第11話


私は人気のない夜の駅のプラットホームに立って、じっと待っていた。


次の電車が来たら、私は飛び込み自殺をするつもりだった。


この世界になんの未練もなかった。


生きていても何もいいことがない。


過去を思い返してみても”明るい記憶“は何一つ出てこなかった。


私に対するいじめが始まったのは、ちょうど今から半年前だった。


いじめのきっかけは私がいじめっ子を助けようとしたことだった。


当時いじめの標的になっていた子がいて、可哀想だと思った私はその子のことを庇った。


いじめのことを先生に相談し、私だけはその子の味方になってあげたのだ。


それが全ての間違いだった。


私は次のいじめの標的に選ばれた。


クラスメイトたちはその子をいじめるのをや

めて代わりに私をいじめるようになった。


クラスのグループチャットから私は退室させられ、友人たちも保身のためか、私をブロックした。


教室で誰かに話しかけても誰も答えてくれない。


持ち物は毎日のように隠され、大抵がトイレの便器の中かゴミ箱の中で見つかった。


椅子や机の中には画鋲が仕掛けられることもあったし、教科書や机への落書きは絶えなかった。


一番ショックだったのは、私が助けた子さえ一緒になって私をいじめたことだった。


私が助けてあげたその子は、いじめの標的が私に変わると、まるで過去のことなんかなかったかのように自分をいじめていたクラスメイトたちと一緒になって私をいじめるようになった。


私はそのことに一番傷つけられた。


先生に相談したが、相手にされなかった。


実は先生はいじめっ子の一人と付き合っていて、その子が先生にいじめのことを他の先生に言うなと丸め込んだのだ。


先生は、大人なのに高校生の私のクラスメイトと付き合っていることがバレたくないから、いじめのことを黙っていることにしたらしい。


誰も私のことを助けてくれないという事実に気がついた時、世界が真っ暗になった。


世界から色が落ちていき、灰色になっていく。


いじめが始まってから、私は部活をサボり、夜の街を徘徊するようになった。


夜の街を歩いていると、一つ、また一つと楽しかった記憶がなくなっていった。


いじめられるようになる前、私には大好きな趣味や、歌手や、本や、ドラマがあったはずだった。


でも、不思議と全部忘れてしまった。


どう頑張っても思い出せない。


そのうち私は、それらは簡単に忘れる程度の

ものだったのだと思うようになり、人生には楽しいことなんて何もないのかもしれないと思い始めた。


なんのために生きているのかわからなくなった。


ただ学校に行き、皆に無視され、暴言を吐かれるのは辛かった。


死のうと思った。


死ねば全てが終わる。


死んでしまえばもうこれ以上辛い想いをせずに済む。


そう思った私は自殺をすることにした。


真っ先に浮かんだのが電車の飛び降り自殺だった。


校舎の上から飛び降りることも考えたが、三階建ての校舎から落ちてもちゃんと死ねるかはわからなかった。


だから、手っ取り早く線路に飛び降りることにした。


これなら確実に死ねるだろう。


そんなわけで、現在私は、次の電車が来るのを待っているのだった。



「おい、あんた。大丈夫か?」



不意に背後から声がかかった。


振り返ると、そこには一人の男が立っていた。


背が高く、金髪で青い目をしている。


ハーフの方だろうか、目鼻立ちはとてもくっきりとしていて日本人離れしていた。


顔立ちも驚くほどに整っていて、モデルさんみたいだと思った。


男の人は、私のことをまっすぐにみていた。


まるで私のことなんて全て見透かしているようなその目に、不思議と私は見入ってしまった。


男の人は言った。


「あんたが何を考えているか、わかるよ」


「…?」


「悪いことは言わない。やめておいた方がいい」


「…」


私が自殺しようとしていることに気がついたのだろうか。


こんな時間に一人でホームに立っている悲壮な顔の少女を見たら、そう考えてもおかしくはないのかもしれない。


「あなたが誰か知りませんが…」


私は視線を伏せながら、ボソボソといった。


「私はやめませんよ」


他人に何を言われようと、自殺を思いとどまるつもりはなかった。


生きていてもなんの意味もないからだ。


仮に今ここで自殺できなくても、明日に日にちを変えるだけだ。


私の意志は変わらない。


「いや、あんたはきっとやめる」


「…?」


「俺が今から原因を取り除いてやる。目を瞑っていろ」


「…?」


キスでもされるのかと思った。


容姿の整っている自分がキスをしてやれば、私が自殺を思いとどまるとでも?


馬鹿馬鹿しいと思った。


それでも私は目を閉じた。


男が何か意味のわからないことを口にした。


「お前の中に潜んでいる魍魎を取り除く。待っていろ」


「…」


「闇の魔術第三階梯、魔剣」


「…」


「安心しろ。この剣はお前を傷つけはしない。お前の中に侵入し、その中の魍魎のみを傷つける。だから動くな」


「…」


「…っ!」


男の手が動く気配がした。


心の中に晴れ間が広がっていく気がした。


不思議と忘れていた明るい記憶が一つ一つ思い出したかのように蘇ってくる。


まるで憑き物が取れたかのように心が軽くな

った。


その直後、何か変な声を聞いた気がしたが気のせいだったかもしれない。


「もう大丈夫だ。お前の心に取り憑いていた魍魎は取り除かれた」


「…」


私は目を開けた。


自然と目に涙が溜まった。


ああ、私はどうして自殺なんて考えていたのだろう。


すぐに家族のことが思い浮かんだ。


これまでの楽しかった記憶が次々に頭の中に流れる。


自殺したいという気持ちはもうどこにもなくて、生きていけば楽しいことがきっとあるはずだという前向きな気持ちに変わっていた。


「もう自殺なんて考えるな」


「…はい」


ポロポロと涙を流す私に男の人が、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。


まるで妹でも撫でるかのような優しいその手つきに、安心して心が緩んでしまい、私は夜のプラットホームでいつまでも泣き続けた。


男が何をしたのかはわからない。


けれど、男が私の中にいた”何か“を取り払ってくれて、命を助けてくれたことだけは理解できた。


「あの…せめて名前を……え?」


涙を拭くで脱ぎながら顔を上げた私は、奇妙な声を漏らした。


そこにいたはずの男は、跡形もなく消えてしまっていた。

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