第8話


魔術には属性という区別がある。


光魔術、水魔術、土魔術、火魔術、等々。


魔術には様々な属性があり、それぞれの属性魔術にできることと出来ないことがある。


そして魔術師個々人にも、得意な属性の魔術というのがあり、かませ犬こと月城真琴が得意としているのが闇魔術だった。


闇魔術は、全ての属性の魔術の中で最も扱いが難しいと言われてる種類のものであり、使える人間も限られている。


魔術師の名門月城家を名門たらしめているのが、この闇魔術を生まれつき使える血を引き継いでいるからというのが大きい。


「闇の魔術第一階梯……呪縛!」


俺は月城真琴に転生して最初の魔術を使用した。


こちらに向かってくる魍魎に手のひらを向け、ゲームで何度も聞いた月城真琴の詠唱を口にする。


次の瞬間、闇の霧が発生し、それがまるで縄のような形をとって魍魎に巻き付いた。


『ギョギョギョッ!?』


魍魎が悲鳴のような鳴き声をあげ、ジタバタともがく。


だが闇の縄は魍魎を捕縛し、動きを封じたまま決して解けることはない。


「闇の魔術第二階梯……魔槍!」


魍魎を逃がさないように空中で捕縛することに成功した俺は、二つ目の魔術を発動する。


先ほどよりも濃い黒の霧が発生し、それが槍の形を取り、魍魎を貫いた。


『ギョッ!?』


魍魎が短い悲鳴をあげ、闇との境目をなくし霧散して消えた。


一匹目の魍魎を、俺はあっさり退治してしまった。


「やっぱり強いな…」


初めての魔術発動に、俺はそんな感想を漏らした。


月城真琴。


かませ犬ではあるものの、やはりこのキャラの魔術におけるポテンシャルは並大抵じゃない。


そもそも名門魔術貴族の血を引いているという時点で、魔術においてかなりのチートであると言える。


魔術師たちは通常、魔術師同士で婚約し子を成すため、代を経るごとに血が濃くなり、魔術の力も洗練されていく。


ゆえに名門であり歴史ある月城家の血を注いでいるおれが弱いはずはないのだ。


では、なぜ月城真琴は『魔術大戦』において日比谷倫太郎に負けてしまうのか。


それはひとえに、月城真琴の努力不足に他ならない。


月城真琴は傲慢で、面倒臭いことが嫌いであり、とにかく努力をしない。


特に日比谷との戦いでは、名門魔術貴族である自分が日比谷なんかに負けるはずがないと思って、本気を出すこともしない。


そのせいで足元を掬われるようにして、努力を続けた日比谷に無様に負け、さいしゅうてきにはいのちをおとしてしまうことになるのだ。


逆に言えば、努力さえすれば、月城真琴が日比谷に負ける道理はないのである。


特に、月城家の人間が得意とする闇魔術は、一番扱いが難しい代わりに一番応用の効く魔術でもあり、その気になれば、光魔術のように癒しの力を発揮することもできる。


月城真琴愛好家たちは、なぜこれほどまでの力を持っているのに月城は努力をしないのかと、そんなことを惜しんだりもしていた。


「物語の月城真琴と同じ過ちは繰り返さないぞ俺は……強くなって、必ず円香を助けるんだ…」


月城真琴のポテンシャルを最大限に引き出す

ために、努力を惜しまない。


そのことを再度確認した俺は、次なる魍魎を求めて、夜の街を徘徊するのだった。




「起きてください、兄さん。遅刻してしまいますよ」


「んぅ…?」


朝起きたら目の前に天使がいた。


「兄さん?早く起きてください。朝食はできていますから」


「あ、あぁ…」


間違えた。


天使ではなく俺の妹だった。


円香に揺り起こされて、俺は眠い目をこすりながら上体をおこす。


時計を見ると、いつも起きているであろう時間をとっくに過ぎていた。


昨日は夜遅くまで魍魎退治に明け暮れていたため、寝不足だ。


俺は重い体を引きずるようにしてベッドから出た。


「早く着替えてください、兄さん。教科書などの準備はしておきました」


円香がそんなことを言いながら俺の着替えを手伝ってくれる。


「すまんな、円香…」


「…兄さん?」


「ああ、いや、違った…えっと……お、起こすのが遅いんだよ…!」


「…すみません?」


円香が謝りながらも首を傾げている。


いつもの俺を怯え得ているような様子が全然ない。


むしろ俺の顔を覗きこみ、何かを見出そうとするかのようにじっと見つめてくる。


「な、何見てるんだ!」


「…ごめんなさい」


なんだか見透かされている気分になった俺は、誤魔化すようにそう言ってから着替えの手を早めたのだった。


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