第12話
「あいつ何をぐずぐずしているんだ!?」
花村が行方不明になってから三日が経過しようとしていた。
あれから今日まで、俺は学校ではかませ犬役の月城真琴を演じ、そして放課後は街に繰り出して魍魎退治に明け暮れていた。
明け方近くまでひたすら夜の街を徘徊し、出会った魍魎や、すでに人の心に取り憑いている魍魎なんかを退治して回りながら、魔術師としての実力を養っていった。
やはり元々ポテンシャルの高い月城家の人間だけあって、魔術の実力は目に見えて伸びていた。
最初は用心をして低級の魍魎ばかりを狩っていた俺だったが、段々と闇魔術にも慣れてきて、最近では知恵のある中級の魍魎や、この世界に実体を持つことのできる高級な魍魎を相手にすることも増えてきた。
月城真琴のポテンシャルと闇魔法の汎用性には目を見張るものがあり、俺は日々着実に魔術師として成長していっていた。
それはいい。
自己研鑽の方は至って順調なのだ。
問題は、花村萌の行方不明事件の方である。
「このままだと花村が死んじまうぞ……日比谷は一体何をしているんだ?」
自己鍛錬に明け暮れる傍ら、俺はクラスメイトであり剣道部に所属する花村萌の行方不明事件の方も気にかけていた。
シナリオ通りにことが進めば、花村萌が行方不明になってから三日以内に、彼女は日比谷倫太郎によって助け出されるはずだった。
同じ剣道部である花村萌が行方不明になり、両親から警察に捜索届が出されたことを知って心配になった日比谷倫太郎は、放課後、花村萌を探して街を彷徨くようになる。
花村の写真を片手に聞き込みなどをやって、その行方を探すうちに、日比谷は夜の街を闊歩する”怪しい男“と遭遇する。
その男こそが、魔術大戦に参加するためにこの街を訪れている魔術師の一人であり、最近この街で連続して起こっている誘拐事件の犯人でもあるのだ。
魍魎使いの魔術師。
魂喰い(ソウルイーター)と呼ばれている強敵である。
魂喰いは邪道の魔術師で、魔術師でありながら魍魎を従え、使いこなす。
魍魎に人間という餌を与え、手下として戦わせるというのが魂喰いのやり方だ。
たくさんの魍魎を従えるために、魂喰いは常に餌となる人間を欲している。
最近誘拐事件がこの街で多発しているのは、魂喰いが魍魎の餌とする人間を攫っているためだ。
そして花村萌もその魂喰いの被害者のうちの一人なのだ。
「そろそろやばいぞ……もう時間的猶予はほとんど残されていない…」
魍魎の餌として魂喰いに攫われた花村萌は、きっと今頃魍魎の餌食となっているはずだ。
魍魎は人間の心を喰う。
心を食われた人間は、虚になる。
完全に心を食われてしまうと、人間は自意識を完全失い、ゾンビのようになる。
そうなれば生きる屍も同然で、もう元の意識を取り戻すことはなくなってしまう。
そうなる前に花村萌を助け出す必要があるのだ。
しかし……
「花村はまだ見つかっていないようだ……警察が捜索を開始したようだが見つかってない。みんな、何か些細なことでもいいから花村に関する情報があれば先生に教えてくれ」
今朝のホームルームでも担任は沈んだ表情でそんなことを言っていた。
花村萌が行方不明になって三日経ったというのに、まだ日比谷は花村のことを助けていないのだ。
一体これはどういうことなのだろう。
シナリオ通りならすでに日比谷は花村を救出しており、魔術の力に目覚めているはずだ。
そして魔術師としての姫路渚とも出会いを果たし、魔術大戦の存在を知らされるはずなのだ。
けれど現実はそうなっていない。
花村萌はいまだに救出されていないし、日比谷にも魔術師として目覚めたような様子は全くなかった。
「シナリオが狂ってきているのか…?一体なぜ…?」
今日まで俺は、なるべく月城真琴としての役割に徹してきて、そこから大きく逸脱するような行動はとっていないはずだ。
だから俺の行動が原因でシナリオが大きく狂ったということはないはずだった。
何か他に原因があると考えた方がいいかもしれない。
それを突き止めなければ、この世界は全く俺の予想できない方向へ変わっていってしまう。
だが、その前に花村萌の救出が先だ。
このままでは彼女は魂喰いの飼っている魍魎に心を食い尽くされて自我を失ってしまう。
そうなる前に誰かが助け出さなければならない。
「ったく…しゃーねーなぁ」
魂喰いは深夜の街を徘徊していた。
魍魎の餌とするための人間を探すためだ。
魂喰いがこの街に来たのは、2週間ほど前だった。
目的は魔術大戦と呼ばれる儀式に参加するため。
魂喰いには魔術王になりこの世の全ての魍魎と人間と魔術師を従えるという野望があった。
そのためには強力な魔術師の殺し合いである魔術大戦を勝ち抜き、生き残らなければならなかった。
魂喰いは、魔術大戦の下準備として、人間を攫い始めた。
今のうちに飼っている魍魎たちにたくさん餌を与えて、力を蓄えるのだ。
本来魔術師が倒すべき魍魎を飼い慣らし、戦闘に利用する魂喰いは、同業者から軽蔑されていたが、関係なかった。
魂喰いは、ただ魔術大戦に勝つことだけを考えていた。
そしてそのために人間の犠牲がいくら出ても構わないと思っていた。
「あいつにするか…」
深夜の街を徘徊し、犠牲者を探していた魂喰いは、一人で歩く男を見つけた。
金髪で長身。
立ち姿を見るにとても健康そうに見える。
周りに人目はなかった。
「ククク…」
魂喰いはゆっくりとその男に近づいていった。
懐から金槌を出す。
それを男の頭に振り下ろし、一気に意識を奪うのだ。
「ククク…」
魂喰いは足音を殺し男との距離を詰めた。
男はずっと背中を向けたままだ。
魂喰いはさらに距離を詰め、もうすぐ出ての届くという距離まで接近した。
右手に持った金槌を振り上げ、男の頭に振り下ろそうとする。
次の瞬間、それまで背を向けていた男がくるりと振り向いた。
「よお、魂喰い。探したぜ」
「…」
金髪碧眼、美男子の男の口元に、不適な笑みが浮かんだ。
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