第22話


この世界が前世でハマったゲーム『魔術大戦』の世界であることに気づくのに、俺は十分とかからなかった。


気づいた時には思わず「ひゃっほう!」と叫んでいた。


なぜなら自分が数いる『魔術大戦』のキャラクターの中でも一番あたりの主人公、日比谷倫太郎に転生したことがわかったからだ。


鏡の中に映る何度も見た主人公の顔を見て、俺はニヤリと笑った。


最高だ。


これで薔薇色の人生は約束されたも同然だと思った。


なぜなら俺は主人公。


この世界の中心であり、主役だ。


この世界には俺のために用意された可愛いヒロインたちがいて、そいつらは最初っから俺に対して好感度がめちゃくちゃ高い。


だから俺はその気になれば、ヒロインたちをすぐにものにできるというわけだ。


初期から好感度が高いヒロインとならば体の関係にだってなれるだろう。


最初っから好感度が高くないヒロインについては、好感度を上げるという面倒くさい作業が必要になるわけだが、それもそこまで難しいことではない。


なぜなら俺には原作知識があるからだ。


この世界で起こることは全て把握済みだ。


ヒロインの好み、いつどこで何が起こるのか、敵キャラの容姿や必殺技、弱点。


全てを知っている俺はまさしくこの世界で未来予知者のように振る舞える。


ヒロインを自分のものにすることなんて造作もないことだし、この作品のメインである魔術大戦という戦いを勝ち抜くことだって簡単なはずだ。


前世では彼女いない歴=年齢の低収入のモブだったが、この世界では最高のリア充人生が

約束されたも同然だ。


俺はそのことに気がついた瞬間、家の中で小躍りした。


奇声を発したり、その場で逆立ちしたりし

た。


こんなことをしても全く恥ずかしくない。


なぜならこの家には俺以外に誰もいないからだ。


確か両親は日比谷倫太郎が幼い頃に死んでいて、日比谷倫太郎は親の残した遺産を使いながらこの家で一人で暮らしているという設定だったはずだ。


こういう物語にありがちなご都合主義設定だな。


今の俺にとってはありがたい。 


両親がいないとなれば、誰に邪魔されることもなくヒロインとか家に連れ込みたい放題だからな、ぐへへ。  


「とりあえず学校行くか」


自分が日比谷倫太郎だということに気がついた俺は、とりあえず学校に行く事にした。


確か椚ヶ丘高校とかいう名前だったはずだ。


何度もプレイしたゲームなので、マップも頭の中に入っていた。


いざ椚ヶ丘高校についてみると、知っている

顔が三つほどあった。


一つは姫路渚。


このゲームのメインヒロインで俺が一番好きなキャラでもある。


このキャラの二次創作は寝る間を惜しんで読んだし、頭の中でいろんな妄想をしたりもした。


そんなヒロインが現実の生身の人間として目の前にいる。


その事によだれが出そうだった。


他には、月城真琴ってやつとその妹の月城円香ってやつもいた。


円香の方はヒロインの一人で、兄の真琴の方はいわゆるかませ犬ってやつだ。


こいつは主人公である日比谷真琴に対して何かと突っかかってくるやつだ。


いかにも小物っぽい口調で何かと絡んでくるんだが、結局最後には主人公に負けて死んでしまうわけだ。


こいつが死んだ時のカタルシスは半端なかったな。


初見プレイ時は思わずざまぁああああああああああああと叫んでいた。


この世界でもいずれ同じことが思うと今からニヤケが止まらんな。


そして妹の円香の方は俺のことが好きなヒロインの一人だ。


初期からかなり好感度が高く、確か手作り弁当を毎日作って俺に持ってきてくれるっていう設定だったな。


だが正直いって俺はこのヒロイン、あんまり好きじゃないんだよなぁ。 


外人顔だし、胸も大してデカくないし。


ま、姫路渚の攻略を最優先して、暇があったら相手してやる程度でいいか、こいつは。


とにかく今は姫路渚だ。


多分もうそろそろしたらあのかませ犬が、馬鹿みたいに姫路渚に付き纏うだろう。


姫路渚は大嫌いな月城真琴に付き纏われて、嫌がるはずだ。


そこを颯爽と俺が助ける。


そういう展開なのだ。 


さあ、かませ犬くん、自分の役割を果たしてくれよ?



「おはよう、姫路。今日も綺麗だな。みんながお前に見惚れてるぜ」


「…もう話しかけないでってこの間言わなかったっけ?」


ほらきた。


やっぱり話しかけた。


そしてみろ、姫路渚の顔を。


明らかに月城真琴を嫌ってるって顔だ。


誰がどう見ても嫌悪の表情なのに、馬鹿な月城真琴は気がつかないんだなこれが。


ま、噛ませ犬だから当然か。


さて、そろそろ颯爽と登場して姫路渚を助けてやるか。


朝から絡んでくる面倒なかませ犬くんから助けてやれば、姫路の好感度もどんどん上がっていくはずだ。


そして好感度が上がりきったところで誰もいない家に誘い込んであんなことやそんなことを…ぐへへ。 


「月城。お前、また姫路に絡んでるのかよ」



俺は颯爽と登場して姫路渚と月城真琴の間に割って入った。



「日比谷くん」


姫路渚が、俺を見た瞬間にちょっと嬉しげな表情になった。 


さっきまで月城のやつに向けていた嫌悪の表情とは雲泥の差だ。


当たり前だよなぁ?


俺はこの世界の主人公だし。 


ザマーミロ月城。 


お前は俺を引き立てるためだけに存在するかませ犬要員なんだよ。


「おはよう、姫路。今朝は災難だったな、朝から月城なんかに絡まれたりして」


俺は姫路渚を庇うようにたち、月城に対峙しながらそういった。


我ながら男らしい立ち回りだ。


これで姫路渚はますます俺に惚れたことだろう。



「日比谷先輩…」


月城の妹が俺の名前を呼んだ。


俺をみる目はもう完全に惚れた女のそれだった。


今は姫路渚に集中したいところだが……一応挨拶ぐらいはしてやるか。


「お、円香ちゃんもいたのか。おはよう」


「おはようございます…先輩」


めっちゃ頬赤くしてやんの。


もう完全に俺に惚れてるな。


待ってろよ、円香。


姫路渚をものにしたらお前の相手もしてやるからよ。


「月城。もう姫路には絡むなって言ったよな?」 


俺は月城に対して睨みを効かせる。


「お前に命令される筋合いはないんだが?」


月城が生意気にも歯向かってきやがった。


ま、こいつはそういうやつだ。


常に偉そうで、他人を見下してて死ぬほど傲慢なんだ。


だからこそ俺に負けて死んでいく時のカタルシスが半端ないんだがな。


ククク。


見てろよ、月城。


調子に乗れるのも今のうちだぜ?


「姫路が嫌がっているのがわからないのか?」お前は主人公じゃねーんだよ。 


姫路は主人公である俺のものなの。


どうしてそれがわからねーかな。


ま、かませ犬だしわかるはずないか。


「嫌がる?そんなわけないだろ?姫路は俺にこそふさわしいんだ。むしろお前みたいな平民が姫路に気安く挨拶するな」


平民かぁ。


まぁ確かに魔術の名門貴族のお前からしたら俺は平民だよなぁ。


でもお前はその平民にこれから負ける事になるんだぜ?


魔術大戦で散々見下していた俺に、お前は無様に負けて死ぬんだよ。


「女の子の嫌がることをするなんて、お前は最低なやつだ、月城。もう姫路が嫌がることはするな。次に姫路に絡んでいるところを見たらタダじゃおかないからな」


俺は頭の中で月城真琴が辿る事になるであろう末路を想像し、ニヤニヤしながら表面上は正義感に溢れた主人公、日比谷倫太郎を演じる。


もうこれ以上姫路渚に絡むなと忠告してから、背後の姫路渚に向き直った」


「大丈夫だったか、姫路」


「え、えぇ…」


「ほら、行こうぜ。月城なんか放っておいて」


「そうね」


姫路が頷いて歩き出す。


ほらな、みたか月城。


姫路は俺のいうことは聞くんだぜ?


「何か不快なことを言われなかったか?月城に」


「…えっと、今回は特に何も」


「姫路はやさしいな。月城を庇っているんだろ?あいつのことだからいつもみたいに出会い頭にセクハラしてきたに決まってる」


「…?いえ、今朝は特にそういうことは」


「隠さなくていいんだ。俺には全部わかってる。酷いこと言われたんだろ。くるのが遅れてごめんな?」


「…日比谷くん?」


「もう俺がきたから、安心しろ。姫路は俺が守る。月城なんかといるよりも、俺といた方が姫路もいいだろ?」


「…?」 


ククク…


気分がいいなぁ、かませ犬の前で姫路と親密

アピールをするのは。


姫路はきっとこのことで恩を感じてますます俺のことが好きになるはずだ。


月城は自分と俺の姫路の態度の差をまざまざ見せつけられてきっと俺に嫉妬するだろうな。 


ほら、みろ。


お前と違って主人公の俺はこうして姫路渚にスキンシップをしても許されるんだぜ。


俺は月城真琴に見せつけるように姫路渚と肩を組みながら、校舎へ向かって歩いたのだった。

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