第26話


放課後。


家に帰ってみると、ポストの中に赤い封筒が入っていた。


「来てる来てる……ククク…」


その封筒を見て俺はニヤリと笑った。


これは魔術協会から送られてきた魔術大戦に参加するための招待状だ。


封筒には、魔術師にしか見えない魔術刻印というのが刻まれており、今夜行われる魔術大戦の開会式のためにこいつが必要になる。


「行ってくるかぁ…俺に負けるバカどもの顔を拝みにな…ククク…」


イベントをスキップしても世界の修正力が働き、俺の都合のいいようにシナリオが改変されることが分かったばかりなので別にこのイベントは無視しても良かったのだが、俺は今夜郊外にある廃教会で行われることになるであろう魔術大戦の開会式に参加することにした。


そこには姫路渚や月城真琴を含め、今回の魔術王の座をかけた大儀式に参加するあらゆる魔術師が集うことになっている。


彼らは日本全国、あるいは全世界のあらゆる魔術組織から集まった腕の立つ魔術師たちで、誰もが自分が魔術王になると信じて疑っていないような連中なのだが……俺にとっては物語を盛り上げるための舞台装置に過ぎない。


この世界の主人公は俺で、全ては俺を引き立てるために存在している。


いくら俺以外の魔術師が強かろうと、結局はこの戦いに敗北し、俺に魔術王の座を明け渡すことになる。


自分が負けるとも知らずに、自信満々に魔術大戦に参加してくるバカどものツラを俺は拝んでみたくなった。


「わざわざ俺に負けるために全世界から集まって、ごくろうなこった。ククク…」


俺は魔術師たちが敗北する時の顔を想像し、ニヤニヤしながら魔術大戦の開会式に参加するための準備を整えた。



それから数時間後。


俺は郊外にある寂れた廃教会へとやってきていた。


ここが魔術大戦の開会式の場として魔術協会によって選ばれた場所だった。


魔術協会ってのは今回の魔術大戦を取り仕切る監督役みたいな連中だ。


連中の認識では、日比谷家はもうほとんど途絶えたも同然の魔術の家系で、一応招待状は出したもののまさか俺がくるなんて思ってもいないと言った認識のはずだ。


ま、勝って魔術王になるのは俺なのだが。


「止まれ」


「招待状を見せろ」


「へいへい。これね」


教会の入り口を守っている門番たちに俺は、魔術刻印の刻まれた封筒を見せる。


門番たちは招待状を見ると、不審がりながらも俺を通してくれた。


俺が無名の魔術師だから戸惑っているのだろう。


きっと俺がこの魔術大戦に勝利して魔術王となるなんてつゆほども思っていないはずだ。


「おー、やってるやってる。これは、あれ

か?ギリギリ間に合ったか?」


教会のドアを躊躇なく開けると、もうそこに

ほとんどの魔術師たちが集まっているようだった。


魔術師たちの視線が一斉に俺に注がれる。


それらは全て、ゲームで何度も見た敵キャラの顔たちだ。


俺はこいつらの戦い方も、弱点も、そして末路も知っている。


そう思うととても優越感に浸れて俺はニヤニ

ヤを抑えるのに必死だった。


「すまん、監督役。魔術師のみんな。遅刻した。魔術大戦の開会式、どこまで進んだ?」


俺はそんなことを言いながら教会内に足を踏み入れる。


教会内にざわめきが広がる。


……誰だ?……

…魔術師か?……

……見ない顔だな……


そんな声があちこちに聞こえてくる。


まぁ俺は一応魔術界では無名だからな。


こいつ誰だ?みたいなそんな反応になるのも仕方ないと言える。


だがよ、バカな魔術師ども。


お前らの目の前にいるのは魔術大戦に勝利して魔術王になる男だぜ?


お前らは所詮、どんなに魔術の腕が立ったとしても、物語の盛り上げ役でしかないのさ。


「誰だねきみは」


監督役が俺にそんなことを聞いてきた。


「誰って、そんなの決まってるだろ。日比谷だよ。日比谷倫太郎。あんたが招待状を出したんだろ?これこれ」


やはり監督役は俺のことをしっかりと認識していないらしい。


まぁいいだろう。


魔術大戦が進むにつれてあんたも俺に一目置かざるを得なくなってくるだろうがな。


俺はそんなことを思いながら、魔術刻印の刻まれた赤い封筒を掲げて見せる。 

「日比谷……ああ、そうか。お前が日比谷か。終わりかけの魔術の家系の残りカスがやってきたのか」


おうおう、随分ないいようだなおい。


魔術王になった暁には覚えてろよ?


調子に乗れるのも今のうちだぞ、魔術教会のモブが。


俺は魔術王になったら、まず最初にこいつを魔術協会から追放しようと心に決めた。


「残りカスって何だよ。いっとくが、この戦いで勝ち残って魔術王になるのは俺だからな?あんまり偉そうな口を聞くなよ?」


「この街の魔術師には一応全員招待状を送っておいたのだが、まさかお前がくるとは思わなかったぞ、日比谷倫太郎。一応尋ねるが、これがどういう集まりかわかっているのか?」


脅すようにそんなことを言ってくる監督役。


分かっているに決まってんだろ。


最終的に俺が勝つようにできてるヌルゲーだよ。


「当たり前だろ。魔術大戦の開会式だろ?魔術王を決めるための」


「その通りだ」


「俺も参加させろよ。この手紙が来たってことはもちろん参加資格はあるんだよな?」


「もちろんあるにはある。しかし、正直いってお勧めはしない。君ははっきりいって半端者だ。どんな思惑があってこの戦いに参戦しようとしているのかは知らないが、君の実力では長くは持たない。ここに集まっているのは世界中から集まった腕の立つ魔術師ばかりだ。君のような半端者が首を突っ込むと、死よりも辛い目に合う事になるぞ?」


はっ、俺がそんなことになるわけないだろ。


原作知識がある俺には、今後の展開も、敵の弱点も全部お見通しなんだぜ?


しかもどじったとしても結局世界の修正力が働いて俺が勝つように物語が書き変わるんだよ。


「あー、そういうのいいから。さっさと開会式終わらせようぜ」


俺は面倒臭い監督役にさっさと話を先に進めろというジェスチャーをした。


「そうか。ならば勝手にするがいい」


監督役が俺のことを見透かしたように目を細めた後、そういった。


そしてそこから退屈なルール説明が始まった。


原作知識がある俺にはもちろん、全て既知のことだったので、俺は心底退屈しながら、説明が終わるのを待った。


「以上で説明は終わりだ。改めて魔術大戦の始まりをここに宣言する。全ての魔術師がここを出てから12時間後、戦いの火蓋が切って落とされる。そして戦いは、ここにいる魔術師の中から一人の勝者が出るまで終わることはない。他の魔術師たちを凌ぎ、最後まで生き延びたものに魔術王の地位が与えられる」


ようやくバカみたいに長かった説明が終わり、魔術師たちがゾロゾロと教会を出ていく。


俺がぼんやりと突っ立っている間に、教会内にいたほとんどの魔術師が出て行ってしまった。 


教会内を見渡すと、残っているのは俺と月城真琴、そして姫路渚の3人だけとなっていた。


「くぁああ…眠いな…」


俺があくびを噛み殺していると、姫路渚が歩

み寄ってきた。


「日比谷くん。どうしてあなたがここにいるの?」


「んあ?」


「私はどうしてここにあなたがいるのと聞いているの。答えなさい」


「どうしてって……魔術師だから?」


「答えになっていないわ。あなたはつい最近まで自分が魔術師の家系であることにすら気づいていなかったはず。それが一体どのようにして、魔術大戦の存在を知り、参加しようという気になったの?」


ああ、そうか。


俺がイベントをスキップしたから、姫路渚はまだ俺が魔術師としての力に目覚めてないと思っているのか。


本来なら花村萌を助けるイベントで、俺は魔術師として目覚め、姫路渚と共闘し、魂喰いを倒す。


その過程で姫路渚が俺が優れた魔術の素養を持っていることに気づき、俺に魔術大戦の存在を知らせる。


そんな本来の過程をごっそり省いたから、姫路渚にとっては俺がここにいるのが不思議でならないのだろう。


でもそれを一から説明するの、面倒なんだよなぁ。


「…うーん、説明するの面倒くさいなぁ」


「答えなさい」


「答えたら、俺とデートしてくれる?」


「はぁ…?」


おいおい、はぁ?とか言っちゃって。


本当は俺とデートしたいんだろ?


そのために俺にそっけない態度をとって俺の気を引こうとしているもんな。 


お前の気持ちは全部お見通しなんだぜ?


「デートしてくれるっていうなら質問に答えてあげてもいいけど」


「ふざけてるの?」

「いや、俺は真剣だけど」


「話にならないわね」


姫路渚が呆れたようなふりをしてあからさまなため息を吐いてみせた。


素直じゃないなぁ。


ま、そういうところも好きなんだけどよ。


「あなた、死ぬわよ。自分が何をしたのかわかっているの?」


「死なないよ、俺は」


「いいえ、死ぬわ。魔術大戦は最強の魔術師が命を賭けて戦う儀式なのよ。あなたみたいな大した実力もない魔術師が参加していいような代物じゃない。命が欲しいなら今すぐにあの監督役の男に命乞いをして、参加資格を取り消してもらいなさい」


なんだこいつ。


そんなに俺のことが心配なのか?


大好きな俺に魔術大戦で負けて死んでほしくないと?


ったく、可愛いところがあるじゃねーか。


でも安心しろよ、姫路。


俺はこの世界の主人公だからな。


どうなろうと死んだりしねーんだよ。


「それって俺が怖いってことか、姫路」

 

「はぁ…?」


俺は素直じゃない姫路をちょっと揶揄ってやることにした。


「俺と戦うのが怖いからそんなことを言うのか、姫路渚。もし俺と戦う事になったら勝てないかもしれないから俺を勝負から下ろそうと?」


「そんなわけないでしょう?気でも狂っているのかしら?私は忠告しているのよ。一応の顔見知りとして、命を粗末にするべきじゃないとわざわざ親切に教えてあげているの」


「そうか。だったとしたらそれは余計なお世話ってやつだな」


「……ええ、どうやらそのようね」


「勝つのは俺だ。けど、俺はお前を殺すつもりはないぜ姫路。何なら共闘するか?お前が望むなら一緒に戦ってやらないこともないぞ」


どうせそうなる運命なんだからよ。


だったら今からでも共闘しようぜ、なぁ、姫路。


「よくわかったわ」


「…何が?」


「あなたが救いようのない馬鹿だと言うことが」


そういった姫路は怒ったようにツカツカと歩いて行ってしまった。


そのままバタンと扉の閉まる音がして教会から姿を消す。


「はぁ…面倒臭い女だよな」


「…」


俺は肩をすくめた。


ったく、本当に素直じゃないよな。


でも、そこがまたいいというか。


最初っから好感度マックスのヒロインとかつまらないからな。


これから少しずつデレていく姫路渚を楽しむのもまた一興ってやつだ。


「どうせいずれ俺のものになるのに……はぁ。デートはしばらくお預けか」


「…」


わざと月城の聞こえるように言ったのだが、月城は黙ったままだ。


姫路が俺にだけ話しかけたのが悔しいのかもしれない。


「そんじゃ、また明日学校で会おうぜ、月城」


とりあえず俺に負ける予定のバカな魔術師たちの顔を拝むという目的は達成した俺は、教会を立ち去ろうとする。


「待て」


月城が俺を呼び止めてきた。


「ん?なんだよ」


「日比谷……お前、正気か?」


「あ?何が?」


「本気で、勝てると思っているのか。姫路に。俺に。他の魔術師たちに。この魔術大戦を生き抜いて、魔術王に自分がなれると?」


あ?何言ってんだこいつ。


勝てるに決まってんだろ。


お前だって俺に負けるんだぜ?


プライドも何もかもへし折られて、姫路も妹の円香ですらも俺のものになって、お前は無様に敗北するんだよ。


「当たり前だろ」


「…っ!?」


だから俺は月城に言ってやった。


「俺はこの魔術大戦に勝つ。魔術王になるのはこの俺だ。そうなるように出来てんだよ」


真実を突きつけてやった。


この物語の主人公は俺であり、俺が勝つようにできていることを仄めかしてやった。


月城は驚いたのか唖然としている。


満足した俺は、そのまま月城を放っておいて教会を後にしたのだった。

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