第7話
「はぁ…疲れた」
学校を終えてなんとか西洋風の月城家の屋敷に帰ってきた俺は、自室でため息を漏らした。
今日一日、月城誠として学校で振る舞い、主に精神的にかなり疲れてしまった。
月城真琴は、魔術貴族の家系であることもあり、自分以外の魔術師や、魔術を使えない一般人のことを非常に見下している。
自分は選ばれた存在で、周りの人間は選ばれた存在である自分に奉仕するために配置されている駒としかおもっていないような人間なのだ。
なので学校では周囲の人間に対してひたすら横暴に振る舞う。
周囲の生徒や教師たちは、内心ではそんな月城真琴を嫌っているのだが、なかなか嫌悪の感情を表には出せない。
なぜなら厄介なことに月城家は、ここら辺の大地主でもあるからだ。
表は、大地主としてこの街の政治にも影響を及ぼせる大金持ち、そしてその裏の顔は、代々魔術師の血を引く魔術の名門貴族。
それが月城家の正体なのだ。
この街においてそれなりに政治権力を持っている月城家に逆らって目をつけられるのはリスクがあるために、月城真琴に真っ向から反対する生徒はそれこそ日比谷ぐらいなものだ。
そんな状況が、月城真琴に横柄な振る舞いを許してしまっている。
そしてシナリオを大きく改変してはならないという事情を抱えている俺は、そんな月城真琴の行動パターンをある程度なぞらなければならない。
そのことが俺にとって耐え難い苦痛なのだ。
「ったく……かませ犬役も大変だぜ…」
そんなぼやきを漏らしながら俺は制服から外出用の服装に着替える。
さて、これからの行動が重要だ。
学校ではシナリオが壊れることを防ぐために月城真琴を演じなければならなかったが、これからはそうではない。
学校以外の時間では、月城真琴がどうしていたという描写は『魔術大戦』ではあまり描かれていなかった。
所詮主人公の日比谷倫太郎を引き立てるためのかませ犬役にそこまで細かい描写は必要なかったというのが実際のところだろう。
つまりそれは、俺が放課後に何をしようが、シナリオにはたいした影響は与えないという意味でもある。
俺と円香の破滅の未来を回避するために策を講じるなら……この時間を有効に使わない手はなかった。
「円香。行ってくるぞ」
おそらく明日また、日比谷に弁当を届けるために料理の仕込みをやっているであろう円香に気づかれないように、俺はこっそり月城家の屋敷を後にしたのだった。
魔術師とは魍魎を退治して世界の平和を保つための存在である。
魍魎とは人々に対して悪さをする連中のことで放っておくと大変なことになる。
雑魚の魍魎はせいぜい人間の精神に悪影響を及ぼす程度の力しかないが、上位の魍魎になると実体を得て、直接人間に危害を加える力を持つこともある。
そんな魍魎を始末して、平和を守ってきたのが魔術師たちだ。
彼らは魔術の存在、そして魍魎の存在を人々に気取られないように注意しながら、日々活動を行っている。
「さて…探しますか〜」
月城家を後にした俺は、夜の街を徘徊する。
なぜこんなことをしているかというと、それはもちろん魍魎探しのためだ。
魍魎は夜の時間、主に闇を好んで出現する。
代々魔術師の家系である俺には、一般人と違い、魍魎を目視できる力が備わっているのだ。
だから、闇の中で魍魎に出会えば、すぐにそれだと見分けることができる。
「魍魎どこかな〜」
別段、魔術師の本文を全うするために魍魎を探しているわけではない。
そもそも私利私欲のために魔術王を目指していた月城真琴が、果たして人々のために魍魎退治をやっていたかは甚だ疑問である。
というか多分やってない。
にも関わらず、俺が今こうして魍魎対峙に向かっているのには理由がある。
「なるべく今のうちに強くなっとかないとな…」
その理由というのがもちろん、空いた時間で魍魎を倒し、魔術師としての腕を上げるためである。
俺は考えた。
破滅の未来を回避するために何が必要か。
悩み抜いた末に出た結論が、俺自身が強くなることである。
当たり前だが強くなればそれだけ生存確率は上がる。
シナリオ通りに物事が進むなら、俺はこれから魔術大戦に参加することになる。
魔術大戦には、全世界から選りすぐりの魔術師たちがこの街に集い、魔術王の座をかけて参加してくる。
そんなやばい奴らを集めた儀式を生き残るためには、強さが必要だ。
俺の目的はなるべくシナリオの流れを変えずに、俺と円香が生き延びる方法を模索することだが、最悪円香を生存させるためにはシナリオをぶち壊してもいいと思っている。
シナリオを壊さずに円香を救う方法がないのなら、俺は迷わずシナリオを壊す方を選ぶだろう。
そしてそうなった場合に、魔術大戦がどのような方向に転ぶのかわからない。
完全に本来のシナリオからそれた魔術大戦を生き抜くためには、必要になるのは強さだろ
う。
ゆえに俺は魔術大戦が始まる前に、できる限り魔術の腕をあげておこうと思ったのだ。
「お、あれは…」
夜の街を徘徊することしばらく、暗闇の中で何かが蠢くのが見えた気がした。
『ギョギョギョ〜』
近づいてみると、それは周囲との境界が曖昧な不定形の異形だった。
かろうじて確認できるのは眼のような器官のみであり、それ以外はドロドロとしていて明確な形をとっていない。
典型的な低級の魍魎だ。
初戦の相手にはもってこいだろう。
「こいよ」
俺が魍魎に対して手招きをした。
低級の魍魎は、俺の姿を認めると、闇の中を素早く移動して接近してきた。
俺が魔術師であることすら認識できていないらしい。
階級の高い魍魎だと、魔術師を知覚する知能を持ち合わせ、その姿を見ると逃げたりするものだが、こいつは俺のことを普通の人間だと思っているらしい。
心の中に入り込み精神に干渉しようとしているのだろう。
低級の魍魎は、人間の精神の良い感情を餌としている。
良い感情を魍魎に食べられた人間は、気分が沈み、落ち込んでしまう。
多くの魍魎たちにいい感情を連続して食べられてしまうと、うつ状態のような症状をはっし、自殺に追い込まれたりする。
要するに魍魎というのは放っておくと、ひたすら人間に害を与え続ける存在なのだ。
ゆえにいくら倒しても心は傷まない。
「闇の魔術第一階梯……呪縛!」
俺はこちらに向かって近づいてくる低級の魍魎に対して、転生して真面目ての魔術を発動したのだった。
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