第3話


妹の円香とともに朝食をとった俺は、支度を整えて学校へ向かった。


俺や日比谷真琴は、この街にあるマンモス校、椚ヶ丘高校に通う高校2年生だ。


魔術師というのは世間一般には知られていない存在であり、一般人はそもそも魔術の存在すら知らない。


魔術師というのは古くから存在している特別な人間たちであり、この世界においては魍魎退治が主な役割だ。


魍魎とは、簡単にいうとさまざまな形をとる化け物のことであり、放っておくと人に害を及ぼす。


それらの魍魎たちを人知れずに討伐し、世界の平和と安定を保つのが魔術師の役割なのだ。


日本やあるいは世界には、そんな魍魎退治を行なっている魔術師を束ねるための組織がいくつもあり、多くの魔術師たちを統括して莫大な権力を握っている。


その数ある魔術組織の頂点を決める儀式が『魔術大戦』であり、俺や日比谷が参加することになるのはそれだった。


現在舞台となるこのS市には、世界各国から最強の魔術師たちが集結しつつあり、彼らはもうすぐ始まる『魔術大戦』において、『魔術王』の座をかけて殺し合いをする。


俺も日比谷も、魔術王を目指すプレイヤーとしてその戦いに身を投じるのだ。


ちなみに現時点でまだ日比谷は、まだ魔術の力には目覚めていないはずである。


ここにくる前に日付を確認しておいたから、日比谷が魔術に目覚めるイベント前であることを俺は知っているのだ。


「うまく立ち回らないとな…」


「…?」


円香と椚ヶ丘高校に向けての登校路を歩きながら、俺はそんな呟きを漏らしていた。


シナリオ通りにことが運べば、かませ犬である俺は主人公である日比谷倫太郎に殺されて悲惨な結末を迎える。


妹の円香も同様だ。


それを回避するために、今からできることをしなければならない。


月城真琴は、自分が魔術貴族であることをいいことに、普段から威張り散らし、周りの反感を買っていた。


そのせいでいざという時に月城の周りには仲間と呼べる人間が一人もいなかった。


まずは将来の敵を作りかねないそういう態度から改めていくべきである。


月城真琴というキャラクターは、容姿や家柄、魔術の実力など、それなりにポテンシャルの高いキャラクターなので、謙虚になりさえすれば、破滅の運命を変えられる可能性は十分にあるだろう。


「…」


「…ん?」


そんなことを考えていると、隣を歩いていた円香が俺に不思議そうな視線を送ってきていることに気がついた。


「円香?どうかしたのか?」


「…なんか兄さんがいつもと違う気がして」


「…そ、そうか…!?」


動揺してしまう。


早くも中身が変わっていることに気づかれた

のだろうか。


そういえば、月城真琴は、円香に対していつも暴言を吐いていたように思う。


円香のことをまるで召使のように扱い、雑用を押し付けたりしていた。


だが、俺には可愛い円香にそんなことできるはずもない。


円香は兄の振る舞い方がいつもの違うこと

に、早くも違和感を抱いているようだった。


「何かあったのでしょうか、兄さん」


「な、何もないぞ!?変なことを言うな!」


少し強い言葉を使ってみるが、どうにも本物の月城真琴のようにはいかない。


自分の好きなヒロインに対して、意識的にでも暴言を吐くのはとても躊躇われた。


「何もないならいいのです。ただ、気分でもすぐれないのかと思って」


「…うるさい。前を向いて歩け!」


「…はい」


円香はそういって前を向いて歩き出した。


すまん円香。


俺は心の中で円香に謝る。


「でも……今日の兄さんはあんまり嫌いじゃないです」


「え…」


「なんでもないです」


円香が小声で何か言ったような気がした。


俺の悪口だろうか。


だとしたらショックだ。


本当はもっと円香に優しくしたいんだが、あんまり振る舞いをいきなり変えすぎると、違和感が大きいからな。


少しずつ円香をふくめて周りの人間に優しくなっていくことにしよう。


「おい…あれ見ろよ…」


「姫路渚だ…」


「めっちゃ綺麗〜」


「目の保養だなぁ…」


なんだか周りが騒がしくなってきた。


椚ヶ丘高校はもう目の前というところに来ていた。


周りには多くの椚ヶ丘高校の制服姿の生徒の姿があり、校門を目指して歩いている。


そしてその中でも一際目立っている生徒がいた。


「姫路渚…」


黒髪ロング。


豊かな双丘。


雪のような白い肌に、女優ばりに整った容姿。


まさに大和撫子を体現したかのような美少女が、俺たちの向かい側から歩いてきていた。


姫路渚。


『魔術大戦』で最も人気のあるキャラであり、何を隠そう正規ルートで日比谷倫太郎とくっつくことになるメインヒロインである。

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