第5話


その声をきた時、俺はこう思った。


“とうとうきたか”と。


振り返らなくても、誰がそこにいるのかはわ

かっている。


きっと馬鹿みたいに真っ直ぐて、正義感に満ち溢れた、打算なんて一切ない表情の、まさに物語の主人公然とした男が立っているに決まっているのだ。


「日比谷くん」


姫路渚が、俺に向けていた蔑むような表情から一転、少し嬉しげにも見える表情でやってきた男に応えた。


「おはよう、姫路。今朝は災難だったな、朝から月城なんかに絡まれたりして」


そんなことを言いながら、こちらに近づいてきて俺と姫路の間に入ってきたのは、黒髪黒目、いかにも日本男児っぽい見た目の男。


この世界……つまり魔術大戦における主人公であり、もう直ぐ魔術に目覚める予定の男、日比谷倫太郎が姿を現した。


「日比谷先輩…」


「お、円香ちゃんもいたのか。おはよう」


「おはようございます…先輩」


円香が頬を赤くし、恥ずかしそうにしながら日比谷に挨拶をした。


日比谷は俺の隣にいる円香に対して気さくな笑顔を向ける。


想い人に笑顔を向けられ、円香がますます頬を赤くしながら俯いた。


この場にいるヒロイン二人に挨拶をした日比谷は、俺に向き直り、一転厳しい表情を見せてきた。


「月城。もう姫路には絡むなって言ったよな?」


「…」


日比谷の咎めるような視線が俺に突き刺さる。


正義感の強い日比谷は、俺に毎日のようにウザ絡みされている姫路渚を気の毒に思い、こうして俺が姫路渚に絡んでいるのを見るたびに、割って入ってきて姫路渚を助けるのだ。


別段、姫路渚に好意を向けられたいからとか、そういう打算があるのではなく、日比谷の中にあるのは純粋な正義感だった。


困っている人を助けたい。


こいつの中にあるのはそんな純粋な気持ちだけだ。


そのことがわかっているからこそ、俺は反発することが出来なかった。


だってどう考えたって日比谷の方が正しい。


相手の女の子が嫌がっているのにそれでも執拗に絡む奴は頭がおかしいと俺だって思うぜ?


でも今の俺は月城真琴なんだ。


ここで簡単に引き下がったら、それこそ違和感ありまくりだ。


あんまり主人公と対立したくもないが、怪しまれない程度の言動は取っておくべきだろう。


そう思った俺は、胸の前で腕を組み、思いっきり見下げるような表情を作って日比谷を見返してやった。


「お前に命令される筋合いはないんだが?」


おお、我ながらめっちゃ月城真琴っぽいぞ。


「姫路が嫌がっているのがわからないのか?」


「嫌がる?そんなわけないだろ?姫路は俺にこそふさわしいんだ。むしろお前みたいな平民が姫路に気安く挨拶するな」


まるで姫路渚が自分のものかのように振る舞う俺。


姫路渚が、日比谷の肩越しに想いっり俺のことを睨んできていて萎縮してしまいそうにな

るが、俺はなんとか月城真琴を演じる。


「女の子の嫌がることをするなんて、お前は最低なやつだ、月城。もう姫路が嫌がることはするな。次に姫路に絡んでいるところを見たらタダじゃおかないからな」


そう言った日比谷がくるりと向きを変えて、姫路に向きなおた。


「大丈夫だったか、姫路」


「え、えぇ…」


姫路が頷いた。


「ほら、行こうぜ。月城なんか放っておいて」


「そうね」


日比谷が最後に俺に一瞥をくれてから、姫路と共に校舎に向かって歩き出す。


「何か不快なことを言われなかったか?月城に」


「…えっと、今回は特に何も」


「姫路はやさしいな。月城を庇っているんだろ?あいつのことだからいつもみたいに出会い頭にセクハラしてきたに決まってる」


「…?いえ、今朝は特にそういうことは」


「隠さなくていいんだ。俺には全部わかってる。酷いこと言われたんだろ。くるのが遅れてごめんな?」


「…日比谷くん?」


「もう俺がきたから、安心しろ。姫路は俺が守る。月城なんかといるよりも、俺といた方が姫路もいいだろ?」


「…?」


あれ。


日比谷ってこんなに恩着せがましいキャラだったか。


遠ざかっていく日比谷と姫路を見ながら、俺はそんな感想を抱いた。


日比谷は、作中の日比谷はもっとこう人助けしか頭にないような天然ぽいキャラだったはずだ。


あんなに自分のした事を恩に着せるような奴だっただろうか。


たとえ俺のこととはいえ、他人の悪口を簡単に口にできるようなキャラだったか?


姫路と肩を組み、やたらと密着しながら校舎に向かって歩いていく日比谷と、首を傾げ戸惑っている様子の姫路を見送りながら俺はそんな事を思った。


「先輩…?」


日比谷の振る舞いに違和感を覚えたのは俺だけではないらしく、隣の円香も去っていく日比谷の後ろ姿を見て首を傾げていた。

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