第10話
「あの野郎、一体なんのつもりだ…?」
教室についてもまだ俺は日比谷に対する怒りがおさまらなかった。
先ほどの日比谷の円香に対する扱いは流石に許し難いものがあった。
俺は昨日円香が日比谷に弁当を拒否されてショックを受け、今日こそは弁当を食べてもらおうと昨日の夜から気合を入れて仕込みを行っていたことを知っていた。
だからこそ円香に対してあんな対応をした日比谷が許せなかった。
円香のような可愛らしい後輩少女から手作り弁当を受け取ることと一体何が気に入らないというのだろう。
というか、今朝の行動は日比谷倫太郎という人物の性格から言ってあまりに不自然だっ
た。
『魔術大戦』を何度もプレイする上で受けた日比谷倫太郎に対する印象と、今朝の日比谷倫太郎から受けた印象はまるで違う。
俺の中の日比谷倫太郎は、どこまでもお人よしで、他人の好意を無碍にすることなど絶対にしない人物だった。
その鈍感さゆえ、ヒロインの気持ちにこそ鈍いところがあるが、よくしてくれる人物に対しては必ず感謝し、恩を忘れないようないい人間に描かれていたはずだ。
そんな俺の中の日比谷倫太郎像と今朝の行動が全く重ならない。
姫路に付き纏っていた日比谷からは性格の良さは全く感じられなかったし、円香を拒絶した日比谷からは性根の悪さが滲み出ていたような気さえした。
一体あいつに何があったのだろうか。
今の日比谷倫太郎は、たくさんのヒロインたちから好かれる優しさと正義感に溢れた主人公像からかけ離れているように見えた。
「円香、大丈夫だろうか…」
泣いている円香の顔を思い出してズキリと心が痛む。
密かに想いを寄せていた日比谷に裏切られて、円香は相当傷ついているに違いない。
「あとでケアしてやらないとな…」
俺は月城真琴としての行動から著しく離脱しないように注意しながらも傷ついた円香を癒す方法について頭を悩ませる。
「みんな席につけー。ホームルームを始めるぞ〜」
そうこうしているうちに教室に担任がやってきた。
生徒たちが席につき、ホームルームが始まる。
日直の号令で挨拶が行われ、出席がとられた後、担任が深刻そうな表情で切り出した。
「最後に、みんなに大事な話がある。集中して聞いてくれ」
真剣な表情でクラス全体を見渡した担任が、重々しい口調でこういった。
「実は昨日から花村が家に帰っていないんだ。誰か花村について知っているものはいないか?」
「花村さんが…?」
「どういうこと?」
「家出?」
「真面目な花村さんが家出はないでしょ」
ざわめきが教室全体には波及する。
花村という名前を聞いて、俺はすぐに何が起こったかを察した。
(そうか…今日がその日なのか…)
担任の岡部は、終始深刻そうな表情で俺たちに対して事情を説明した。
俺たちのクラスメイトであり、剣道部の花村萌が昨日から家に帰っていない。
なんの連絡もなく、今朝になっても家に戻ってくることはなかった。
花村の親は心当たりがある連絡先に片っ端から電話をかけてみたが、誰一人として花村のことを知らないという。
最後に花村を見たのは剣道部の一年で、片付けを手伝ってもらった後、校門のところで別れたらしい。
そしてそれっきり花村を見たものはいない。
花村の親御さんは、今日の夜までに花村が帰らなかった場合に警察に捜索届を出すらしい。
「なんでもいい。花村に関する情報を持っている者は俺に教えてくれ」
岡部が生徒たちに情報を求める。
……誘拐なんじゃない?……
……家出はないでしょ、花村さんは真面目だから。……
……男と駆け落ち?……
……いやいや、ないない。高校生だよ?第一誰から逃げるの?……
……自殺とか?……
……あんなに美人で友達も多いのに?……
「…」
あちこちから生徒たちの噂話が聞こえてくる中、俺はとうとう物語が『魔術大戦』に向けて動き始めたことを知った。
「動き出したのか、あいつが」
俺の頭の中に魔術大戦に敵キャラとして出てくるとある魔術師の名前が浮かぶ。
俺は花村がどうなったのか知っている。
花村の行方不明の原因を知っているし、それによって何が起きるのかももちろん理解している。
主人公、日比谷倫太郎の魔術への目覚め。
花村の救出。
そして、魔術大戦への参戦。
「日比谷。花村の命はお前にかかってるぞ」
俺は行方不明になった花村を助けられる存在を知っている。
もちろんこの物語の主人公、日比谷倫太郎だ。
この事件はあいつが魔術に目覚め、魔術大戦という大儀式に関わっていくきっかけになっていくイベントだ。
要するに全ては日比谷にかかっている。
だが…
「あいつ、ちゃんと花村のこと探しにいくよな?」
今朝の日比谷を見ていると、俺は日比谷がしっかりと主人公としての役割を果たしてくれるのかかませ犬ながら少し心配になるのだった。
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