第17話
私は夜の街を徘徊していた。
目的は魍魎退治ではなく、魂喰いという魔術師の捜索だった。
別に、見捨てると決めた花村萌のことが気になっているわけではない。
そういうわけでは断じてなく、単純に魂喰いを今のうちに仕留めておいた方が魔術大戦において戦いを有利に進められるとそう判断したからだ。
魂喰いは非常に厄介な魔術師だ。
時間が経てば経つごとに、魂喰いは多くの人間を攫いより多くの魍魎を従えることになるだろう。
つまり放っておけば、魂喰いの戦力は増える一方なのだ。
だから、今のうちにその目を摘み取っておくのは魔術師としてとても合理的な選択だと私は思うのだ。
だから決してこれは、花村萌のことを慮っての行動じゃない。
情に流されたわけではなく、あくまで魔術師として合理的な選択をした結果に過ぎないのだ。
「さて、どこにいるのかしら魂喰いは…」
魔術師の気配を隠しながら、私は夜の街を一人で出歩く。
この街で現在起こっている連続誘拐事件。
被害者は総じて、夕刻から夜の時間にかけて姿を消しているという。
目撃者がほとんどいないことから、おそらく魂喰いは人目のあまりないところで、一人で歩く人間などを標的にしているのだろう。
だから私がこのようにたった一人で人気のない夜の街を歩いていれば、向こうのほうからやってきてくれるという可能性は十分にあるはずだった。
そして何よりも……
「魔術師同士は引かれ合う」
古くから魔術界に受け継がれている言葉を私は小さく呟く。
魔術師同士が不思議と引かれ合うことは、魔術界では古くからよく言われることだった。
魔術師は普段は、魔術師であることを秘匿し、一般社会に溶け込んで暮らしている場合がほとんどだ。
なので魔術の気配さえ隠していれば、すれ違ったとしても互いに互いが魔術師だということに気がつかないことがほとんどなのである。
にも関わらず、魔術師と魔術師はよく出会う。
なんらかの引力が働き、魔術師同士が引かれ合い、その度に諍いや争いが絶えない。
そのような理屈では説明できないような現象が、魔術師同士の間には確かに存在するのだ。
だから……
こうしてあてもなく夜の街を徘徊するというやり方でも、私は目当ての魂喰いが私の前に姿を現す可能性はそう少なくないと読んでいた。
「…?」
魔術師としての気配を隠しながら、周囲の警戒を怠らずに夜の街を徘徊していた私は、ふと気配を感じた。
間違いない。
魔術の気配だ。
「…出たわね」
なぜか魂喰いだという確信があった。
こんな深夜に人気のない場所で魔術を行使するのは、魂喰いである可能性が高い。
魂喰いが新たな犠牲者を捕まえるために、なんらかの魔術を発動した可能性は十分にあった。
私は魔術の気配のした方へ向けて走り出す。
「あれは…!」
果たして、魔術の気配がした方向へ向かってみると、そこでは魔術師同士の戦いが起きていた。
対峙するのは二人の魔術師。
一人は黒ずくめの格好をしており、不気味な雰囲気を纏った痩せた男だった。
その周りには魍魎が漂っていることから、おそらくその痩せた男が魂喰いだと私は理解した。
問題はもう一人の魔術師の方だった。
「嘘でしょ…?どうしてあいつがここに…?」
その魔術師を目にした時、私は思わず自分の見たものを疑った。
魂喰いと対峙していりう魔術師は、本来ここにいるはずのない人間だった。
金髪碧眼。
長身で、容姿は憎たらしいが整っている。
いつもは下卑た笑みを浮かべ歪んでいるその口元が、今は思わず頼もしいと感じてしまうような自信に満ちた不適な笑みの形になっている。
月城真琴。
私のクラスメイトの魔術師が、魂喰いと対峙していた。
「どういうこと…?」
状況が全く掴めないまま、私は物陰に身を隠し、気配を消して二人の魔術師の様子を伺った。
どうして月城真琴がここにいるのだろう。
なぜ魂喰いと対峙しているのか。
月城真琴の性格はよく知っている。
人々のために魍魎狩りなんて行うような性格ではないし、もちろん花村萌のために魂喰いと対峙するような性格でもないだろう。
たまたま深夜の街で出会ってしまっただけなのだろうか。
魔術師同士が引かれ合うようにして、偶然ここで出会ってしまっただけなのだろうか。
二人は何やらぶつぶつと会話をしているようだったが、私のところまでは聞こえてこなかった。
そうこうしているうちに、魂喰いから明確な殺気が放たれた。
魂喰いの周りを漂っていた魍魎たちが、月城真琴に襲いかかる。
「闇の魔術第三階梯、魔剣」
月城が魔術を使用した。
その手に、闇の魔術によって形作られた剣が出現した。
魍魎同様一般人には見えない、魔術師にしかみることのできない魔術の剣だ。
魂喰いの従える魍魎が、月城真琴に一斉に襲いかかる。
月城真琴は、余裕の表情を崩すこともなく、魔剣を振った。
魍魎たちは、魔剣に切り裂かれ次々に霧散していった。
同じ魔術師として嫉妬したくなるほどの手際だった。
魔術発動から魔剣を顕現させるまでの時間短縮技術は申し分ないし、魔剣の威力に関しても目を見張るものがあった。
やはり腐ってもあの男は月城家の人間なのだということを私は思い知らされる。
大量の魍魎たちを一瞬にして失った魂喰いは、次の手を打とうとしていた。
先ほどとは比にならないような爆発的な魔術の気配が放たれる。
これまで数々の魍魎と対してきた私でもなかなかお目にかかれないような巨大な魍魎が姿を現した。
獣のような見た目をしており、幾つもの視覚器官を持っている。
先ほどの大量の魍魎たちとは違い、この魍魎は実体を伴っているようだった。
現世に干渉できるほどの力を持った高位の魍魎。
魂喰いはこんなやつまで従えていたのかと私
は感心した。
巨大な魍魎が月城真琴に向かって襲いかかる。
「闇の魔術第四階梯……魔銃」
月城もまた対抗するようにに大魔術を使ったようだ。
その手に先ほどの剣とは違い、魔術によって作られたライフルが現れる。
『グォオオオオオオオオ!!!』
夜の静寂を切り裂くような方向とともに魍魎が月城真琴に向かって襲いかかった。
ダァン!!!
つんざくような発砲音。
魔力の集中した一発の弾丸が、魂喰いの巨大な魍魎に向かって飛来する。
弾丸が、多数の視覚器官を備えた頭部に命中した瞬間、信じられないほどの破壊力が現実のものとなった。
現世に巨大な実体を持てるほどの力を持った魍魎が、たった一撃の元に葬り去られた。
その結果を私は視界に焼き尽くし、呆然とその場に突っ立ってしまった。
負けた魍魎使いが膝をついた。
月城真琴が自信を持った足取りで魂喰いに近
づいき、一発、発砲した。
「ぐぁあああああああああああ」
魂喰いの悲鳴が聞こえる。
おそらく魂喰いの体の中にある魔核を狙ったのだろう。
魔術師なら誰しもが、体のどこかに魔力の集中する魔核を持っており、そこを破壊されると体内で魔力が暴走する。
その魔核を破壊された魂喰いは現在、死の痛みよりも凄惨な苦痛に苛まれていることは想像に難くなかった。
「…さい……をはけ」
月城真琴が、魂喰いの胸ぐらを掴み、何かを聞き出そうとしているようだった。
魂喰いが怯えた表情で何かを口にした。
月城真琴は満足したように魂喰いを放り捨てて、急いでどこかへ走り去ってしまった。
「…」
夜の街に静寂が戻った。
私は自分が今見たものが信じられなかった。
月城真琴の魔術師としての腕は、私が想像していたものよりも遥かに上だった。
もちろん月城家の魔術が優れていることは十分承知していた。
しかしせっかく才能を持っていても使い手が努力を怠れば、宝の持ち腐れとなる。
月城真琴の性格を考えれば、受け継がれた闇の魔術をろくに研鑽もせずに腐らせてしまっていてもおかしくなかった。
けれど実際に月城真琴の魔術を目の当たりにして、私は自分の間違えが間違っていたことを悟った。
月城真琴の魔術は、才能や受け継がれた血の恩恵だけでは決して辿り着けないような境地に達していた。
月城真琴の魔術には、自らの才能を腐らせることなく努力をした痕跡を感じた。
自らの才能と血筋にあぐらをかき、ひたすら他の魔術師と一般人を馬鹿にした軽薄で嫌な男だと思っていた月城真琴のイメージが、私の中でガラガラと崩れていった。
「…」
私は月城の気配が完全に消えたのを確認してから、魂喰いの方へと歩いていった。
魂喰いは苦悶の表情で息絶えていた。
魔核を破壊されたことによる体内での魔力暴走に、体の方が耐えきれなかったらしい。
気の毒だとは思わなかった。
むしろ魂喰いがこれまでやってきたことを鑑みれば、ふさわしい死に方だったと言えるだろう。
古来より魔術師同士の戦いに敗れた者には死が待っている。
魂喰いは、月城真琴との命をかけた戦いに敗れ死んでいったに過ぎない。
これでもうこの男によって誘拐され、魍魎の餌食になる人間はいなくなる。
そう考えると、月城真琴のしたことは魔術界にとってもそれから人間界にとっても正しい行いだったと言えるだろう。
「ざまぁないわね」
私は魂喰いの死体にそう吐き捨ててから、その場を後にした。
そして翌日。
私は花村萌が、月城真琴によって助けられたことを知ったのだった。
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