第21話
どうしてここに日比谷倫太郎がいる…?
俺はくるはずのない男の突然の登場にすっかり混乱していた。
日比谷倫太郎。
この物語の主人公。
半端な魔術師ながら魔術大戦に参戦し、魔術王となるはずだった男。
しかし、シナリオが狂い、その影響で自分が魔術師である事にすら気づかずに、魔術大戦不参加で終わるはずだった男。
そんな男が、どうしたことか、この場に姿を現した。
魔術大戦の開会式の場として魔術協会によって指定された廃教会。
そこに一番最後の参加者として日比谷倫太郎はやってきた。
一体どうなっている。
日比谷はどうやってこの場所を知った?
そもそもどうやって魔術大戦の存在を知ることが出来た?
たまたまこんなところに迷い込むなんてそんな偶然があるはずがない。
というかさっき日比谷自信が魔術大戦と口にしたではないか。
こいつは今日ここで魔術大戦に参加する魔術師たちが集うことを知っていてやってきたのだ。
シナリオ通りではない、なんらかの方法で情報を入手し、魔術大戦に参加するために一人でここへやってきたのだ。
教会内にざわめきが広がる。
……誰だ?……
…魔術師か?……
……見ない顔だな……
日比谷のことを誰何する声があちこちから聞こえてくる。
「誰だねきみは」
俺同様混乱する魔術師たちを代表するように、監督役の男が日比谷に素性を尋ねた。
日比谷はこの場にふさわしくないバカみたいな明るい声で答えた。
「誰って、そんなの決まってるだろ。日比谷だよ。日比谷倫太郎。あんたが招待状を出したんだろ?これこれ」
日比谷が何かを掲げてみせる。
それは魔術協会から俺の元にも送られてきた封筒だった。
刻まれた魔術刻印がはっきりと見える。
「日比谷……ああ、そうか。お前が日比谷か。終わりかけの魔術の家系の残りカスがやってきたのか」
こめかみに手を当てて考え込んでいた監督役が思い出したかのように手を打った。
「残りカスって何だよ。いっとくが、この戦いで勝ち残って魔術王になるのは俺だから
な?あんまり偉そうな口を聞くなよ?」
「この街の魔術師には一応全員招待状を送っておいたのだが、まさかお前がくるとは思わなかったぞ、日比谷倫太郎。一応尋ねるが、これがどういう集まりかわかっているのか?」
「当たり前だろ。魔術大戦の開会式だろ?魔術王を決めるための」
「その通りだ」
「俺も参加させろよ。この手紙が来たってことはもちろん参加資格はあるんだよな?」
「もちろんあるにはある。しかし、正直いってお勧めはしない。君ははっきりいって半端者だ。どんな思惑があってこの戦いに参戦しようとしているのかは知らないが、君の実力では長くは持たない。ここに集まっているのは世界中から集まった腕の立つ魔術師ばかりだ。君のような半端者が首を突っ込むと、死よりも辛い目に合う事になるぞ?」
「あー、そういうのいいから。さっさと開会式終わらせようぜ」
監督役の忠告に、日比谷はうるさそうに顔を顰めた。
さっさと先に進めろと言わんばかりに、手を振っている。
「そうか。ならば勝手にするがいい」
監督役が一度日比谷に対して目を細めた後、馬鹿は救いようがないとばかりにため息を吐き、それから魔術大戦の開会を宣言した。
重く、そしてよく響く監督役の声で、この魔術大戦の意義、優勝者の地位、定められたルールなどが話される中、俺はずっと日比谷に釘付けだった。
日比谷は、魔術大戦のルールなんて聞く必要もないと言わんばかりの態度で、あくびを噛み殺しながら突っ立っていた。
やがて監督役による魔術大戦の開会宣言及びルール説明が終わった。
「以上で説明は終わりだ。改めて魔術大戦の始まりをここに宣言する。全ての魔術師がここを出てから12時間後、戦いの火蓋が切って落とされる。そして戦いは、ここにいる魔術師の中から一人の勝者が出るまで終わることはない。他の魔術師たちを凌ぎ、最後まで生き延びたものに魔術王の地位が与えられる」
そんな監督役の言葉と共に開会式が終わった。
魔術師たちがゾロゾロと教会を出ていく。
あまりの展開に呆気に取られていた俺が我に帰る頃には、教会内に残っているのは俺と日比谷、それから姫路渚の3人のみとなっていた。
「くぁああ…眠いな…」
日比谷があくびを噛み殺した。
姫路渚が動き出した。
チラリと視線をよこしながら俺の脇を通り過ぎた後、背後にいる日比谷の隣で足を止めた。
「日比谷くん。どうしてあなたがここにいるの?」
「んあ?」
日比谷が間の抜けた声を出した。
姫路渚が、まるで緊張感のない日比谷に詰め寄る。
「私はどうしてここにあなたがいるのと聞いているの。答えなさい」
「どうしてって……魔術師だから?」
日比谷が答えになってない返答をする。
コツコツと姫路渚が靴で協会の床を踏み鳴らす。
姫路渚は明らかに苛立っていた。
「答えになっていないわ。あなたはつい最近まで自分が魔術師の家系であることにすら気づいていなかったはず。それが一体どのようにして、魔術大戦の存在を知り、参加しようという気になったの?」
「…うーん、説明するの面倒くさいなぁ」
「答えなさい」
「答えたら、俺とデートしてくれる?」
「はぁ…?」
姫路渚の呆れたような声が教会の空気に溶けて消えた。
日比谷がニヤニヤしながら姫路渚を見下ろす。
「デートしてくれるっていうなら質問に答えてあげてもいいけど」
「ふざけてるの?」
「いや、俺は真剣だけど」
「話にならないわね」
呆れ返ったように姫路渚がため息を吐いた。
チラリともう一度俺の方を見て、それから日比谷に対していった。
「あなた、死ぬわよ。自分が何をしたのかわかっているの?」
「死なないよ、俺は」
「いいえ、死ぬわ。魔術大戦は最強の魔術師が命を賭けて戦う儀式なのよ。あなたみたいな大した実力もない魔術師が参加していいような代物じゃない。命が欲しいなら今すぐにあの監督役の男に命乞いをして、参加資格を取り消してもらいなさい」
「それって俺が怖いってことか、姫路」
「はぁ…?」
呆然とする姫路渚に、日比谷倫太郎はニヤニヤしながらこういった。
「俺と戦うのが怖いからそんなことを言うのか、姫路渚。もし俺と戦う事になったら勝てないかもしれないから俺を勝負から下ろそうと?」
「そんなわけないでしょう?気でも狂っているのかしら?私は忠告しているのよ。一応の顔見知りとして、命を粗末にするべきじゃないとわざわざ親切に教えてあげているの」
「そうか。だったとしたらそれは余計なお世話ってやつだな」
「……ええ、どうやらそのようね」
「勝つのは俺だ。けど、俺はお前を殺すつもりはないぜ姫路。何なら共闘するか?お前が望むなら一緒に戦ってやらないこともないぞ」
「よくわかったわ」
「…何が?」
「あなたが救いようのない馬鹿だと言うことが」
そういった姫路は怒ったようにツカツカと歩いて行ってしまった。
そのままバタンと扉の閉まる音がして教会から姿を消す。
「はぁ…面倒臭い女だよな」
「…」
俺に向けて行ったのだろうか。
俺は答えることが出来なかった。
「どうせいずれ俺のものになるのに……はぁ。デートはしばらくお預けか」
「…」
「そんじゃ、また明日学校で会おうぜ、月城」
ひらひらと手を振って日比谷倫太郎が教会の出口へ歩いて行こうとする。
「待て」
俺はそんな日比谷を呼び止めた。
「ん?なんだよ」
「日比谷……お前、正気か?」
「あ?何が?」
「本気で、勝てると思っているのか。姫路に。俺に。他の魔術師たちに。この魔術大戦を生き抜いて、魔術王に自分がなれると?」
「…」
きょとんとしていた日比谷が、次の瞬間、ニヤリと笑った。
「当たり前だろ」
「…っ!?」
日比谷の声には明らかな確信が滲んでいた。
「俺はこの魔術大戦に勝つ。魔術王になるのはこの俺だ。そうなるように出来てんだよ」
そういって日比谷は教会から姿を消した。
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