第13話
魔術師同士は引かれ合う。
『魔術大戦』の中ではそんな文言がたびたび登場する。
魔術を使えるもの同士は互いが意図しなくと
も、自然と引き合い、同じ場所に居合わせてしまうとそういう意味だ。
そして事実、魔術大戦のゲーム内において、儀式に参加する魔術師たちは、舞台となるS市の街の中でなぜかよく出会う。
だから魔術大戦において、広い街に散らばった魔術師たちが、全く互いに出会うことなく、儀式が全く進まないという現象は不思議と起こらないようになっているのだ。
もしかしたらそれは、ゲーム制作者が話を円滑に進めるために作ったご都合主義的設定なのかもしれない。
だがそんなことはどうでもいい。
現在の俺にとっては『魔術師同士は引かれ合
う』という言葉だけが頼りだった。
深夜。
いつもなら魍魎退治に明け暮れている俺は、この日は魍魎を探すことなく、魔術師としての気配を隠し、夜の街を徘徊していた。
なるべく人気のない道を選択して歩く。
これは賭けだった。
こうして人気のない夜の街を出歩いていれば、もしかしたら向こうのほうから俺の前に姿を現してくれるかもしれない。
魂喰いが、魍魎の餌として俺を攫うために近づいてきてくれるかもしれない。
もしそうなってくれれば、手遅れになる前に花村萌を助け出すチャンスが出てくる。
しかし、思惑通りにならなかった場合、花村のことは諦めなければならない。
可哀想だが、彼女は魍魎の餌となり、心を食われ、自我をなくし、生きる屍となってしまうことだろう。
そうなって仕舞えば、どんな手を使っても彼女を救うことは不可能になる。
「ったく……どうしてかませ犬役の俺がこんな主人公の尻拭いみたいなことを…」
人気のない場所を目指して歩きながら、俺はそんなぼやきを漏らす。
これは本来、主人公である日比谷がやるべきことなのだ。
花村萌を助ける役は本来あいつのはずで、それがきっかけで日比谷は魔術大戦の存在を知ることになる。
でも、あいつが花村萌を全然探そうともしないせいで、俺があいつの代わりにこんな尻拭いみたいなことをしなければならなくなった。
全く、日比谷倫太郎はどうしてしまったのだろうか。
俺は今日の放課後、一度日比谷の元を訪れてそれとなく探りを入れてみたときのことを思い出す。
『おい、日比谷。ちょっと来い、話がある』
『なんだよ、月城』
『花村萌が行方不明になったことは知っているか?』
『ああ、知っている』
『…心配じゃないのか?』
『別に』
『…!?どういうことだ!?』
『何がだよ』
『花村は俺たちと同じ剣道部だろう?お前の友人でもあったはずだ。行方不明になって捜索届も出されているのに、心配ではないのか?』
『あー、そういえばあいつとはそういう感じだったか』
『友達が行方不明になったんだ。探そうとは思わないのか?』
『探す?そんなことしてなんになる?』
『…!?』
『俺が探しても大して意味はないだろ?警察が探しているっていうんだからそれでいいじゃないか』
『…』
思い出すとムカムカしてくる。
日比谷の物言いはまるで他人事のそれで、行方不明になった花村のことなど全然心配していないかのような態度だった。
俺の知っている日比谷倫太郎はそういう人間じゃない。
友達が行方不明になったと知ったら、意味がある無しに関わらずいても経ってもいられずに、すぐに行動に移すはずだった。
だが、俺が数時間前に話したときの日比谷は、そんなそぶりなど微塵も見せなかった。
花村のことなどどうなってもいいと考えているような態度に見えたのだ。
「性格が変わっちまったのか…?一体あいつに何が起きている?」
魔術大戦にはさまざまなルートが存在するが、それら全てに共通する共通ルートというのがあって、花村萌の救出もそれだ。
だからたとえどんなルートのシナリオに沿っていたとしても、花村萌の救出は日比谷倫太郎によって行われるはずなのだ。
だが、実際は日比谷倫太郎は動かなかった。
俺が気がつかない間に何か大きなミスをやらかしたのか、それとも日比谷倫太郎になんらかの決定的な変化が起こったのか。
(ん?だれかくるな…)
そんなことを考えていると、誰かがこちらに近づいてくる気配がした。
一人だ。
背後から、足音を殺すようにしてゆっくりと距離を詰めてくる。
近づいてくる影の周りには多数の魍魎が漂っている気配もした。
魔術師同士は引かれ合う。
どうやら俺は自分が賭けに勝ったらしいことを悟った。
男は、十分に距離をつめ、足を止めた。
俺の背後で手が振り上げられる気配がした。
きっとその手には、獲物の意識を一瞬にして奪う金属製の金槌が握られていることだろう。
金槌が俺の頭に振り下ろされる前に、俺はくるりと振り帰った。
そこには予想した通りの男の、動揺した顔があった。
「よお、魂喰い。探したぜ」
「おまえは…」
魂喰いが金槌を振り上げたまま、目を大きく見開いた。
魂喰いは動揺しているようだった。
自分のコードネームを呼ばれ、魍魎の餌とするために近づいた男が、ただの人間ではないことに気がついたらしい。
「何者だ…お前は…なぜ俺の名前を知っている…?」
「お前と同じだよ、魂喰い。俺は魔術師だ。
それも、名門のな。月城家の名前はもちろんお前も聞いたことがあるだろう?」
「月城…あの闇の魔術を操る家系か…」
「そうだ。その月城だ。俺はその月城家の後継となる予定の魔術師、月城真琴だ。お前同様、魔術大戦を勝ち抜き魔術王とならんとする者の一人だ」
「…!」
魂喰いの表情が変わった。
灰色の目の奥に殺気が宿る。
ブォン!!
「おっと」
頭上に振り上げられていた金槌が、突如として振り下ろされた。
俺は間一髪で後ろにステップを踏み、金槌を避ける。
「お前も…魔術大戦に参加するのか…」
魂喰いが、灰色の瞳で俺を見据えながら言った。
俺は魂喰いを見つめ返しながら頷いた。
「ああ。そうだ。お前と同じで俺も魔術王を目指している」
「そうか…」
カランカランと金槌が地面に落ちた。
徐に上げられた腕が、俺に向けられた。
「ならば……お前はここで殺しておこう」
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