第16話


魔術大戦に備えて、私は着々と準備を整えつつあった。


魔術大戦。


それは魔術師の頂点を決める戦いだ。


もうすぐこの街に、全世界から最強の魔術師たちが集結する。


彼らとの戦いに勝ち、最後に生き残ったもの

には、魔術王という称号が与えられ、この世界に存在するあらゆる魔術関連組織の頂点の地位を与えられる。


私利私欲のためにその地位を目指す魔術師も多いけれど、私、姫路渚が魔術王を目指すのは単純に魔術を極めたいと思う気持ちが強いからだ。


私はこれまで魔術の名門姫路家の当主となるために、研鑽を積んできた。


努力を重ね、一族に引き継がれた魔術を完成させるべく、精進してきた。


その力が、もうすぐ試される時がやってくる。


魔術大戦を生き残り、魔術王の地位を得れば、私の努力の正しさが証明される。


私が姫路家の次期当主としての実力を備えていると、内外に示すことが出来るのだ。



そして、とうとう魔術大戦が間近に迫っているということを知らせる事件が私の耳に入った。


クラスメイトである花村萌という生徒の誘拐。


最近、この街では立て続けに誘拐事件が起こっている。


花村萌も同一犯による誘拐事件の犠牲者なのではないかという憶測が飛び交った。


その事件を耳にした時、私は魔術大戦がいよいよ間近に迫っていると悟った。


もうすぐ魔術協会が魔術大戦に参加する魔術

師全員を招集することになるだろう。


「魂喰い……おそらくあいつの仕業だわ」


魔術大戦に参加する多くの魔術師が、すでにこの街に入り、魔術大戦のための準備を整えているはずだ。


拠点を構築し、街の地図を把握し、力を蓄える。


どれも魔術大戦で勝ち残るために当然のことで、私の戦いの準備ももうほとんど終わりかけている。


そして花村萌が犠牲になった誘拐事件も、そんな魔術師たちの準備の一環に過ぎないのだろう。


魍魎使い、魂喰い。


そう呼ばれている魔術師の存在を私は知っていた。


魔術師でありながら、倒すべき魍魎を自分の使い魔とし、戦いに利用する外道中の外道。


魔術師たちの間には、争いの際には一般人を巻き込まず、極力魔術師という存在自体を世間から秘匿するべきだという暗黙の了解があるのだが、魂喰いはそのような掟を堂々と破るクズだ。


魂喰いは魍魎を従えるために、魔術師のことを知らない一般人を餌として捕えるのだ。


魍魎に餌として彼らの心を食べさせ、自らの僕とする。


餌となった人間は、記憶を食い尽くされ、やがては廃人となって死んだも同然になる。


そのような一般人を巻き込むやり方は、本来魔術師の間では忌避され非難されるべきものなのだ。


けれど魂喰いはそんなことお構いなしに、これまでに何人もの人間を魍魎の餌として廃人にしてきた。


魂喰いにとって、人間とは単なる魍魎の餌に過ぎず、心を失って廃人になったとしても構わないということなのだろう。


実を言うと、強い魔術師には総じてそのような傾向があり、そんな外道たちがこの魔術大戦には多数参加してくる。


彼らの多くが私利私欲、世界支配の野望のために魔術王を目指しており、実際にそんな魔術師の手に魔術王の地位が渡れば大変なことになる。


まぁこの戦いに勝つのは私なので、彼らの野望は実現しないわけなのだが。



「さて…どうしようかしらね」


花村萌の誘拐を耳にしてから、私は自分の取るべき行動を考える。


一応クラスメイトとして花村萌が魂喰いの犠牲になるのは気の毒ではある。


出来ることなら救い出したいとは思うが、自分の身を犠牲にしてまで花村萌を助け出したいかと問われるとそこには疑問符がつく。


私の目的はあくまで魔術大戦に勝つことであって、他人を助けるためじゃない。


花村萌がどうなってもいいとは言わないが、私はわざわざ魔術大戦が始まる前から大胆に動いて手の内を晒すようなことはしたくなかった。


「もう一人のあいつはどうするのかしら

ね…」


そうなってくると気になるのは同じクラスのもう一人の魔術師、月城真琴の存在だ。


月城家は、姫路家と同様何代も続く魔術の名門の家系で、当然今回の魔術大戦にも参加してくるはずだ。 


月城家が得意とするのは数ある属性魔術の中でも最も厄介で最も汎用性のある闇魔術であり、もし魔術大戦で戦うことになれば、苦戦を強いられるかもしれない。


月城家の闇魔術の実力は認めざるを得ないものがあるが、それとは別に私は月城真琴という人間が嫌いだった。


月城真琴は私同様表向きこの椚ヶ丘高校という教育機関に通い、一般人に扮して生活しているのだが、ことあるごとに私に絡んでくる。


いちいち私に付き纏ってきて、好意を仄めかしてくるのだ。 


いつぞや、周りに人気がない時には、互いに魔術の名門同士である私たちが結婚し、子を成すことこそ魔術界にとって正しい選択だなどということを言っていた。


冗談じゃない。


私は月城真琴に対して嫌悪を抱いていた。


月城家という優れた魔術の家に生まれておきながら努力もせず、一般人を見下し、許可もなく私にスキンシップをしてくるその神経が大嫌いだった。


魔術大戦が始まる前に、隙をついて殺してし

まおうか。


そんなことを考えたこともある。


そんな月城真琴とは別に、日比谷倫太郎という半分魔術師のような人間も椚ヶ丘学校の同じ学年に存在する。


日比谷家とは、ほとんど無名の魔術の家系にすぎず、私も最近日比谷に魔術の素質があることに気がついたぐらいだ。


この日比谷倫太郎という男が、呆れるぐらいにお人好しの性格で、いちいち私に絡んでくる月城真琴を気を使って遠ざけてくれたりする。


最初は私に好意があり、好かれたいからという打算があるからそのようなことをするのかとも思ったが、どうも違うらしい。


見ているとこの日比谷という男は、とにかく誰であっても困っている人間は見過ごせないという性格のようだった。


私だけでなく、日比谷倫太郎は困っている人間を見るといてもたってもいられず、自分のことも顧みずに助けているようだった。


私は自ら損な役回りを演じている日比谷倫太郎に、呆れを通り越して尊敬の念すら覚えていた。


だが…それも過去のことだ。


日比谷倫太郎は、変わってしまった。 


どうやら私はあいつの本性を見誤っていたらしい。


なんの打算もなく他人を助けていると思っていたが、日比谷にはしっかりと裏の顔があった。


最近になって、日比谷はまるでこれまで月城から助けてやったことを恩に着せるように私に付き纏ってくるのだ。


自分が拒絶されるはずがないという謎の確信のもと、以前は月城がしていたような気持ちの悪いスキンシップをとってくるようになった。


むしろ最近では、月城真琴の方がおとなしいと感じるぐらいだった。


私はそのことに嫌悪感を覚え、日比谷を拒絶した。


わずかに抱いていた日比谷に対する尊敬の念も、今では完全に消えてしまった。


やはり日比谷も、他の人間たちと同様打算で生きていたのだ。


自分を顧みずにひたすら他人のために行動できる優しい人間だという以前の私の評価は、完全に間違っていたことになる。


現に、同じ剣道部に所属しているらしい花村萌の行方不明事件を耳にしても日比谷は特になんの行動も起こしていないようだった。


あいつなら、警察が花村萌の捜索をしていたとしてもお構いなしに、自らの足で花村萌を探して街中を駆けずりまわってもおかしくないと思ったが、日比谷倫太郎は何も行動を起こさなかった。


私は完全に日比谷に抱いていた興味を失った。


途絶えつつある日比谷家という魔術の家系の人間として、日比谷倫太郎が魔術大戦に参加するのかどうか定かではないが、私にとってはどうでもいいことだった。


半端者の日比谷倫太郎に私が負けるはずはなかったし、魔術大戦に参加しないならしないで、日比谷はどうでもいい存在だった。


「可哀想だけれど…見捨てるしかないのかしら」


月城真琴。


日比谷倫太郎。


私と同じ学校に通うこの二人の魔術師は、今の所花村萌救出に動く気配はない。


日比谷倫太郎は花村萌失踪事件に興味がないようだし、月城真琴が何をしているのかはわからないがあの男がクラスメイトのためにわざわざ行動を起こすとも思えなかった。


魔術師であるくせに魍魎退治すら碌に行わないような奴なのだ。


対して仲良くもないクラスメイトの命などどうでもいいと思っているだろう。


「ごめんなさいね、花村さん」


私は罪悪感を拭うように花村萌に謝った。


彼女はきっともうすぐ魍魎に心を食い尽くされて廃人になるだろう。


花村萌としての自我を失い、死んだも同然の屍となるのだ。


それを知っていて私は彼女を見捨てるのだ。


私にとっては花村萌一人の命より魔術大戦の方が重要だからだ。


花村萌が可哀想だからというそんな理由で、魔術大戦が始まる前に行動を起こし、手の内を曝け出すのはとても合理的とはいえなかった。


合理的でないことはするべきではない。


私は魔術師として当然の選択の結果、花村萌を見捨てることにした。


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