第20話


放課後。


円香と共に家に帰ってみると、赤い封筒が届いていた。


上質な紙の中心に、魔術師にしか見えない魔力による刻印……魔術刻印が刻まれていた。


この手紙が意味することは一つ。


「兄さん、これ…」


「…」


どうやらついに始まるらしい。


魔術王を決する戦い、魔術大戦が。


この闘いを管理する役目を担う魔術協会から俺の元へも招待状が届いたようだった。


あらかじめ知っていた俺には、特に驚きはなかった。


俺同様この手紙の意味を知っている円香が、顔を顰める。


「参加、するのですか…?」


円香が心配そうに聞いてくる。


俺は手紙の魔術刻印を見ながら言った。


「当然だ」


「……やめる、ことはできないですよね」


円香がため息を吐き、肩を落としながらそういった。


円香の言いたいことはわかる。


危険な魔術大戦になんて、参加しなければいいのではないかと、そう言いたいのだろう。


だが、円香自身もわかっている通り、魔術協会から招待状を受けておきながら、参加を拒否することは実質不可能だ。


もし参加を拒否すれば、魔術大戦から逃げたとみなされ、月城家の名は一気に地に落ちる事になる。


そうなれば月城家が持っている様々な魔術組

織との繋がりも絶たれ、俺たち二人は一気に危うい立場に置かれる事になるだろう。


招待状が届いた以上参加するしか道はない。


そのことを円香は十分に理解しているはずだった。


「兄さん…私、兄さんに死んでほしくないです」


泣きそうになりながら円香が言ってきた。


「絶対に生き延びると約束してください…私は、兄さんが生き延びるためになんだってします」


「ふん」


俺は健気な妹の献身的な姿に感激しながら、感情を表には出さず、月城真琴として振る舞う。


「俺が死ぬわけないだろう。魔術王になるのは俺なのだから」


まぁ実際、死ぬつもりは毛頭なかった。


そのために今日まで準備をしてきたのだ。


とにかく俺は、何がなんでも円香の命だけは守るつもりでいた。




それから数日後。


夜空に月が浮かぶ深夜、俺はS市の郊外にあるたった一つの古い教会へと向かっていた。


今は閉鎖され、使われていないと言う事になっているその場所が、今回魔術大戦を監督する役目を担う魔術協会の指定した集会場だった。


今夜、その場所にこの待ちで行われる大儀式、魔術大戦に参加する魔術師たちが集う事になっている。


「…」


月明かりに照らされる石畳の道を歩く。


しばらくすると墓地に囲まれた教会の門が見えてきた。


門は、二人の男によって守られていた。


おそらく魔術協会の関係者だろう。


「止まれ」


「招待状を確認する」


俺が門に近づいていくと、男たちが俺の前に立ちはだかり手を差し出してきた。


俺は魔術刻印の刻まれた招待状を彼らに見せる。 


彼らは招待状を確認し、互いに頷き合った後、恭しく礼をして門を開けた。


「どうぞお入りください」


「ようこそ、月城様。こちらが魔術協会の集会場となっております」


「…ありがとう」


俺は軽く会釈をして教会の敷地内に足を踏み入れた。


墓石に挟まれた道を歩き、教会の扉にたどり着く。


腐りかけの扉を少し押すと、ギィと音がして開いた。


一呼吸置いてから、中に足を踏み入れる。


教会の中にはすでに多数の気配があった。


祭壇に添えられた蝋燭の炎と天窓から入る月明かりのみが光源であり、視界は不明瞭だ。


俺は教会の中にある影の数を数えてみる。


すでにほとんどの魔術師がここを訪れているようだ。


姫路渚らしき人物の姿も確認できる。


数は二つ欠けていた。


この場に本来いるべき魔術師のうち、二人が来ていない。


一人は俺が先日倒した魂喰いだろう。


そしてもう一人は…


(やはりいないか…)


俺は教会内に日比谷倫太郎の姿がないことを確認し、内心頭を抱えた。


本来ならここに魔術大戦に参加する魔術師の一人として日比谷もいるはずだった。


花村萌の救出は、あいつが魔術大戦の存在を知り、身を投じるきっかけとなるはずだった。


しかしあいつがなぜか動かなかったせいで、日比谷倫太郎は、魂喰いに邂逅することも、魔術に目覚めることも、姫路渚に出会うことも、魔術大戦の存在を知ることもなかった。


それゆえ、当然ここに日比谷倫太郎の姿がない。


もはや物語は破綻寸前まで狂ってしまっている。


物語の主人公なしに、物語が進み始めようとしている。


魔術大戦で最後まで生き残り、魔術王の地位を獲得するになるであろう男の存在が最初から何まま魔術大戦が始まろうとしている。


(あーくそ。もうどうにでもなれ…)


半ば自暴自棄になりながら、俺は魔術大戦を取り仕切る事になる魔術協会から派遣された監督役の到着を待った。


やがて、コツコツと足音が教会内に響いた。


奥の部屋から、黒服に身を包んだ男が姿を現す。


堀が深く外国人風の顔立ちをしたその男が、教会に集まった魔術師たちに視線を一巡させ、それから口を開いた。 


「よく集まってくれた。魔術師の諸君。これより、魔術大戦の開会式を執り行いたいと思う。魔術王を決める戦いに身を投じる備えは

できているだろうか」


「「「「…」」」」


ああ、本当に始まってしまった。


俺は頭を抱える。


日比谷倫太郎という主人公なしに、魔術大戦という大儀式が始まってしまった。


もうここから先は一体物事がどう転ぶのか全く予測ができない。


誰が死に誰が生き残るのか、どこでどのような戦いが起こり、誰と誰が手を組むのか、全くわからない。


そんな予測不可能でいつ暴走してもおかしくないような魔術大戦を、俺は生き延びなければならないのだ。


(上等だよ。やってやる。俺は絶対に死なないぞ。必ず円香と生き残ってハッピーエンドを迎えるんだ…)


追い込まれた俺は覚悟を決める。


こうなったらヤケだ。


前世の記憶だろうが、なんだろうが、使えものは全部使い、なんとしてでも生き延びてやる。


主人公不在だろうがなんだろうが知ったこっちゃない。 


むしろ物語が完全に破綻した分、月城真琴としての行動に気を使う必要もなくなった。


ここからは周りの目なんて気にせず、俺と円香が生き延びるために最善の行動を…


「おー、やってるやってる。これは、あれか?ギリギリ間に合ったか?」


場違いな声が教会内に響いた。


その場にいた魔術師たちの視線が一斉にたった今教会に入ってきた男に注がれる。


「すまん、監督役。魔術師のみんな。遅刻した。魔術大戦の開会式、どこまで進んだ?」


俺は開いた口が塞がらなかった。


まるでこの場にふさわしくない軽いノリで姿を現したのは、物語の主人公、日比谷倫太郎だった。

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