第4話


「兄さん…?」


「は…!」


姫路渚の美しさに俺はしばらく時間を奪われてしまっていた。


円香に声をかけられ、我に帰る。


幾度となく行われた『魔術大戦』人気キャラ投票で、いつも一位を獲得するほどの人気キャラ、姫路渚。


彼女も、俺や日比谷同様魔術大戦に参加することになる魔術師の一人だ。


月城家ほどでないにしろ、姫路家もまた魔術師の名門の家系出身であり、その現当主である姫路渚は、ただ単に美しいだけでなく優秀な魔術師でもある。


自分の姫路家の後継としての正当性を確かなものとし、自分の魔術の実力を証明したい。


そんな見かけによらない戦闘狂みたいな理由で魔術大戦に参加することになる姫路渚は、ストーリーの序盤では、主人公日比谷倫太郎とは敵対関係にある。


彼女の性格は、馴れ合いをよしとせず、常に孤立、孤高の存在であり、魔術大戦においても他の魔術師と手を組むことなく、独力で勝ち抜こうとする。


だがそこはヒロインとの恋愛を目的として作られたギャルゲーのことなので、いろんなご都合主義的とも呼べるような展開が起こった後、なんやかんやで彼女は日比谷倫太郎と共闘関係になる。


そして最後には、日比谷倫太郎の人々を幸せにするために魔術王になるという強い意志に感化されて、日比谷に魔術王を譲ることになる。


魔術大戦が終わった後、二人は高校を卒業し、数年後、結婚して結ばれる、というのが『魔術大戦』の正規ルートの結末だ。


そして俺こと月城真琴が、この姫路渚と日比谷倫太郎の二人の関係においてどういう役割を果たすかというと、とにかくひたすら姫路渚にウザ絡みをするというものだ。


月城真琴は、姫路渚のことが好きで、ことあるごとに姫路渚にウザ絡みをする。


月城真琴は、互いに魔術師の名門である自分たちこそ、結婚して人生を共に歩むのに相応しいと考えているのだ。


だから、あの手この手で姫路渚に絡んで自分のことをアピールする。


そしてそんな月城真琴のことを、姫路渚は当然の如く嫌いになる。


嫌悪をあからさまに示しても、ひたすら粘着してくる月城真琴のことを姫路渚は決定的に嫌っているのだ。


そしてそれとは対照的に、控えめで、正義感が強く、自己犠牲的な日比谷に、姫路渚はだんだんと引かれていくことになる。


要するにここでも月城真琴というキャラクターのかませ犬力が発動するのだ。


月城真琴が姫路渚に粘着すればするほど、姫路渚は月城真琴のことを嫌いになり、日比谷倫太郎を好きになっていく。


可哀想な月城真琴くんは、自分の行動が全く逆効果であることに気づきもせずに、自ら嫌われ役のかませ犬役に足を突っ込んでいくのだ。


そんな月城真琴をゲームプレイ時は俺も笑い飛ばすことができた。


なぜならゲームプレイ時は、主人公日比谷倫太郎とは俺であり、月城真琴は自分を引き立てる脇役に過ぎなかったからだ。


しかし今では、月城真琴こそがこの俺なのである。


本当に笑えない。


なぜ主人公の日比谷ではなく、月城真琴に転生してしまったのだと今更ながら腹まで立ってきた。


いや、それにしても…


「可愛いなぁ…」


思わずそう呟いてしまう。


作中でも椚ヶ丘高校1番の美少女、という設定になっていた人物を実際に目の前にして、俺は思わず目を奪われてしまった。


実際に見る姫路渚は、信じられないほどに美しかった。


周囲の生徒たちも見惚れている。


かませ犬役の月城真琴くんが、一目惚れをして、それ以来執拗に追いかけているのも納得というものだ。


「姫路先輩、ですね」


俺の視線の先を見て、円香がそんなことを言った。


「そうだな」


円香の顔は話しかけなくていいのか、と言っているようだ。


俺はいつもは姫路渚の姿を見つけるたびに

場所や周囲の目を問わず、話しかけウザ絡みをしていた。


今日の俺もきっと同じようにするだろうと円香はそう思っているようだった。


「…」


姫路渚を見ながら迷っているうちに、向こうもこちらを見た。


姫路渚の顔に、はっきりとした嫌悪の色が浮かぶ。


隠そうともしないあからさまな表情だ。


逆に、月城はこんな顔をされてよく話しかけ

ていく気になれたよな。


そのメンタルだけは見上げたものがある。


俺なら絶対に無理だ。


こんなどう見ても自分のことを嫌っている女の子にそれでも話しかけていく勇気はない。


だが、今の俺はその月城誠なのだ。


姫路渚を見たら、犬のように寄っていき、話しかけずにはいられない人間。


そんな月城が、姫路渚がこんなに至近距離にいるのにスルーしたらどうなるだろうか。


違和感ありまくりである。


すでに周りは、そういう空気になってきていた。


どうせ月城真琴のことだから、これから姫路渚に話しかけるつもりだろうと、そんな感じの空気だ。


流石にこの空気をガン無視して姫路渚に何もアクションをかけないのは、月城誠らしくない。


ここは月城真琴の人格としてあまり違和感を出さず、さりとて姫路渚の反感をあまり買わない形にことを納めるのがいいとそう思った。


「おはよう、姫路」


「…」


俺は姫路渚に挨拶をした。


姫路渚が思いっきり睨んでくる。


俺は姫路渚の厳しい表情なんて見えていないと言った調子で話しかけた。


「今日も綺麗だな。みんながお前に見惚れてるぜ」


「…もう話しかけないでってこの間言わなかったっけ?」


「…っ!?す、すまん…」


「え…」


しまった。


姫路渚の口調と視線が厳しすぎてつい謝ってしまった。


姫路渚もまさか謝られるとは思っていなかったのか、ぽかんとしている。


いつもは図々しい俺が、突然謝罪の言葉を口にしたらそりゃ違和感ありまくりだ。


俺がここからどう挽回しようかと、ウザいから見方を考えていると…


「月城。お前、また姫路に絡んでるのかよ」


「…!」


背後から俺を咎めるような声が響いた。

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