俺がワクワクとして待っていると、俄かに生徒たちがざわめきはじめた。
彼らの視線の先……教室の入り口を見てみると、そこに校内でも屈指の有名人物が立っていた。
姫路渚。
聡明さを窺わせる黒い瞳がまっすぐに俺のことを射抜いていた。
「え…俺…?」
俺は思わず自分を指さしてしまう。
姫路渚が頷いた。
俺は生徒たちに注目されながら、席を立って姫路渚の元へ向かった。
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